#38 殺人サーカス①
野村新太郎は、誰かの悲鳴で目を覚ました。
──あ、あれ?
ゆっくり起き上がり、周囲を見回す。
「あー……何だここ」
だだっ広く殺風景な土地だ。乾いてヒビ割れた地面に枯れた細い木々、まばらに生えた雑草、無数の小石、そして夕焼けにしては不自然な赤錆色の空。
──オレは確か──……
まだぼんやりする頭で記憶を辿る。今日は六堂大道芸のトークショー当日だ。だいぶ早い時間帯に六堂町まで来させられたうえ、雑誌がクソでイライラした。喉が渇いてきたので控え室を抜け出し、路地裏の自販機まで来たら[にじスト]の李里奈のマネジャーに声を掛けられ、付いて行き──……
「えー……あれ?」
何故かその先が全く思い出せなかった。
「どう……なってやがる……?」
まるで、野外の広い牢獄の中に閉じ込められたように感じられた。
「……そうか、ドッキリか! ドッキリなんだろ。え!?」
叫ぶような問いに答える者はおらず、虚しく響くだけだった。腕に鳥肌が立つのがわかったが、冷たい風のせいにした。
「クソッ、とにかく戻らねーと……あのビルは何処にあ──」
一際冷たい風が砂埃を伴って吹き付けると、野村は悪態を吐きながらギュッと目を閉じた。風が落ち着くと何度もまばたきし、違和感がなくなるとゆっくり、そしてそのまま飛び出さんばかりに大きく見開いた。
「……ああ!?」
約二〇メートル前方、たった今まで何もなかったはずの場所に、紅白のストライプ柄の大きなテントがそびえ立っているではないか。出入口は赤いカーテンで閉ざされているが、屋根のてっぺんの赤い旗が風になびき、その動きはまるでこちらを手招きしているように見えなくもない。斜め後方にはテントと同じくらいの全長のスピーカーがあり、微かにノイズが聞こえてくる。
「嘘だろ……さっき見た時にゃ絶対に──」
陽気なBGMが、スピーカーから大音量で響き渡った。野村は飛び上がらんばかりに驚くと悪態を吐いた。
「紳士淑女の皆様!!」
今度はBGM以上に馬鹿陽気な若い男の声が響き渡った。
「もうまもなく開演の時間だよ!! さあさあ早く席に着いた着いた~!! ほらほら、そこの顔も性格も不細工なボーカリスト! 何してるの? 迷子かなあ!? ケケケケケッ!!」
「なっ……!?」
「そうそう、そこのキミだよキミ! TARO、いや野村新太郎君!」
「……ざけんなよコラ! 何処にいやがる!」
野村は顔を赤くしながら叫んだ。
「こんなもん、ただのドッキリとか言えねーレベルだろ。タダで済むと思ってんのか? 名誉毀損で訴えんぞ! ああ!?」
「ケケッ、人殺しがよく言うねえ~!」
「何だと?」
「中学三年の時、キミはクラスメートを一人、死に追いやった。忘れたとは言わせないよ?」
野村は口を半開きにしたまま固まった。
「まあ、中学時代に限らず色々やらかしてるけどね、キミは」
野村は声の主を思い出した。そして同時に蘇る、十数年前のある記憶。
──いやまさか……そんなはずは……だってアイツは……。
「ほらほら、何やってるんだい? キミが来ないとスリル満点、愉快なショーが始められないじゃないか!」
野村はためらったが、このまま立ち尽くしていても何も変わらなさそうだと判断すると、鉛を詰めたように重い足をゆっくり動かした。
「あれあれ、野村君ちょっと遅いんじゃない? そうか、怖いんだね! ケケケケケッ!」
「はあ!? うるせーぞ! だいたいオメーは何モンだぁ?」
野村は顔全体を歪ませ、スピーカーを睨み付けた。誰もがビビっちまう凄みがあると内心自画自賛し、腹立たしい相手──ただし自分よりも強そうな男は除く──を目の前にすると見せ付けている表情だ。
「アイツの声を使えばビビらせられると思ったか? 何の魂胆があるのか知らねーけどよ、んな卑怯な手を使わねーで堂々と──」
「ごちゃごちゃうるせえな」若い男の陽気な声は、打って変わってドスの利いたものとなった。「いいからとっとと入って来いよ、音痴の間抜け面野郎」
「テ、テメ……後で覚えてろよ!」
野村は肩を怒らせながら、忌々しい紅白のストライプ柄の建物まで向かった。
テントの中は、想像していた程広くはなかった。奥に緞帳が下りている円形の大きなステージに、それを三方から囲むように階段式に並ぶ座席。
──オレがソロデビューしたら、こんなちゃっちい所じゃ物足りねーよな。
客はそこそこ入っているが、空席も目立つ。 野村は中央最前列の左端まで来ると、身を投げ出すように勢い良く腰を下ろし、だらしなく脚を伸ばした。
──そういや李里奈は? まさかグルになってオレにドッキリを──……
突然照明が落ちた。野村が驚いて天井を見上げると同時に陽気なBGMが再び流れ始め、先程の声が響き渡った。
「さあ皆さん! お待ちかね、六堂殺人サーカスの始まりだよ!!」
観客たちが歓声を上げ、拍手喝采した。




