EPILOGUE-TARO-
六堂総合病院、とある病室。
「何でオレがこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ……!!」
野村は、ベッドの上に仰向けになり白い天井を睨みながら、もう何百回目になるかわからない恨み言を吐き出していた。
態度のデカい医者の説明によると、頭の方から数えて三番目だか四番目だかの頚椎がやられてしまったらしい。首から下の感覚がほとんどなく、食事どころか排泄まで世話にならなくてはならない始末だ。
見舞いに来た両親と姉は、厳しいリハビリがどうのこうの、近年の医療技術は発達しているから望みを捨てるな云々と勝手に力説していたが、頭の弱い弟が間抜け面で「兄ちゃん、この病院は出るらしいよ」とほざきやがったので、怒鳴り散らして全員追い返した。
腹が立つのは医者や家族だけではない。自分をこんな目に遭わせたあの女、勝手に自殺しておいて逆恨みで化け物になったアイツ、釘バットの女、金髪のガキ、金髪の甲冑女、山井、鈴木、バンドメンバー、警察……どいつもこいつも、顔を思い出しただけで殺意が湧く。
「チキショーが!」
怒りに任せて暴れようとしたが、直後にそれは不可能なのだと思い出すと、野村は泣き喚いた。
「クソが!! クソがあああああああああっっ!!」
ガタッ。
大きな物音がした。
ピシッ。パキッ。
続けざまに、亀裂の入るような音。
──……何だ?
「──」
囁くような声が聞こえたような気がした。
──何だ? 何なんだよ!?
ガタッ。ポキッ。ピシッ。ピシッ。ガタッ。コツン。
自由の利く目だけを忙しなく動かし様子を窺う間にも、物音は徐々に激しさを増していった。
パタパタパタパタッ。
野村は息を呑んだ。走っている。誰かが近くで走っている。
〝兄ちゃん、この病院は出るらしいよ〟
「だ、誰か! おい誰か!」
枕の横に設置されている、ボイスコール機能のあるナースコール子機に叫ぶと反応があり、ややあってから五〇代くらいの女性看護師が姿を現した。
「どうしました?」
「この部屋にいるんだ、幽霊が! 何とかしてくれ!」
「幽霊? 何処に」
「あっちこっちにいるんだよ! ラップ音半端ねーし、声もして、誰かが走ってたんだ!」
看護師は笑顔で野村の枕元までやって来ると、ざっと室内を見回し、大袈裟な仕草で耳を澄ませた。先程までの様子とは打って変わり、室内は憎たらしいくらいに静かだ。
「……さっきまでは本当に」
「野村さん。外は暗いとはいえ、今はまだ夕方の五時半ですよ。大丈夫、定期的に様子を見に来ますし、もしまた何かあったら言ってください」
「いや、でもな──」
「もうそろそろ夕食の時間ですよ。お腹空いたでしょ」
「話を逸らすなあっっ!!」
「はいはい、また後で来ますからね」
看護師はベッド周りのカーテンをピシャリと閉めると、野村が止めるのも聞かずに去っていった。
「……っのクソ女が!!」
少しでも怒りを発散させるため、野村は脳内で看護師をタコ殴りにした。
──もしオレが奇跡の復活を遂げたら……クビにしてやるだけじゃ済まねーからな!
妄想がタコ殴りから踏み付けに変わった直後、突然室内の明かりが消えた。
「……っあ!?」
ガタッ。
──!!
ピシッ。パキッ。ゴトッ。
──……やめろ。
パシッ。ミシッ。コツンッ。
──……やめろよ、おい。
ピキッ。パシッ。カタン。ピキパシピシッギギギギッ。
──神様お願いです助けてください一生のお願いだ!!
野村はギュッと目を閉じ、今までの人生でほとんど信じていなかった存在に真剣に祈った。
やがて奇妙な音が止むと、野村は小さく息を吐いた。後は消えた電気だけだ。面倒だがもう一度看護師を呼ぶしかない。
ナースコール子機に呼び掛けようとしたその時、唐突にカーテンが開けられた。
──!?
最初に目が合ったのは、表情も血の気もない老婆だった。
「ヒッ!?」
老婆の後ろから、左半分が崩れた顔にニタニタ笑いを浮かべた男が野村を覗き込んできた。
「ぅああっ! ああ……あ……」
更にその後ろから、目玉があるはずの部分が空洞となっている女児が現れた。
「あ……あひぁああああ……」
恐怖に目を見開く野村の、装置で固定された首元に、女児の小さく青黒い手が伸びる。
「あ……そ……ぼ……」




