#39 殺人サーカス②
──さ、殺人だあ?
スポットライトがステージの中央をパッと照らすと、そこにはいつの間にやら、マイクを手にした一人のピエロが立っていた。右半分が黒で左半分が白のキャップとブーツ、それらと配色が左右逆のスーツ、赤い付け襟とキャップのポンポン。顔全体は白塗りで、目の周りや眉が黒く縁取られ、血のように濃く赤い口紅が唇から頬骨にまで引かれている。
──センスわりーの。
ピエロと目があった。最前列とはいえ距離があるにも関わらず、口紅と同じような色をしているのがはっきりとわかった。
「今日という日を待ちわびたよ、野村新太郎君!」
BGMがピタリと止み、観客たちも一瞬で静まり返ると、示し合わせたように一斉に野村へ振り向いた。全員が仮面のような無表情だ。
──な……何なんだ!?
「今日はキミだけじゃなく、複数人のスペシャルゲストにも参加してもらう事になっている。では早速紹介しよう、一人目はこちら!」
ピエロがステージ奥を指し示すと、会場内の照明が点き、新たなBGMが流れ始めた。緞帳がゆっくり上がり、姿を現したのは、筋骨隆々とした上半身裸の大男二人と、その二人に両腕を掴まれた泣き顔の男。殴られたのか、右目の周りが赤黒く腫れ上がり、曲がった鼻の周りには乾いた血がこびり付いている。
「嫌だあああ!! 放してくれえええ!!」
泣き顔の男は必死に抵抗しているが、筋肉の鎧の前ではこれっぽっちも力を発揮出来ず、ステージ中央まで引き摺られていった。ピエロはその様子を笑顔で見やりながら、端の方へ移動する。
「あ……あいつ!」野村は思わず腰を浮かせた。「中学ん時一緒だった……村上!」
村上と呼ばれた男はハッとしたように顔を上げ、野村と目が合うと顔をくしゃくしゃに歪ませた。
「野村あああ!!」
喉を枯らさんばかりの勢いで村上が叫ぶと、野村は体をビクつかせた。
「お前のせいだああああ!! お前が!! 三年の時!! いじめて死なせたからああああ!!」
「……っ!」野村は口元を歪めた。
「はい、まずは一人目、村上優信君だ!」
ピエロの声に、観客たちが一斉に拍手する。
「村上君は、野村君の中学時代の同級生で、三年時はクラスも同じだったんだよね! 成績優秀、教師受けも良く、男女問わず慕われる快活な少年。しかし……」
ピエロの声のトーンが下がると、観客たちは再びピタリと静まり返った。
「残念ながら、それはあくまでも表の顔。本当の村上君は、教師どころか身近な友達にも気付かれないよう巧妙に、気に入らない相手に嫌がらせするプロ! 野村君と仲間たちが行っていたある少年へのいじめ行為に、実は村上君もそれなりに関わっていたという事実を知る者は、非常に少ない!」
会場内はブーイングの嵐となった。観客の人数は決して多くないにも関わらず、超満員だと錯覚させられる程の大きな声と地団駄が響き渡る。
──ここにいるのはヤバい。
隙を見て逃げ出そうと考えた野村だったが、いつの間にやら、ピエロの面を被った数名の人間に囲まれていた。
「な、何──おい放せ! おい!」
「二人目のスペシャルゲストはこちら!」
次にステージ奥から現れたのは、両手を後ろで縛られ、貼り付けたような笑顔のバニーガールに左右と真後ろを挟まれた、短い茶髪の女だ。涙と鼻水で化粧が崩れたその女も顔見知りである事がわかると、野村は思わず呻いた。
「中谷奈津さん!」
観客たちが一斉に拍手した。その間に野村はステージに上げられ、ピエロの面の男二人に両腕をがっちり掴まれたまま、村上と筋肉男たちの左隣に並ばされた。
「中谷さんも村上君のように成績優秀で、特にこれといった問題を起こす生徒ではなかった。女友達とは上手く交友を続け、陸上部でも中心となって活躍、賞状やトロフィーも手にしている。
しかし! 彼女は野村君たちのいじめ行為を嬉々として観察し、更に被害者少年の間違った人物像を意図的に学年中に広め、孤立させた。彼女も重罪だ!」
