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【再改稿版】骨の十字架  作者: 園村マリノ
第三章

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#26 死んだはずの……

 六堂町一丁目。

 駅周辺に異常が見当たらなかったため、龍とアルバは大型ショッピングモール〈|FOUR SEASONSフォーシーズンズ〉前まで移動した。


「TAROが目的なら、商業施設内に何か仕掛けるって事はないだろうけどな……」


 開店時間の一〇時まで三〇分弱あるため、全ての出入口にシャッターが降りているが、周囲には既に十数名の客が待機していた。

 隣の広場では、洋風屋台やワゴンが開店準備中だった。龍とアルバは、行き交う人々の間を警戒しながら進んで一周し、この場にも異常がない事を確認すると、逆方向の春日町へと向かった。


「ピエロを倒して時間に余裕があったら、先程の広場にあったクレープが食べたいです」


「下手すりゃ俺たち、生きて帰って来られないかもしれないんだぞ」


「そうおっしゃる割には余裕がありそうに見えますよ」


「お前の力を頼りにしてるからな」


「あら、それは裏切れませんね。ウフフフ」


 龍は内心複雑だった。自分は霊感があるだけのただの人間とはいえ、何もかも相棒に頼り切るのには抵抗がある。ボディバッグに折り畳みナイフを忍ばせてはいるが、そもそも化け物に刃物は通用するのだろうか。

 パーカーのポケットから、緋雨の黒い羽根を取り出す。待ち合わせ中、茶織の到着を待つ間に那由多がくれたもので、魔力や霊力が極端に高まった場所で役立つらしい。しかし、どのように役立つのかは、那由多も知らないようだった。


 ──緋雨を疑うわけじゃないが、これをどうやって……?


「リュウさん止まって」


 龍ははっと顔を上げ、歩みを止めた。アルバの視線を辿ると、異様な光景が目に入った。

 前方の短い横断歩道を渡った二、三〇メートル先、鉄筋コンクリート造で外壁のあちこちにヒビが入った三階建てのビル。その出入口前の駐車スペースに、人ならざる者たちが五体、焚き火を囲んでいるかのようにしゃがんで集まっている。人影がそのまま実体化したように全身が薄黒く、顔にはパーツがない。


「あれは……何なんだ?」


「悪鬼、とでも呼びましょうかね。こんな街中に複数体存在するなんて、なかなかない事ですよ」


「俺も初めて見た」


 角を曲がって現れた女性が、すれ違いざまに怪訝な顔で龍を見やった。


「それじゃ、ちょっくらやってみましょう」


「ちょっくらって……」


 龍は目を見開いた。隣の小さな相棒は、いつの間にやら龍とほぼ同じ背丈にまで成長していた。左手には二メートル以上の槍が握られており、その身に纏うのは女児用の秋の装いではなく西洋甲冑で、冑だけがない──三年前、初めて出逢った時の姿だ。

 アルバが龍に振り向いた。吸い込まれそうな碧い目は毎日見慣れているはずなのに、龍は妙にどぎまぎした。


「魔力溜まってたし、久し振りに戻ってみたの」その声は、艶のある大人の女性のものだった。「とりあえず下がっていてね、リュウ」


「お、おう……」


 横断歩道を渡り切らないうちに、悪鬼たちは二人に気付いた。パーツのない顔で怒りと警戒を露わにしている。

 悪鬼の一体が四足歩行で接近してくると、その脳天に、アルバは何のためらいもなく槍先を突き刺した。引き抜くと同時に、刺された悪鬼は地面に溶けるようにして消え失せた。


「ねえリュウ、次はどいつがいい?」アルバは再び槍を構えた。「どの部分を刺す?」


 一体の悪鬼が素早く飛び掛かった。黒い手がデュラハンに触れるよりも先に額に風穴が開き、どっと崩れ落ちると溶け出した。


「──っぶねえ! 呑気に喋ってんなよ!」


「大丈夫よ、ウフフ」


 悪鬼三体が身を寄せ合うように一箇所に固まった。怯えて動けなくなったのかと思いきや、グチュグチュと嫌な音を立てながら混ざり合い、何度か伸縮を繰り返すと、全長約三メートル程もある大蜘蛛へと変化した。全身が黒く、所々に血が飛び散ったような赤い斑がある。


「うえっ。マジかよ」


「あまりいいデザインじゃないわね」


 大蜘蛛が身を翻した。


「リュウ、もっと離れていて。それでもって蜘蛛の直線上に立たないように」


 問わずとも、アルバの発言の意味はすぐに判明した。大蜘蛛の尻から糸が噴射されると、直前まで龍とアルバが立っていた場所を通り越し、駐車されている青い軽自動車とその周辺に飛び散った。

 右に避けていたアルバが更に右へ回りながら、少しずつ距離を縮めてゆく。大蜘蛛は次に八本脚と糸のどちらを使用するか迷っているのか、体勢を整えられずにいた。

 アルバと同じく右に避けていた龍は、言われた通りに距離を取っていたが、相棒任せな状況に手持ち無沙汰だった。


 ──そりゃあ、俺はただの人間だけどよ……。


 パーカーのポケットに手を伸ばし、緋雨の羽根をそっと掴む。


 ──槍一本で足りるのか?


「龍(にい)ちゃん」


 聞き覚えのある声にビルの方を見やり、その出入口前に声の主の姿を認めた瞬間、龍の心臓は強く脈打った。


 ──理人(りひと)……?


 喜多山(きたやま)理人。小学生時代からの友人である喜多山慶太(けいた)の弟。人懐っこく少々わがままで、野菜は嫌いでも納豆は大好き。

 最後に会ったのは八月下旬、日本の真夏にしては珍しく、最高気温も湿度もあまり高くない日だった。棺の中で眠る彼に何と声を掛けた?

 そう、あり得ない再会だった。理人は死んだ──ピエロに殺された。


「理──」


 龍が僅かに足を踏み出すと、理人は背を向け、ビルの中に入ってしまった。


「っ……待て!」


「……リュウ?」


 槍と魔法を駆使し、大蜘蛛の脚を三本使い物にならなくさせたところで、アルバは龍の異変に気付いた。

 大蜘蛛の脚がしつこくアルバを捕らえようとする。


「懲りないのね」


 右手から放った球電で一番近い脚を焦がしてやり、怯んだ隙に間合いを取った。


「お熱いのはお好き?」


 アルバの碧い目が一瞬、紅く強く輝いた。大蜘蛛の足元に、その巨体がすっぽり収まるサイズの魔法陣が浮かび上がる。

 その直後、地面から大きな火柱が上がった。一瞬で大蜘蛛を丸焼きにすると、最初から何もなかったかのように綺麗に消え失せた。大蜘蛛は、キイキイと掠れた悲鳴を上げながら溶けてゆき、こちらもシミ一つ残さず消滅した。


「後から来てくれ!」

 

 罠だという事はわかっていた。それでも龍は、死んだ友人の後を追った。


「リュウ! あらあらもう……」


 槍先に付着した蜘蛛糸を大雑把に払うと、アルバもビルの中へと向かった。

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