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【再改稿版】骨の十字架  作者: 園村マリノ
第四章

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#37 もう一人の茶織

 太陽が沈みかけた薄暗い空と蒸し暑い空気の下、茶織は見知らぬ土地に佇んでいた。

 五メートルも離れていない位置には枯れかけた小さな池があり、周囲を囲むように数本の木々が並んでいる。その反対側には藁葺き屋根の粗末な家が数軒。

 歓声と太鼓の音色が聞こえてきた。二〇メートル程先に、大きな木がそびえ立つ広場があるのが見える。そちらに向かうと、何十人もの黒人の老若男女が集まって、太鼓のリズムに合わせて歌ったり踊ったりしていた。数人と目が合ったはずだが、何故か誰も茶織に気付いた様子はない。

 木の根元に腰を下ろす三人の太鼓奏者のすぐ近くまで来た時、歌っていた一人の小柄な中年女性が突然叫び声を上げ、それまでとは打って変わって激しく踊り始めた。周囲の人々は驚くどころか、愉快そうに笑ったり囃し立てた。


「精霊に憑かれたな。ありゃあ誰だろうな」初老の男性が歌うのを止め、隣の若い女性に話し掛けた。


「ゲデじゃないかしら。ほら、あの腰の動き。卑猥じゃない?」若い女性はクスクスと笑った。


 ──ゲデ。


 茶織はしばらくの間お祭り騒ぎを見学していた──その間にも二人の男女が〝憑かれた〟ようだった──が、やがて集団から離れ、集落の奥へ向かった。門の近くのものと似たり寄ったりな家が何軒も立ち並んでいるが、一軒だけ造りが異なる白い大きな建物があった。


「そこは(タンプル)だよ」


 ぼんやり見やっていた茶織は、ゲデのリーダーの声がした方にゆっくり振り返った。

 バロン・サムディは、茶織のすぐ斜め後ろにそびえ立つ木の一番太い枝に腰を下ろし、子供のように足をフラフラさせていた。


「サムディ……もしかしてここ、ハイチ?」


その通り(セ サ)! ハイチの小さな村(プチ ヴィラージュ)でーす」


「どうしてわたしがハイチにいるの」


「実際にいるわけじゃない。ワシが見せてるの。ほら、楽しそうでしょ」


 サムディは集団の方を見やり、聞こえてくる太鼓の音色に合わせて体を揺らした。ゲデに憑依された数人が中心となり、憑依されていない人間まで巻き込んで更に盛り上がっているようだ。


「ここはアヤタカとワシが出会った(ヴィラージュ)なんだよん」


「綾兄と?」


 その瞬間、茶織は思い出した──仲間たちと共に殺人ピエロの凶行を止めるべく動き回っていた事、立ち塞がる化け物たちを次々に始末した事、そして殺人ピエロに隙を突かれ、血の海に横たわった事を。


「わたし死んだの?」


「いんや、まだだね」サムディは枝から飛び降りると、茶織の元に寄り、汚れ一つない白手袋をはめた右手を差し出した。「さ、そろそろ戻ろうか」


 茶織は手を取る事をためらった。サムディに触れるのが嫌だったからではない。最愛の叔父の姿をした偽物に殺されかけた。そして自分が危機に陥っても、本物の叔父が颯爽と現れて助けてくれる事なんてないのだという現実が、戦う気力と勇気を奪っていた。


「ああ、言わなくてもわかるよ。伝わってくる。恐怖と悲しみと怒り、それから寂しさが」


「……あんたに何がわかるのよ」


「わかるさ、今は特にね。でももう、独りぼっちじゃないでしょ」


「え……?」


「それにいいの? アヤタカを侮辱したピエロ(アイツ)に、これ以上好き勝手させてさ」


「全然良くない」


「んじゃあ、やっぱり戻ろうじゃないの、皆の所に」サムディはニカッと笑ってみせた。


「……皺だらけなのにシミはないのね」


「そりゃあ、お肌に気を遣っているからねっ」


「だったら皺だって少なくていいはずだけど」


「手厳しいなあ……」


 茶織はうっすら笑うと、ヴードゥーの偉大なる精霊の長の手を取った。

 村人たちの歓声と歌声、太鼓の音色が徐々に遠くなってゆく……。




「み、道脇さん……?」


 龍は驚愕に目を見開いた。その驚きは、血の海に倒れる茶織を見付けた時以上だったかもしれない。

 その茶織の傷口が徐々に塞がってゆき、顔色も良くなってきているではないか。更には、破れて血塗れになった服までもが元通りの綺麗な状態に戻りつつある。


「持ってて頂戴」


 遅れてやって来たアルバが骨の十字架とリュックサックを隅に置き、槍を龍に預けると、茶織を抱き上げた。


「おじ様……上手くいったようね」


「えーと、サムディが憑依する事によって、道脇さんは回復した……?」


「そういう事」


 龍は安堵の溜め息を吐いた。


「うーん、でもちょっとまた別の問題も発生するかもしれないわね」


「え?」


 二人分の足音が聞こえ、ややあってから那由多と緋雨が姿を現した。


「龍君にアルバ! 無事かい?」


「ええ、まあ」龍は曖昧に頷いた。


「あれ、茶織さ──うわあっ!?」


「おい、その血は誰のものだ」


「落ち着いて、二人共。サオリはもう元気だから」


「げ、元気だって!?」


「何があった。バロン・サムディはいないのか」


「いるよ、()()()


 答えたのは目を覚ました茶織だった。アルバの元から自ら降りると、全員の視線はお構いなしに呑気に大きく伸びをした。


「……道脇さん? 大丈夫なんですか」


 龍は恐る恐るといった様子で声を掛けた。目の前にいる女性は道脇茶織本人だ。しかし何故だか全く別の存在──人間ですらない──に感じられた。

 茶織は最初に龍を、それから残る全員を順に見やると笑い出した。


「何アンタら、そのぽかんとした顔!」


「……お前、本当に道脇茶織か」緋雨は不信感を隠さず尋ねた。


「はあ? 当たり前でしょ」茶織はあっさりと返すと、龍たちに背を向け、周囲をキョロキョロと見回した。「アイツは何処行ったよ、あの腐れ道化師(クラウン)は」


「わからないわ。倒れたあなたしかいなかったから」


 アルバが答えると茶織は舌打ちした。


「何処かに抜け道か何かがあるはず……待ってな道化野郎……」


 ブツブツ独り言を呟く茶織の後ろで、那由多と緋雨は顔を見合わせた。


「おい、どうなってんだあれ」龍はアルバの甲冑の腕をグイと引っ張り耳元で尋ねた。


「サムディおじ様の憑依によって、新たな人格が生まれたのよ。おじ様程の力のある精霊に憑依されたら、普通の人間は完全に意識を乗っ取られるはずだけれど、どうやら上手い具合に融合したみたいね。まあ安心しなさい、憑依されている間だけだから」


「ところでさ」茶織が振り返った。「アタシの武器とリュック、何処?」

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