観客たちが「重罪だ! 重罪だ!」と繰り返し叫ぶと、中谷は俯いて体を震わせた。村上と違って抵抗しないのは、真後ろのバニーガールの右手に鋭利な刃物が握られているからだろうか。
中谷とバニーガールたちは村上の右隣に並んだ。
「続いて三人目!」
三人目は一五二、三センチ程の小柄な坊主頭の男で、村上と同じく顔には暴力を受けた跡が見受けられた。両手に手錠が掛けられており、両端の警察官姿の男に挟まれながら、抵抗せずにゆっくり歩いて来る。
「山井……」
「山井順君!」
観客たちが一斉に拍手した。野村は山井と目が合ったが、向こうが先に逸らした。
「山井君は……残念ながら成績は下の下。宿題は平気で忘れる、度々他の生徒とトラブルを起こす、備品を盗む、片思いの女子には意地悪しないと気が済まない小学生レベルの精神年齢……などなど、とにかく酷かった!」
会場内が再び爆笑に包まれると、山井は憎々しげにピエロを睨んだ。
「そんな山井君、野村君とは小学生時にクラスが同じで仲が良かったものの、中学一、二年では離れて疎遠に。しかし三年でまた同じクラスになると、ある少年をターゲットにしたいじめを、どちらからともなく始める事に! そう、山井君は野村君と同じく、主犯格の一人なのだ!」
村上と中谷の時以上の大ブーイングが沸き起こった。
「しかも山井君、成人後に一度、つまらない犯罪で逮捕されている! ああもう救いようがない! ウケケケケケッ!」
観客たちが「前科者! 前科者!」と囃し立てる。
山井は歯軋りしながら、警察官姿の男たちに連れられ中谷の右隣に並んだ。
「さて、四人目にして最後のスペシャルゲストだ!」
髭を生やしたかなり大柄な女が、何かが入った大きな頭陀袋をズルズル引き摺りながらやって来た。
──何だ?
覗き込むように頭陀袋を見やる野村とは対照的に、山井たち三人は顔を逸らした。
「なあ……何が入ってんだ、あれ」
野村が恐る恐る旧友たちに尋ねると、山井は信じられないと言わんばかりの表情で野村を凝視した。
「言っただろ、四人目のスペシャルゲストだって」代わりに、ピエロがニヤニヤと笑いながら答えた。
髭の女はしゃがむと、頭陀袋を開け、中に入っている物を引っ張り出した。
「四人目のスペシャルゲストは、野村君たちの中学三年時の担任、中厚彦さんです!」
野村は思わず後ずさりかけたが、ピエロの面の男たちにより阻止されほとんど動けなかった。袋から出されたままピクリとも動かない元担任の様子がおかしいのは、遠目で見てもわかった。
「野村君、もっと近くで見るかい?」
「え、あ──」
ピエロの面の男たちに無理矢理引っ張り出され、野村はステージ中央まで移動した。
「さあ、最後にようやくメインゲストの紹介だ! と言っても、もう説明するまでもないかな?」
拍手が更に大きくなると、ピエロは満足げに頷いた。
「改めて紹介! 本日のメインゲスト……中学三年時に、クラスメートのある少年をいじめて自殺に追い込んだグループの極悪非道な主犯格、[RED―DEAD]のボーカルTAROこと、野村新太郎君だ!!」
会場は今までで一番沸いた。
「ああ、彼の様子が気になるかい? ケケッ」
野村は何度もかぶりを振った。
「彼はね、控え室でキミを待つ間、他の三人と同じようにとにかく抵抗したんだ。ボクはてっきり、猿の山井が一番やかましいんじゃないかと思っていたけど、意外にも中が一番手を煩わせた。……ほら、野村君が顔を見たいってさ」
髭の女は俯せの中をひっくり返した。
「黙らせるためにボクの仲間に懲らしめさせていたらさ──」
中の顔は蒼白で、目玉は飛び出さんばかりだ。半開きの口からは、顔と同じように変色して血の付着した舌が飛び出し、よく見れば首はあり得ない方向に曲がっていた。
「こうなっちゃった! ウケケケケケッ!!」
野村の絶叫は歓声に掻き消された。




