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第5回

 魔断の交換などそんなことができるはずもないので、結局あれはリロイの戯言(たわごと)で終わった。


 スナムシ突きをしていたルチアはいきなりリロイがそんなことを言いだしたことに驚き、側にいた朱廻に視線を向けたものの朱廻も口を閉ざしたのでさっぱり分かりかねたのだが、少なくとも本気でないことは悟れたので、慌てたりはしなかった。


 実のところ、リロイがああいった類いの言葉を口にするのは今回が初めてというわけでもない。

 黎斗の歯に衣着せぬもの言いを思えばそれもしかたなく思えたし――って、そういえば朱廻も結構そういうところがあるな、と考える。


 仮借がないというか、普通なら言いづらいことを平気な顔で言ってきて……魔断という種自体がそうなのかも、といったことを考えながら袖口を止めていた紐をほどく。すると、そこにたまっていた白砂がぱらぱら落ちた。

 脱いだ手袋でぱんぱんはたけば、体の至る所から砂がこぼれ落ちる。腰の辺りは下げていたスナムシの体液が染みになって青臭い臭気を発しており、ルチアは顔をしかめた。


 袋に入れていたのだが、穴でも空いていたか。

 これはさっさと部屋へ戻って、湯浴みをしたほうが得策だったかもしれない。


 あのあと。数で負けて町の店にスナムシを売りに行ったリロイと別れて館に戻り、見回りの報告をしたルチアは朱廻たちとも別れて1人南館回りの回廊へ入っていた。


 東棟にある部屋へ戻るには北の回廊回りが一番の近道なのは分かっていた。そちらを行った朱廻たちは今ごろ着いていることだろう。ただ、この南館回りだと今の時刻、サティアを見かける可能性が高いのだ。


 それを期待している、と認めるのは少々面映ゆいが、気付けば目で探している。これはもう、苦笑するしかない。


 今日も運良く、1階へ続く階段の途中で彼女の声が聞こえた気がして足を止めた。踊り場に設置されてある窓から下の庭を覗くと、動く白のべールが2つ見える。

 手を掴まれ、強引にこの壁の下まで引っ張ってこられたのがサティアであると分かったが、なにやら声をかけづらい雰囲気が2人にあった。

 今日はこのまま去ろう、とルチアが窓から身を離した直後。


「一体どういうこと? あんなばかなこと言うなんて!」


 サティアを壁においこんで前に立った中級侍女が、息を整える間も惜しんで言うのが聞こえた。

 まるで挑むようなそのきつい口調からは、怒りにかられているものの、サティアを心配する気持ちが感じとれた。


「言いしぶってると思ったら、何よ? よりによって退魔剣師だなんて……ああなんてこと。

 ティナもあなたもどうかしてるわ! なにも退魔師を選ぶことないじゃない!」

「レチェリィ……」


 深刻な表情で頭を振る友人に、サティアは彼女の名を口にしたが、何も続ける言葉が浮かばないようだ。


「そりゃあたしかにすばらしい人たちだと、私も思うわ。この町を守ってくれて感謝してるし、魅魎なんて化物に立ち向かえる勇気はどんな男もかなわないでしょう。敬服し、尊敬する。

 でもね、言いかえると、そんな役目にすすんでついてる単なる命知らずのマゾよ!」


 手厳しい評に、ルチアは思わず口元をおおう。

 当の本人が聞いているなど露知らず、レチェリィはさらに言葉をついだ。


「あした死ぬかもしれない相手に自分の一生を賭けるなんて、ばかだわ。

 分かってるの? あの人たちはね、ここで扶養されてるだけで危険手当はおろか何の保証もなくて、一緒になったって不幸になる確率のほうが断然高いのよ?

 あたしはね、毎日毎日あなたに、あの人は戻ってくるかしら? と考えて過ごしたりしてほしくないのよ」


 ……反論できません。


 ずずず、と背をすべらせてしまう。

 まったくそのとおりだ。退魔金は他に類をみない莫大な額で出るが、中級クラスの魅魎相手でないともらえない。普段は町長に室料や食費といった、生活にかかる費用を引いた分を給料としてもらっているけれど、それも扶養されていると言われれてもしかたないことかもしれない。

