#47 廃校②
龍とアルバは、髭の女の突進を何とかかわしたはずだったが、何故か吹っ飛ばされていた。
教室内から茶織の騒ぎ声が聞こえ、直後に前方のドアが開いた。姿を現したのは、抵抗する野村をズルズルと引き摺るピエロだった。
「おい! 助けてくれ!」顔に怪我をした半泣きの野村が叫ぶ。「頼む! 助けて! 助けて!」
追い掛けようとした龍を、アルバが腕を引っ張って止めた。
「リュウ、来るわよ」
髭の女は、勢い余って硬い壁に激突したにも関わらず、何事もなかったかのように身を翻した。
錫杖を構える龍を庇うようにアルバが前に出ると、左手から球電を放った。髭の女が右の掌を突き出すと、球電は途中で四散し、アルバは龍を巻き込んで吹っ飛んだ。
「痛え!」
「ごめんなさいね」
「どうなってんだ?」
「衝撃波を使うみたいね」
「衝撃波?」
二人が起き上がろうとした途端、髭の女がアルバの髪を掴み、力任せに引っ張った。
「ああもう、そういう事されると──」
アルバの首が取れた。髭の女は一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐ近くの窓にアルバの首を勢い良く叩き付けた。
「アルバ!」
窓ガラスにヒビが入る。アルバは悲鳴も呻き声も上げなかった。
龍が悲鳴に近い叫び声を上げ、錫杖を振るうのと同時に、髭の女は再びアルバの首を叩き付けた。女は光の刃を喰らって吹っ飛び、アルバの首は転がった。
「アルバ! アルバ?」
龍は慌てて走り寄り、アルバの首を拾った。あちこちに切り傷が出来ており、血の筋が流れている。閉じていたアルバの目がゆっくり開かれると、龍は安堵の溜め息を吐いた。
「痛かったろ?」
「デュラハンはそんなに柔じゃないわ」
髭の女がゆっくり立ち上がるのが見えると、龍はアルバの首を胴体に戻した。
「有難う、リュウ」
「ん。……ピエロの奴、何処に行くんだ」
ピエロは二つ隣の教室前をゆっくり進んでおり、野村は変わらず助けを求めて叫び続けている。
髭の女は体勢を立て直し、低く身構えた。
「どうするんだよ衝撃波は」
「そうね……」
髭の女が雄叫びを上げ、跳ぶように走り出す。
「これで駄目なら──」
龍とアルバの目の前の床に、魔法陣が浮かび上がった。髭の女が一歩踏み入れた瞬間、大きな火柱が上がり、数秒後には何事もなかったかのように消え去った。
髭の女は跡形もなく焼き尽くされた──かと思いきや、全身に火傷を負いながらも突進をやめなかった。
「──ちょっと厳しいかも」
髭の女が今まさに二人を直接吹っ飛ばそうとしたその瞬間、三者の間を遮るように黒い障壁が発生した。髭の女は、もろにぶつかりひっくり返った。障壁に防がれたのか、二人は衝撃波の影響を受けなかった。
「これは──」
前方ドアに、茶織が寄り掛かるようにして立っていた。
「道脇さん。今のはあんたが?」
「うん」
「あれ、それは……」
茶織の右手に握られているのは、釘バットではなく骨の十字架だ。
「何か勝手に変わっちゃってさ。まあそのおかげでさっきはマジで助かったんだけど……クソッ、まだ痛いや」茶織は頭をさすった。
黒い障壁が消えると、アルバは大の字で伸びている髭の女の元へ近寄った。
「リュウにサオリ、ちょっと反対向いてて。あと耳も塞いで」
「何でだ」
「いいから、そうして頂戴。ね?」
美しい女性の甘えるようなお願い事──アルバをよく知らない者ならそう捉えただろう。しかし龍は知っている──これはお願いではなくほとんど命令と同じだと。
「……おう」
「えー何でー?」
「いいからあんたも」
龍と茶織が言われた通りにしたのを確認すると、アルバは笑顔のまま、髭の女の首を槍で突き刺した。窓ガラスが振動する程の悲鳴が上がる。
「え、何なに、何してんの?」
「ウフフ、まだ駄目よ」
アルバは何度か槍を突き刺すと、髭の女の首をもぎ取った。それでもまだ力尽きず、白目を剥いて口をパクパクさせている女の耳元に口を寄せ、
「さっきのお返し」
左手で持った首を、窓ガラスに何度も何度も、ガラスが割れてもなお叩き付け、完全に力尽きた首が消滅しそうになると胴体の上に放り投げ、纏めて炎の柱で消炭にした。
「ふう……もういいわよ、二人共」
「何していたかぐらいわかるぞ」龍は振り返りながら言った。「むしろ俺がやってやりたかったよ」
「あら、ワタシのために?」
アルバが微笑むと、龍は仄かに顔を赤らめてそっぽを向き、そこで茶織の様子に気付いた。
「道脇さん?」
茶織はドアに左手を突き、屈み込むようにして深呼吸していた。
「見るなって言われたのに見たのか?」
「サムディおじ様との長時間の融合がだいぶ堪えているのよ。武器が戻ってしまったのもそのせいね」
「大丈夫だって」
龍が背中をさすると、茶織は元気なく笑った。
「それよりも……道化野郎を追わないとさ」
「あいつは何処行った?」
「まあ、あの一番奥でしょうね」
アルバはピエロが進んで行った方を指差した。三年二組の教室の先に一組の教室があり、その目の前に階段、そしてそれらより先、校舎北側の一番端にあるものは──
「トイレ、か」
「自分が受けた仕打ちを、そのままそっくり返してから殺すつもりかしらね」
「ばっちいトコでラストバトルかよ」茶織はぐっと体を伸ばし、大きく息を吐いた。
「なあ、あんた本当に大丈夫なのか?」龍は心配そうに茶織の顔を見やった。「何だったら、俺とアルバで向かう」
「おいちょっと、アンタこそ約束忘れたの?」茶織は龍の服の襟を掴み、グイと引き寄せた。「言ったよね、ピエロはアタシとアンタでぶちのめすんだって」
「……ああ、忘れちゃいない」
龍が苦笑し頷くと、茶織は満足げにニカッと笑った。




