#30 光の裁き
大きく跳躍し、自分目掛けて急降下するバスケットボールの大きな単眼を、アルバは槍で正確に貫いた。串刺し状態のまま一振りし、後から続いていた他のボール数個を吹っ飛ばす。
「リュウ、気を付けて!」
槍の攻撃が逸れたボールが一つ、龍に向かって跳躍した。咄嗟にアルバの方へと横っ飛びに避けると、ボールは直前まで龍が立っていた地点にぶつかり、反動で何度か跳ねると壁際まで転がっていった。
串刺しにされていたボールは、空気が抜けながら急速にしぼんでゆき、やがてポンと弾けるようにして跡形もなく消え去った。
「後片付けの心配はしなくていいようね」
方々に吹っ飛ばされていた他のバスケットボールたちが、再び転がりながら接近してくる。
──頼む、そろそろ力を貸してくれ。守られてばかりじゃ嫌なんだ。
龍が左手の緋雨の羽根に願うと、突然強く光り出した。そのまま手元で何か別の物に変わってゆくのが感じられ、思わず息を呑む。
「リュウ、大丈夫?」アルバが肩越しに振り向く。「あら」
龍の両手には、先端に錫製の遊輪が六個付いた、一六〇センチはある木製の杖が握られていた。
「何だか変わった杖ね」
「錫杖だ。確か、修行僧が使う道具」
錫杖を軽く振ると遊輪がシャンシャンと音を立て、龍は不思議と安心感を覚えた。
「でも、具体的にどう使えばいいんだ?」
バスケットボールたちが再び飛び跳ねる。龍とアルバは背中合わせに対峙した。
「そっちは全部任せた。俺はあの一個を倒したら、理人をやる」
理人は首だけ真後ろに向けた状態のまま、ニヤニヤと笑いながら非常にゆっくりとした動きでこちらに近付いてくる。後ろ歩きのためか、時々体がフラついている。
龍と対峙するボールが、歯をガチガチと鳴らしながら大きく跳躍した。
──来る!
龍は数歩前に出ると、急降下するボールに錫杖の先端を突き出した。
シャン!
錫杖の先端が強い光を放った。光はボールを包むように広がると、次の瞬間には赤い炎となり焼き尽くし、後には僅かな灰が散るだけだった。
「凄ぇ……」
「リュウ、そっちに行ったわ」
慌てて振り返ると、目玉の潰れたボールが龍に飛び掛かるところだった。
シャン!
考えるより先に錫杖を振ると、光がブーメランのように放たれ、ボールを真っ二つに裂くと同時に焼き尽くした。
「あら凄い。ヒサメは便利なものをくれたのね」
「リュウ、ニイ、チャン……」
理人の姿をした化け物は、異様なまでに吊り上がった目から明確な殺意を放ち、血を滴らせた口元にはバスケットボールと同じような牙を覗かせている。
「黙れ」龍の錫杖を握る手に力が入る。「これ以上、理人を侮辱するな」
シャン! シャン!
光の矢が一瞬で化け物の胴体を貫いた。化け物は膝から崩れ落ち、俯せに倒れてピクリとも動かなくなった。
──殺った……のか?
アルバがやって来た。何か言おうと口を開きかけたが、緊迫した空気をぶち壊す会話に遮られた。
「ちょっと、引っ付かないでよ変態! 邪魔!」
「だあってぇ~、怖いんだもぉ~ん!」
「これで殴られたいの?」
「鬼に金棒、誰かさんに釘バット! 嘘ですごめんなさいせめて平手打ちで許してくださぁ~い!」
体育倉庫の扉が重たい音を立てて開き、声の主たちが姿を現した。
「何よここ……体育館?」
一人は、龍の知っている女性だった。気が強そうな顔立ちに、肩まで伸ばした髪。パーカーとホットパンツ、スニーカーというカジュアルな服装は、あちこちが赤茶色く汚れてしまっている。
「道脇……さん?」
二、三丁目を調べていたはずの道脇茶織が、何故ここにいるのだろうか。そして何よりも目を惹くのが、右手に握られた物騒な代物だ。
──く、釘バット?
