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第4回

 まったく。しろと言われてもこればかりはね。


 愚痴りながら噴水の縁に腰かけた。触れて、さざ波立った水面に映った月を見る。

 26だ。17で成人、20歳前後には結婚というのが一般的である中、朱廻の言葉は間違ってはいない。が、退魔師という肩書きを思えば難しかった。


 考えたことがないわけじゃない。実らなかったけどちゃんと初恋だってしたし、その後も何度か心惹かれる女性との出会いもあった。結構いい感じになった女性もいたし、密かにそういうことを考えた相手だって、いたのだ。


 自分だって男だ。

 ほかのやつらのように、美しく聡明なティナにも魅力を感じた。ただ、本気のソジュールから奪ってまでと思わなかっただけで。


「って、なに言いわけしてんだ、俺は」


 ぶくぶくぶく。

 滅入って冷水にずっと()けこんでいた頭をばっと勢いよく上げたなら。


「きゃあ!」


 脇で驚く女の声がした。


「……あれ?」


 目に入る水をこすって払いながらそちらを見ると、サティアが胸に手をあててたじろいでいる。


「あ、あ剣師さま……。

 驚きましたわ。何度声をおかけしてもぴくりとも動かれないんですもの」

「死んでると思った?」


 くすっと笑って、額に貼りついた邪魔な前髪をかき上げる。


「はい。……あ、いえ。あの……。

 そ、そうですわねっ、あり得ませんよねっ、そんなこと……」


 そわつきながら羞恥にかああと赤らんだ顔をうつむかせ、ごまかそうとする。

 横から見られまいと頬をはさみこんで……その動作がまたひとしきりかわいらしい。


 じっと見ていると、彼女の形のよい眉が寄った。


「まだにおう?」


 鼻を近付けて袖を嗅ぐ。

 かぶった肩口ごとどっぷり水につけこんでいたから上からは抜けたと思うが、その前に飲んでもいるので強さに判断がつかない。サティアは苦笑まじりに首を傾けた。


[少し……。

 剣士さまとティナの、お祝いですか?」

「そう。ちょっとふざけがすぎて、かけられた。びしょびしょだ」


 水で濡れた服の前襟を引っ張っておどけてみせる。その返答が面白かったのか、


「まあ」


 口元をほころばせ、サティアはおかしそうにころころ笑った。

 そういえば、と思い起こす。

 実は宴席に到着する前に、どうにも気になってリロイから聞き出したのだ。なぜ彼女の名前を知っているのかと。


『おまえ、館に住んでるくせに、とことん館の女たちにうといなあ。そんなんじゃマジでどんどん下に抜かれるぞ』


 あきれ返りつつもリロイは、彼女がティナとよく一緒にいる4人のうちの1人だと教えてくれた。


 造作が派手で性格も大胆な、強烈な個性を持つ彼女の影に隠れて気付かなかった。

 実際、サティアはこうして太陽のような彼女と離れて1人でいても、特に人目を引きそうな優れた部分や強烈な個性を見つけることはできない。けれど、彼女は一輪咲きの野の花のようにかわいらしく、慎ましやかで、しとやかだ。


「とにかく、そのままではお風邪をめしますわ。これをどうぞ」


 差し出された布を受け取ったとき。ルチアは、自分が先までと違って上機嫌でいることに気付いたのだった。



◆◆◆



 今日の獲物は午前中だけで魎鬼1匹に妖鬼が5匹。


 出会わないに越したことのないやつらを仕留めたのは、はたして幸先がいいのか悪いのか。狩られた側にとっては間違いなく、厄日だったことだろう。


 魎鬼・妖鬼はルチアたち退魔師が仇敵と見なす『魅魎』のうち、下級に属する輩である。知能は獣並。自尊心どころか分別もなく、平然と昼日中から町の近辺に出没する。彼らは常に生気を取り込んでいないと生きられないため、生気を感じ取るのに敏感で、貪欲だ。明かりに群がる蛾のように大量に人の生気がある場にふらふらと引き寄せられ、集まってくる。


 退魔法師が張り巡らせた結界によって町には入れないが、そんな物騒なやからにいい餌場と決めこまれ、うろつかれては町への出入りに影響する。砂海を渡ってくる商人や商隊(キャラバン)に、あの町の周辺は危険だと避けられたりするようになれば、それこそ町の経済に致命的だ。

 そのためそれを始末しなければいけない役割の者たちが必要で、それがルチアたち退魔師の日常茶飯事な仕事だった。


 そしてその仕事の合間には、副業をすることもできる。


「7匹目!」


 喜々とした声で砂を突いて引っ張り出す。細い金属の槍の鋭利な先端に貫かれ、ねっとりした白い体液を流していたのは、ハイイロナキスナムシの幼虫である。


 迷惑をかけるだけの魅魎と違い、こいつらは大歓迎だ。水気を含んだ肉は高蛋白源で、皮や骨も少し手を加えただけで純度の高い油になるし、内臓部は薬に精製されるから高く売れる。いい小遣い稼ぎだ。