 ましてや町に災いが降りかかったとき、一番の盾となって魅魎の前に身をさらさなくてはいけない。これ以上危険な職というのも多分、ほかにないだろう。

 結婚すれば相手の身を常に心配していなくてはならず、未亡人になる可能性も高いとなれば、友人たちが正気に戻そうと動くのも当然……。


「でも、好きなんだもの!」


 声高に叫ぶサティアに、はっと現実へ立ち返る。

 窓からこっそり下を見ると、突然の反駁にもう1人の中級侍女が驚き、目を瞠ったあと、ため息をついて首を振る姿が見えた。


「悪いことは言わないから。セルトにしときなさい。あいつのとこが不満なの? あんなに想われて。

 そりゃ、仕出し屋の次男じゃそうそうぜいたくはできないけど、安心できて安全よ」

「ずっと、ずっと好きだったの! あの人が仕出し屋だって、同じよ! 退魔師だって、同じなの……!」


 (かたく)なに反論を口にする、サティアの声は疑いようもなく震えていた。極度の興奮のあまり、涙があふれている。


「サティア……」


 どうして分からないの、そう言いたげに見つめるレチェリィの哀れむ瞳に付けられる傷に、サティアはこれ以上堪えることはできないようだった。

 泣き顔を見られていることも、不様だ。これではまるで、間違いだと決めてかかる彼女の言葉を肯定しているようではないか、と。


「…………っ……!」

「サティア?」


 何ひとつ口にできないまま、彼女の脇をすり抜けて回廊へ飛ひこむ。遠ざかる背後から彼女の呼ぶ声がしたけれど、サティアには振り返ることもできなかった。



◆◆◆



 とにかく仕事へ戻らなくてはと懸命に胸の動揺を静めつつ2階へ上がろうとしたサティアが、踊り場にいるルチアと目を合わせた刹那のことである。

 先の会話を聞かれていたと悟ったサティアは面に朱を散らせて身をひるがえした。


「ちょ、待って、サティア」


 急ぎあとを追ったルチアは、さほど走ることなく、難なく彼女の手を捕まえる。


「いや……放して……。

 ごめんなさい、放してください!」

「こっちこそ。悪かった、ごめん。立ち聞きするつもりはなかったんだけど、退魔剣師って言葉が聞こえて、つい――」


 引き寄せ、どうにかして逃れようともがくもう片方の手も取って正面を向かせ、とにかく弁明しようとするが、涙で潤んだ彼女の非難の目に、うっと言葉に詰まってしまう。瞬間、叫んだ彼女の言葉を思い出して赤らむと、ルチアは急ぎ腕にかけていた上着を頭からかぶせた。


「見られるのがいやなら、ほら、これでもかぶって」


 周りを見渡し、とりあえず側の柱のもとへと誘導し、座らせる。横に腰をおろした直後、自分のしたことに落ち込んで、顔に熱がきた。


 あまりこういうことには経験がないので彼女の取り乱しようにあせりまくった結果、ついしてしまったのだが、それにしても子供じみている。第一、これでは彼女が今どう思っているか、表情が読めないではないか。


 ああ俺ってばかかも……。


 ちょっと滅入ってこめかみに手をあてていたら、サティアが、くぐもった、聞き取りづらい声を発した。


「……すみません……あんな所で話してた、私が不注意なのに……こんな」

「いや、俺のほうが悪いことしたから」


 そう返した先からあの言葉を思いだし、ついつい口元がほころんでしまう。


 正直、聞けて嬉しいのだからしかたない。盗み聞きは悪いことで、反省しなくてはと思うが、やっぱりそれはそれでこれはこれなのだ。


「……そんなに私、ばかですか……?」


 先の謝罪よりかなり間をあけて、ぽつっとサティアがつぶやく。


「私、すごくドジなんです。お嬢さまにもよく逃げられるし、虫が苦手で近寄ることもできなくて……。

 部屋の掃除をしている最中、こう、前を横切られるでしょう? もうそれだけで足がすくんでしまって動けないんです。努力してるんですけど、決意に勇気がついていかないというか。食べず嫌いもなかなか治らないし、みんなにもよく子どもっぽいって言われて、そうかしらって自分でも考えてみるんですけど、よく分からなくて……」

「……はあ」


 はたして彼女が何を言わんとしているのか皆目つかめなかったが、とりあえず相づちを打った。


「だって、ほんとに分からないんです、私。退魔師とか仕出し屋とか、侍女とか……それこそ、町長さまとか。どうして関係あるんですか?

 退魔師だから、諦める。退魔師だから、例外。みんな、かっこいいとか、強くてすてきとか、褒めながら、最後にはそう言うんです。「でも、退魔師だから」って。

 ……あ! あの、もちろんそういう人ばかりじゃないですっ。それにみんな、心の中ではちゃんと剣師さまたちを尊敬して、頼りにしてるんですっ」


 言葉がすぎたと慌てて弁解をしてくるサティアに、ルチアは「それで?」と優しく続きを促すことで、気にしてないことを暗に告げた。

 その声にほっとして、サティアも言葉を継ぐ。


「はい。あの……、それで、みんな、本気で好きになる相手じゃないって言うんです。リスクを考えろって。

 そんなの、無理だわ。私は『退魔師』を好きになったんじゃないんだもの……」

次回最終回です。

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