「日高君? これってどういう状況なの」
「どうしたのサオリン」
茶織の後ろには男が一人。ボロボロの黒い山高帽と燕尾服にブーツ、杖を手にした白手袋という姿の、一九〇センチ以上はある華奢な男性だ。真っ白な顔には皺が刻まれており、目元はサングラスで隠されている。
──まさか、あれが……。
「バロン・サムディ」
アルバが言うと、不気味な男が反応した。
「およっ、鎧のお嬢ちゃん、ワシを知ってるのねっ」
「あなた、まさかアルバ?」
茶織は初めて目にする西洋甲冑姿の白人女性に、驚きを隠し切れなかった。
「ええ」アルバは穏やかに微笑んだ。
「で、日高君」茶織は龍に向き直った。「そこに倒れているのは、あなたかアルバが?」
「ああ……」
龍は倒れたままの化け物の至近距離まで近付いた。
──こいつは消えないのか?
「龍兄ちゃん」
龍の心臓が大きく脈打った。
化け物が後ずさりかけた龍の足首を掴んだ。振り解こうにも、信じられない程の強さだ。
「龍兄ちゃん……助けて……苦しいよお……」
化け物が顔を上げた。充血した目玉が飛び出しポロリと落ちると、眼窩からドロドロとした血が溢れ出した。
「龍兄ちゃん……」
「離せ……やめろ……ああ……」
龍は錫杖を振り下ろす事が出来なかった。
「龍兄ちゃああああああああああああああ」
「やめろおおおおおおおおお!!」
ザクッ。
ゴツッ。
「しつこい男は嫌われるわよ」
「うるさいのよ」
化け物のこめかみに槍の先端が突き刺さったのと、後頭部にいくつもの釘がめり込んだのは、ほぼ同時だった。
化け物は、直射日光に晒されたアイスクリームのように溶けてゆき、やがて床に大きな黒いシミを残して消えた。
龍は荒く息を吐き、崩れ落ちるように座り込んだ。錫杖が手から離れ、大きな音を立てて床に落ちると、一瞬光に包まれた直後に消え去り、一枚の黒い羽根が残った。
「まったく、慎重なのか無鉄砲なのかわからない子ね」
アルバは龍の隣に膝を突き、背中にそっと触れた。
「サムディ、ボケっとしてないであんたも動きなさいよね! 肝心な時にポンコツなんだから!」
「ぬなっ!? ひ、酷い言い草! 泣いてやるっ!」
「気色悪いから絶対やめて」
茶織は龍をチラリと見やった。俯いたまま座り込む姿は、一五年前、初めて邂逅した際の叔父と重なって見えた。そんな彼を、アルバが支えるようにして立ち上がらせる。
「改めて! ワシ、ヴードゥーのゲデのリーダー、バロン・サムディ!」サムディが茶織とアルバの間に割って入った。「酒と葉巻と楽しい事が大好き! ちなみに既婚者よろしくねっ!」
「デュラハンのアルバよ。よろしく、サムディおじ様」
「サムディおじ様? その呼び方気に入った! ヒョヒョヒョヒョヒョ!」サムディは機嫌良く宙返りをしてみせた。「で、そっちの少年が、リュウ?」
「ええ、そうよ。おじ様、詳しい自己紹介はまた後で。今はここから抜け出す事が先決でしょう?」
「んだな。じゃ、行きますか。ワシの勘が正しければ、あの向こうもどっかに繋がってる」
サムディは緞帳が下りたステージを指差すと、フラフラと飛んでいった。リュウが小さく頷いたのを確認してから、アルバも後に続いた。
茶織も続こうと数歩進んだが、ふと思い付いたように足を止めた。
「日高君」龍は返事も反応もしなかったが、茶織は構わず続けた。「絶対にぶちのめすわよ、あのピエロを。調子に乗って侮辱した事を、嫌という程後悔させてやるのよ……わたしとあなたで」
龍は顔を上げた。
「でも止めはわたしが刺すから、そこは邪魔しないでね」
サムディが緞帳をめくって中を覗いた。その様子を数メートル後方でアルバが見守り、そこに茶織も合流した。
「おおっ、やっぱり! ほら、道が続いてる! ワシって天才!」
──あのピエロにも必ず光の裁きを受けさせる。
龍は緋雨の羽根を見つめながら誓い、それから道脇茶織の背中を見やると、小さく頷いた。
──絶対にぶちのめす。俺たちで。
そしてパーカーのポケットに羽根をしまうと、自分を待つ三人の元へと走っていった。




