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【再改稿版】骨の十字架  作者: 園村マリノ
第五章

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#48 最終決戦①

「本当に……本当に悪かった! だからもう──」


 三階北側男子トイレ最奥の個室内。

 ただの水道水にしては異様に冷たい水を頭から浴び、野村は悲鳴を上げた。


「ケケッ」


 個室を塞ぐように立つのは、空になったバケツを手にした殺人ピエロだ。


「さーて次は……モップ掛けだ!」ピエロはバケツを横に放ると、壁に立て掛けてあったモップを手に取った。「きっちり掃除しなきゃね!」


 モップの房糸部分が、野村の顔面にグイグイと押し付けられる。


「ぐっ……やめ──っぶあっ!」


「ウケケケケケッ! 間抜けな(ツラ)に間抜けな声! さて次は──」ピエロはモップを放ると、ニイッと笑った。「便器清掃だよ、野村君!」


「悪かった、悪かったよ! 受験のストレスが溜まってて、ほ、本当に酷い事をした! 許してください!!」


 野村は嗚咽しながら、その場で縮こまって土下座した。


「受験のストレス、ねえ……」ピエロは首を傾げた。「偏差値最低クラス、答案用紙に名前さえ書ければ誰だって簡単に入れっちまう坂倉(さかくら)高校の受験でストレス、ねえ……」


 ──ふざけんなよ、この野郎。


 野村は内心、怒りに震えていた。


 ──何で……何でこのオレが、こんな汚ねー場所で土下座してまで謝らなきゃなんねーんだよ!


 野村が謝罪しながら流した涙は本物だ。しかしそれはあくまでも、ピエロに対する純粋な恐怖心からくるものだった。


「顔を上げなよ、野村君」


 ピエロの声色は優しかった。野村は期待半分、不安半分でゆっくり顔を上げた。


「……っ!!」


 野村は思わず息を呑んだ。そこにいたのはピエロ姿ではなく、学生服姿の少年──そう、かつて自分が死に追いやったクラスメート本人だった。


「僕の気持ちがわかった?」


「う……あ、ああ……」野村は何度も頷いた。「ほ、本当にすまなかった! どんだけ謝っても、もう取り返しが付かねー……オレは本当に最低だった!」


 少年はしゃがみ込んで目線を合わせてきた。野村は反射的に目を逸らしかけたが、反省アピールのために我慢した。


「あ、謝って許される事じゃねーし、き、君が生き返るわけじゃねー……でも何度でもいいから謝らせてくれ! そ、それと、オレが言えた義理じゃねーかもしれねーが、ど、どうか成仏してくれ!」


 野村は眼前で拝むように両手を合わせると、目を閉じた。


「野村君」


 改めて名前を呼ばれると、野村はゆっくり目を開けた。

 少年は口の端から血を滴らし、ニイッと笑った。


「嘘が下手だな、おい」


 マズい、と思うのと同時に、野村は個室から引き摺り出され、壁に叩き付けられていた。


「があっ!」


「誰がそんな話信用するかよ。え?」


 少年は野村の耳元で、低い声で囁くように言った。首に喰い込む手の力が強くなってゆく。


「ぐ……ええっ……」


「テメエが手の施しようがないレベルで腐り切ってんのは重々承知」少年は再びピエロの姿へと変化した。「最初から決めていたんだ……何らかの理由で他の奴らを見逃す事はあっても、テメエだけは絶対殺すってさ! ウケケケケケッ!!」


 野村は悲鳴を上げたが、掠れ、途切れ途切れだった。


「ほらほらもっと叫べ! 普段やってんだろ? ライブでヘッタクソなシャウトをさ!」


「やめろ!」


 第三者の声にピエロが振り向いた瞬間、小さな球電が額にぶつかって弾けた。


「ギャッ!」


「ぐえっ!」


 ピエロは野村を巻き込んで壁に激突した。


「とりあえずは間に合った感じ?」茶織が顔を覗かせた。「てかさ、トイレじゃなくて校庭にしてほしかったんだけど!」


「もうこれ以上、好き勝手はさせない」


 茶織の後ろから現れた龍が、きっぱり言い切った。その隣に、西洋甲冑姿の人外の女が並ぶ。


「……テ……メエら……こそ……これ以上ボクの邪魔をするなああああああ!!」


 素早い身のこなしで飛び掛かってきたピエロを、更に素早く前に出たアルバが球電で迎撃した。倒れたピエロの首根っこを掴み、壁に叩き付けたうえで槍で一突きにするまで、あっという間の出来事だった。


「ぐ……え……」


 ピエロから力が抜けてゆき、ダラリと手が下がると、まるで砂のように足元からサラサラと崩れ落ちた。


「え、もう終わり?」


「まさか」アルバは砂の山を見やりながら言った。「二人共、油断しないで」


 空間がゆっくり歪み始め、周囲の景色が徐々に変わってゆく。

 歪みが解消されると、茶織たちは男子トイレから墓地に移動していた。左右にサイズも色も様々な墓石が立ち並んでいるが、塔婆も含めて苔や汚れだらけだ。花や食べ物などの供え物もなく、枯れ葉が積もっている。更に空は赤錆色で、垂れ落ちそうな程にドロドロとしている。


「こ……今度は墓場かよ!」


 墓石にもたれ掛かるように倒れ込んでいる野村が情けない声を上げたが、三人は無視した。


「本来の出入口があった方は行き止まりね。壁だった方を真っ直ぐ進んで行くしかなさそうよ」


「行こう」


 アルバを先頭に、茶織、龍の順で、狭い通路を進もうとすると、野村が慌てて飛び出した。


「お、おい待て! オレを置いてく気か!」


 無視を続ける茶織と龍の代わりにアルバが答える。「あなた、戦えるの?」


「……い、いや……それは無理だ。けどよ、ここにオレ一人は危ねーだろ! いつ化け物たちが出て来るかわかんねーし! だからよ、誰か一人残って護衛しろよ、な?」


 茶織とアルバは顔を見合わせ、互いに肩を竦めた。


「おい、聞いてんのかよ!」


「それが人に物を頼む態度か」龍は淡々と返した。


「な……何だ、よ……」


「聞こえなかったのか。もう一度言うぞ」


「っ、テメー何だその態度は! オレを誰だと思ってやがる? オレは──」


「薄汚い人殺し」


 野村は口を半開きにしたまま、たじろいだ。


「行きましょう。こうしている間にも、ピエロがまた何か仕掛けているかもしれないわ」


「お……おい待てよ! おい!」


 三人は改めて歩き出し、野村が何を叫ぼうが喚こうが、一度も振り返らなかった。

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