#34 悪夢の再会
茶織たちが進んだ先は袋小路になっており、二階建ての一軒家がポツンと建つのみだった。
「戻る?」
茶織が言うと、先頭にいたサムディが振り向き、
「サオリ、ここが目的地」
「え?」
「いるよ、アイツが。気配感じない?」
茶織は周囲の反応を見た。龍と那由多は目が合うと頷いた。アルバと緋雨は一軒家を睨むように見据えたままだ。
茶織も改めて一軒家を見やった。濃いねずみ色の屋根に、全体的に薄汚れた白い壁。全ての窓に暗幕が閉められており、中の様子を窺い知る事は出来ない。
「あんたたちがいるって言うんなら、いるんでしょうね」
「んじゃ、全員揃ったし行きましょうかねえ」
近所へ買い物にでも出掛けるかのような口調でそう言うと、サムディは率先してドアまで進み、縦長のドアノブに手を掛けるとそのまま一度振り返った。
「準備はいい?」
全員が頷くのを確認すると、サムディは何のためらいもなくドアノブを引っ張った。
鍵は開いていた──まるで茶織たちの来訪を待っていたかのように。
明かりは点いていないが、決して暗くはなかった。一階には大きな部屋が二つに、トイレや風呂場もあるようだ。二階への階段は玄関入ってすぐ右側にある。
「二手に分かれましょう」アルバが提案した。
「じゃあ、わたしは二階を見るわ。階段近いし」
茶織が言うと、先頭にいたサムディが戻って来た。
「別にあんたは来なくていいわよ。あんたが近くにいると余計に疲れるの」
「そんな事言っちゃってさ……」サムディはフフンと笑った。「ワシと二人きりになるのが恥ずかしいんでしょっ」
茶織は無表情かつ無言でゆっくりと釘バットを振り上げた。
「わあっ! さ、茶織さんまだ敵は出て来てないから!」
「おい精霊、貴様は少し黙っとれ」
「えー、何さワシが悪いっての~?」
アルバは呑気にウフフと笑うだけだ。龍は急激な疲労感を覚えた。
「と、とにかく、茶織さんとサムディは二階をお願い。何かあったらすぐ呼んで。異常なさそうだったら戻って来ちゃっていいから」
「ほーい。では皆の者、また後で」サムディは軽快なステップで階段を上り始めた。
「戻って来るのはわたしだけになるかもね」ボソリと呟いてから茶織も一階を後にした。
「……あいつらはいつもああなのか?」茶織が姿を消すと、緋雨はぼやいた。
二階にも部屋は二つあった。サムディは勝手に階段に近い方の部屋を開けた。広さは六帖程で、壁際のドレッサーや、ベッドの淡いピンク色のシーツに花柄の掛け布団からすると、どうやら女性の寝室のようだ。
サムディは部屋に足を踏み入れかけ、一旦引っ込めた。
「どうしたの」
「いや、女性のお部屋に勝手に入っちゃ失礼かな、と」
「普段からわたしに対してもそれくらい気を遣ってほしいわね」
二人で室内やバルコニーをチェックしたが、特に変わった様子はなかった。クローゼットを開ける時は緊張したが、中にはコートや余所行き風な服が数着、ハンガーに掛けられているだけだった。
「どんな女性がいたのかな」
「ここはピエロが創り出した異界なんでしょ。だったら誰が住んでるも何もないんじゃない」そう言いながらも茶織は、自分の考えは当たっていないような気がした。
サムディはベッドの上に大の字になった。
「何してんのよ」
「ちょっと休憩」
「こっちが休みたいわ」
「お嬢ちゃん、サムディの隣、空いてますよっ」
茶織は溜め息を吐くと、サムディを残し、奥の部屋へと向かった。
──ここは……。
もう一つの部屋にはベッドと、図鑑や漫画が並ぶ手前にミニカーやフィギュアがまばらに飾られている本棚、タンス、小さな棚とその上の更に小さなテレビ、そして一冊のノートが真ん中に置かれた子供用の勉強机があった。
茶織は部屋に入ると、釘バットを本棚の側面に立て掛け、読んでくれと言わんばかりに置かれたノートを手に取った。ピエロからの挑発でも書かれているのではないかと思ったが、中身は誰かの日記だった。
六月某日から始まり、その後も不定期的に書かれ続けたそれは、決して愉快な内容ではなかった。書き手は男子学生であり、両親の不仲と、学校で同級生から受けるいじめに苦悩している様子だった。
──これって……。
「来たのか、茶織」
──!!
引っ張られるように顔を上げると、バルコニーがあったはずの場所に道が続いていた。そしてその数十メートル先には、茶織が会いたくてやまなかった人間が一人。セミロングヘアーに左耳のピアス、そしてこちらを優しく見つめる奥二重の目。
「久し振りだな。元気だったか?」
「あ……綾兄!!」
茶織はノートを放り、リュックを下ろすと、我を忘れて走り出した。
道脇綾鷹は、微笑んだまま右手を伸ばした。
「綾兄……助けに来てくれたの?」
追い付いた茶織は何のためらいもなく笑顔でその手を取ったが、直後、汚い物にでも触れたかのようにパッと離すと後ずさった。
「……あんた、綾兄じゃない」
茶織はようやく我に返り、今自分がいるのは男子学生の部屋ではない事に気付いた。だだっ広く、壁も床も真っ白なタイル張りをしているが、あちこちに赤茶色のシミが飛び散っている。
「茶織?」
茶織は釘バットを構えようとし、男子学生の部屋に置き忘れたままだと気付いた。背中を汗が伝うのは、走って来たからではない。
「茶織、どうしたんだ」
「近寄るな偽者」
茶織は一本後ずさった。
「手の感触が全っ然違う!」茶織は声を張り上げた。「その感触は綾兄じゃない。わたしにはわかるんだから!」
元来た方から、自分を呼ぶサムディの声が聞こえた。
茶織は踵を返そうとしたが、その直後、背中から腹部にかけて鋭く強烈な衝撃を受けた事により、動けなくなった。
「……っ?」
ゆっくり頭を下げ、自分の状況を理解した茶織だったが、驚愕に目を見開くのが精一杯で声は出せなかった。
「感触ねえ……」呆れたような声がすぐ後ろから聞こえた。「キミ、意外と変態的っていうか、本当にイカれてる。ケケケッ」
綾鷹──いや、彼に扮したピエロの手に握られた日本刀が、茶織の体を貫いていた。