「おまえ、このごろやたら機嫌がいいな」


 獲物を腰に吊した袋に入れるルチアに、あきれたようにリロイが言った。


「そうかな?」


 ルチア自身としてはいつもどおりの返答を返したつもりなのだろうが、その声も弾んでいるし、表情に全くしまりがない。知らぬは本人ばかりなり、の典型のような浮かれようだ。


「そんなことよりおまえももっと励まないと、今日も俺の勝ちだぞっ」


 笑って言い捨て、どんどん先へ進んでいく。

 あんなやつと何を競ったところで無駄だ。とっくに競争心の失せているリロイは頭の後ろで腕を組んで歩きながら、ため息まじりに朱廻へと話しかけた。


「おい、おまえのご主人さまは一体どうしたんだ? ここ10日ほどあの調子だぞ。何かうれしいことでもあったのか?」

「さあ……私は何も」


 さらりと受け流す。

 ルチアを見て微笑する限り、知らないまでも見当がついているようだ。ということは、見ていて悟れる何かということか。


 ふむ、と考えこむが、リロイにはそれらしい要因というものが思いあたらない。10日前といえば、ソジュールの婚約披露があった日だ。もしティナに本気で惚れていたというのであれば、あんな、はっきり言って傍から見る者にはおめでたいやつとしか映らない脳天気状態になるわけはないし。


 うーーーーんーーーー。


「おやめなさい。あなたがいくら考えたところで正解にたどりつくことはまずないんですから。

 あなたはひとのことなど気にせず、せっせと肉体労働にいそしんでいればいいんです」


 うなじがじんと痺れるような美声で意見をしてきたのは、彼の魔断の化身、黎斗だった。

 丁寧な言葉使いをするわりに内容は辛辣で、操主相手に遠慮もなくずけずけとものを言う。


 凍気系の魔断として、青銀の髪と瞳、抜けるような白い肌という、触れようとしただけでざくざく傷だらけにされそうな、鋭い美貌を持つ彼には似合いのもの言いだが、似合っているからといって言われた側がそれを許すかどうかは別の問題だ。


 毎度のこととはいえ、眉をひそめてリロイは隣の黎斗を見た。


「おまえなあ――」

「無駄なことはおよしなさい、と進言してさしあげてるんです。日常に限って言えば、あなたが介入しなかったせいで悪化した物事がかつてありましたか?

 起きた出来事は、本人に任せるのが一番良策なんです。べつに悩んでいるようには見えませんし、へたに勘ぐって何か手を貸そうと動いたところであの方にもいい迷惑でしょう。よけいなことはしないことです。

 気を利かせて動いたり、相手を思って手段を講じたところで悪巧みと思われるのが関の山なのは、普段の行いを思えば容易に想像がつくと思いますが?」


  言いたい放題とはこういうものか。

 たとえ主従関係になくとも、普通面と向かっては口にしない類いの言葉を平然とつらつら並べて……これではリロイが嘆くのも当然かもしれない。

 案の定、リロイは絶句して、まじまじと黎斗に見入っている。


「……俺は、悪だくみで人を陥れるようなことをした覚えはないぞ」


 幾分憤慨した気持ちをこめて言ってみたのだが、やはり効果なしだ。


「思われる、と言ったでしょう? 誤解されると言っているだけです。

 主が不利になると分かりきっていることに、不容易に首を突っこもうとしたとき、それを諌めるのも私の役目ですので」


 相手はその主人で、しかも機嫌を損ねているというのに、しれっとした顔でよくもまあこれだけ吐けるものだ。

 リロイはさらに不機嫌さを表に出して、声を棘立ててみることにした。


「俺は、あいつがばかみたいに機嫌がいいと言っただけだ。それだとまるで何かしでかそうとしてるみたいに聞こえるぞ」


 事実、原因を探ってどうにかしようと考えていたくせに、口に出さなかったことをいいことに、それを棚上げして責める。

 対し、黎斗はそれがリロイの用いる常套策であり、実際には少しも傷ついたり腹を立ててはいないのだということを見抜ききっているように、辛口を続けた。


「思わなかったのでしたらべつに構わないんですけれどね。あなたと10年ともに行動していまして、やりかねないと判断した私からの忠告として、胸にとめておいてくださればいいでしょう。その上で、あなたが何かしら動いて失敗したとしても、傍らにいた私の配慮不足と、能力を非難されることはないでしょうから」


 言わずに越したことはない、という言葉があるようですが、楽観主義のあなたと接するようになって、言っておくにこしたことはないが持論となりました。言っておけばよかったとあとで悔やむより、だから言ったのにとあきれるほうがずっとましですからね。

 事前に予防措置を必要としなければならなくなった私の気苦労も察していただけたならまだ報われるのですが、あなたにそれを期待できるはずもないのはとうに分かっています。悟って、諦められることが唯一の慰めですね、などなど。暴言は、もしや尽きることがないのではと懸念するほど澱みなく、あとからあとからあふれ出る。


「……ルチアーーっ! おまえんとこのと俺の魔断、マジで交換しようっ! いや、してくれ!」


 1つ言われれば10は返す。20、30は当たり前。といった黎斗の冷たい言いようにぼろぼろに傷つきましたとリロイが目尻に涙を浮かべてルチアの袖にすがったのも、しかたのないことだったろう。

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