#41 乱闘
サーカステントの出入口、閉ざされた赤いカーテンの近くまで来ると、最初に到着した龍は後ろの茶織を手で制した。
「何、とっとと入ろうって」
「……何となく嫌な臭いがするんだよ」
「嫌な臭い?」茶織は鼻をひくつかせた。「ああ、血でしょこれ」
「血だって? そんな……」那由多の声が引きつる。「まさかもう手遅れなんじゃ……」
緋雨は那由多の肩を叩き、
「お前は龍とここを見張っていろ」
「え?」
「お前たちは人間だ。我らよりもずっと脆い……肉体的な意味だけでなく、だ。中に生きた人間が何人いるかはわからんが、少なくとも無傷ではないだろう。被害状況によっては、お前たちが精神面に大きなダメージを受けかねない。ここは我とアルバ、茶織に任せておけ」
「お喋りカラスちゃん、アタシは?」そう言いながらも、茶織の顔は笑っていた。
「サムディと融合した今のお前は、ちょっとやそっとじゃ死なぬはずだ。血や臓物如きで怯む程、柔でもないだろう?」
「融合って何? アタシはアタシだけど」
キリがなくなると判断したのか、緋雨はそれ以上何も言わずに相棒へと振り向いた。
「では頼んだぞ」
「うん、わかった。緋雨こそ気を付けてね」
緋雨は那由多の頭をクシャリと撫でると、豪快にカーテンを開いてテントの中に入った。
「頼んだぞアルバ」
「ええ、任せて」
「そんじゃあね~リュウ子ちゃん!」
「早くそいつも連れてってくれ」
「あれは……」
テント内に入ると、緋雨は思わず顔をしかめた。鼻を突く鉄の臭いは、奥に見える大きな円形のステージの方から発せられていた。刃物が何本も刺さった大樽の中には人間が入っており、大樽と周辺の床が真っ赤に染まっている。
その横には、やはり同じ色に染まった刃物を手にしたピエロが、こちらに背を向けて立っていた。端の方にはピエロの仲間たちと、捕えられた男女が三人。
「あの人間は手遅れだったみたいね」
アルバが静かに言うと、緋雨は舌打ちした。
観客は多くないにも関わらず、まるで満員御礼のような騒ぎだ。誰もが他人の死に興奮し、手を叩きながら歓喜の声を上げている。
「腐ってやがる」
「ていうか樽のアイツ誰?」茶織が緋雨とアルバの間から顔を出した。「TAROじゃないよね」
「いやあ、もっと持ち堪えてくれると思っていたんだけどな! 村上君は意外と貧弱だった! じゃ、次いこうか」
ステージ端にいた大男二人が大樽の中から死体を引き抜き、後方へ無造作に放り投げた。次にステージ奥からピエロの面の男女が五人現れれると、男四人は血に濡れるのもお構いなしに大樽を担いで再び奥へと姿を消し、女はピエロが手にしていた刃物を受け取ると、ワゴンを押して男たちの後に続いた。
「さて次は──」ピエロが振り返った。「おやおや、せっかくいい感じに盛り上がっていたのに、ここで招かれざる客たちの登場とは!」
騒がしかった観客たちはピタリと静まり返り、無表情で一斉に振り向いた。
「まったく君たちは、何処までボクの楽しみの邪魔をすれば気が済むんだ?」
「ふざけた事を!」緋雨の怒声は、マイク越しのピエロの声と同じくらいよく響いた。「貴様なんぞのくだらない楽しみとやらのために何人殺した!」
「いちいち覚えているわけないだろ。食べたパンの枚数と同じでさ。ケケッ」
「あの娘も……莉緒華ももう恐らくは……」緋雨は一歩踏み出した。「貴様はあの娘に寄り添うフリをして唆し、人を殺めるよう仕向けた……」
ピエロは無言で背を向けた。
「リオカって誰」
茶織の疑問に、アルバは子供に言い聞かせるような口調で「後でね」と答えた。
「紳士淑女の皆様、後は頼んだよ。ゲスト三人は連れて来い」
言い終わるや否や、ピエロはマイクを放り、奥の緞帳の方へと歩き出した。
追い掛けようとする三人を、観客たちが阻む。
「サオリ、思いっ切り振り回していいわよ。皆、人間のフリをした悪霊だから」
「マジ? よっしゃ!」
「散るぞ!」
緋雨は真っ直ぐ階段を駆け下り、茶織とアルバは横に逸れて観客席の間を通った。
相手が女子供の姿をしていようが、緋雨は容赦なく拳を振るい、時には蹴り上げたり投げ飛ばしたりした。
十数体の悪霊を槍の錆にしたアルバの前後を、警棒を手にした警官姿の男二人が塞ぎ、警棒を振り上げた。
「何故警官?」
アルバは前方の男の喉を槍で突き刺すと、素早く体を捻って後方の男に蹴りを入れた。槍を引っこ抜くと、仰向けに倒れた後方の男の半開きの口に喰らわせ、小刻みに何度も刺す。
「二名殉職……って元から死んでたわね」
茶織は勢いに任せ、悪霊の頭や顔面を叩き潰しながら進んだ。
「狭いんだよ邪魔なんだよ!」
階段を下り始めると、泣きじゃくる女児が道を塞いでいた。その後方から次々と悪霊たちが集まってくる。
「ごわい! ごわいよお! うわああああん!」
「待ってな、今──」
茶織が近付くと女児はピタリと泣き止み、白目を剥いて奇声を発しながら突進して来た。
「──あの世に送ってやるから」
釘バットは容姿なく女児の頭を潰し、後から続いた悪霊たちにも次々とめり込んだ。
茶織とアルバよりも一足先にステージまで辿り着いた緋雨の目の前に、大男二人が立ち塞がった。
「やれやれ、こいつは骨が折れそうだ」緋雨はげんなりとした様子で呟いた。「どれだけ鍛えりゃそこまで筋肉が付くんだ? いや別に羨ましくはないが──」
次から次へと無言で繰り出される二人分のパンチを避ける緋雨を、刃物を手にしたバニーガール二人が狙う。
「あなたたちはこっちよ」
声の方へ振り向いたバニーガールたちの体を、足元から上がった大きな火柱が焼き焦がした。
「四対一は不公平でしょ」
消し炭になるかと思われたバニーガールたちは、あちこち焼けただれこそしたものの、何事もなかったかのように刃物を構え直した。
「あら……ちょっと面倒ね」
二人よりやや遅れて辿り着いた茶織は、三人の人間を緞帳の向こうに連れ去る、ピエロの面の五人の後を追った。途中で血とは異なる臭いに気付き、緞帳の向こうをそっと覗き込む。
「火事だああ!!」
茶織の叫び声は、壁際に追い込まれ息を切らしかけている緋雨と、二人のバニーガールがそれぞれ投げた刃物を槍で弾いたアルバの耳にも届いた。
「火事だよ火事! アイツら火をつけやがったんだ!」
茶織は真っ先に出入口まで逃げ出した。直後、緞帳の向こうから大量の煙が溢れ出した。
「おいおい……」
大男二人は緋雨から目を離さず、首をへし折らんと腕を伸ばしてきたが、煙に顔を覆われパニックを起こした。
「火の回りが早いわね……」アルバはしゃがんで足元の刃物を拾った。「あ、これお返しね」
一本ずつ左手で投げ返すと、刃物はそれぞれの持ち主の右胸付近に命中した。
「大丈夫か」
「ええ、行きましょう」
「茶織め、速いな」
「そうね。ウフフ」




