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【再改稿版】骨の十字架  作者: 園村マリノ
第四章

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#36 あの子を止めて

 二階は辺り一面、真っ白いタイル張りになっていた。一階のように部屋はなく、廊下は左右に分かれており、長く続いているように見える。龍とアルバが右へ、那由多と緋雨が左へ進む事になった。


「廊下長過ぎ。明らかに間取りおかしいよね」


 龍たちと別れた後、那由多は少々ぶっきらぼうに言った。


「異界だぞ。何を今更」


「まあそうだけどさ」


「機嫌が悪そうだな。先程の事か。決してお前を心配しなかったわけではないぞ。ただ、眼鏡は近眼のお前にとって、ある意味では生命線だろう。壊れて使い物にならなくなったらどうする。ろくに見えない状態で敵に遭遇でもすれば──」


「違うよ、お腹空いたんだよ!」


 直後、那由多の腹が盛大に鳴った。


「何だ……そんな事か」


「ああ、でも眼鏡の話は緋雨の言う通りだよ。やっぱりコンタクトレンズに変えようかな」


 緋雨の歩みが止まった。


「どうしたの緋──」


「ならぬ……ならぬぞ那由多! 早まるな! それだけはこの命に変えても阻止する!!」


「何で!?」


 しばらく進むと、開けた空間へと辿り着いた。明かりが点いてはいるが、タイルがあちこち剝げたり汚れていて薄気味悪い。

 空間のほぼど真ん中に、先程の女の姿があった。小さな丸椅子にこちらに背を向けて腰掛け、キャンバスに筆を走らせている。その向こうの壁際には、俯せで重なって倒れている女性が三人。


「おい女、倒れている三人はどうした」緋雨が問うた。「死んでいるのか」


 女は筆を走らせる手を止めた。那由多は緋雨の腕を掴み、女性たちを不安そうに見やった。


「自分で確認すりゃいいでしょ」女は面倒臭そうに答えた。


 緋雨は女の横を通り、重なって倒れている女性たちの元まで来ると様子を確認した。三人全員、首がありえない方向に曲がっていた。

 

「貴様が殺ったのか」


「ええ」


「無関係な人間を巻き込んだのか」


「無関係? 違うわ」


 女は緋雨に向き直った。疲れたような、何かを諦めてしまったような顔をしていた。


「そいつらは死んで当然なの。かつてわたしを散々傷付けた癖に、大きなバチが当たる事もなく幸せに暮らしてやがったから」


 那由多は睨み合う緋雨と女を交互に見やり、それから絵を覗いた。描かれているのはピエロだ。顔全体を白塗り、目の周りや眉は黒く縁取り、濃い赤の口紅を唇から頬骨まで引いている。身に纏っているのは、てっぺんから二つに分かれ先端にポンポンが付いたキャップ、右半分が黒で左半分が白の先端がクルリと丸まっているブーツ、それらと配色が左右逆のスーツ。


「これが……今俺たちが対峙している張本人なんだね」


 緋雨が那由多の隣に並んでピエロの絵に目をやり、


「間違いない。こいつだ」


「あなたは生きた人間ですよね。どうしてここに……どうしてピエロに……?」


 答えは返って来ないだろうと那由多は思った。しかし予想に反し、女は静かに口を開いた。


「似た者同士だから」


「……あなたと、ピエロが?」


「わたしもあの子も、長い間周りの人間たちに虐げられていた。それ以外の人間はわたしたちをまるっきり無視するか、余計な口出しや邪魔はするけど、いざという時は何もしてくれなかった。

 いつ覚めるかわからない息苦しい悪夢の中を、わたしたちは孤立無援で、自分なりのやり方で何とか生きてきた」


 女は小さく溜め息を吐くと、二人の男の存在なんて忘れてしまったかのように再び絵を描き始めた。緋雨は女の肩を掴んで振り向かせようとしたが、那由多が止めた。


「俺たちがここまで来る途中、何枚も絵画を見ました。あれらもあなたが?」


「まあね」


「元の世界でも描いていたんですか?」


「……そんな事聞いてどうするの」


「いや、ただ気になったから……」


 女は理解不能とばかりに肩を竦めた。


「お喋りはそこまでだ」緋雨は苛立った様子で言った。「貴様も我々を始末するために送り込まれたのだろう。私怨で三人殺し、ついでに絵を描くためだけに来たわけではなかろう」


「まあね……でも……もういいかな、って。何か疲れちゃった」


 女は自嘲気味に笑うと、完成途中のピエロをぼんやりと見やった。その目からは精気が失われつつあるようだった。那由多は緋雨の言葉を思い出し、薄ら寒いものを感じた。


「……あの子を止めて」


「え?」


「あの子だって被害者なんだよ。いじめに遭わなければ……家庭が平穏だったら……味方がいれば……」


 声の震えと目に滲むものを誤魔化すように、女は再び二人に背を向けた。


「行きなよ。あんたたちの仲間、今かなりヤバい状況みたいだよ。この部屋を出てすぐの壁に、隠し通路がある。あんたたちなら、ちょっと探せばわかるはず」


「貴様はどうするつもりだ」


「どうもしない。ここで、全てが終わるのを待っているわ」


「その死体たちと共にか」


「あー、それはちょっと嫌ね。そろそろ片付けようかしら」


「一緒に行こう」言いながら、那由多は女に手を伸ばした。「あなたの説得を聞いたら、もしかしたらピエロは──」


 ガサガサ……ガササ。


 何か小さい生き物が這い回るような音が、積み重なった死体の方から聞こえた。


「気持ちだけ貰っておくわ」


 音の正体が死体の陰から姿を現した。四、五〇センチ程の大きさで全身真っ黒、四足歩行のそれには人面が付いており、那由多たちに気付くと目玉をギョロギョロと忙しなく動かした。


「これはわたしが何とかするから。行って」


「でも──」


「早く!」


「行くぞ、那由多」


 緋雨が那由多の腕を引いた。


「あ、あの! あなたの名前は?」


畑野莉緒華(はたのりおか)


 女は筆とパレットを足元に置いて立ち上がったが、振り返らなかった。


「さようなら、お人好し君と渋いおじさん」


 那由多と緋雨はその場を後にした。


「あの娘には、最初からここを生きて出るつもりはなかったのだろうな」


 隠し通路を通る途中、緋雨は独り言のように呟いた。

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