#24 決戦当日
一一月八日土曜日、六堂大道芸初日。
殺人ピエロが何か恐ろしい企みを実行するには似つかわしくない、一〇月上旬並みの陽気に雲一つない澄んだ秋空の下、三人の若者がJR線新六堂駅東口改札前に集まった。
「六堂町で昔から暮らしている霊たちに聞いたんだけど」
那由多が切り出した。
「TAROさんたち芸能人の控え室がある建物は、四丁目の〈藤紫ビル〉だそうだよ。事情を話したら、彼らもピエロ撃退に出来る限り協力してくれるって」
「正直、あまり期待出来そうにないわね」
冷めた反応の茶織に、龍は目で訴えた──どうしてあんたは平気でそういう事が言えるんだ。
「でも、俺たちだけよりもいいでしょ。向こうは軍勢引き連れてるかもしれないし」
那由多は特に気分を害した様子もなく答えると、数メートル先の看板地図まで移動し、四丁目内を指で辿った。茶織と龍も続き、覗き込む。
「……ん、あった。ここからそんなに離れてなさそうだ。連れ出すのは俺がやるよ。六堂町の隣の弓塚二丁目にある神社内に、緋雨が結界張ってくれている最中だから、上手い事言ってそこまで連れて行く」
「ネット情報だと、TAROはかなり性格悪いらしいです。大丈夫ですかね」
「茶織さんも一緒に行った方がいいんじゃないでしょうか。ウフフフッ」
那由多よりも先に、少女の声が答えた。龍は眉間を指先で押さえた。
「いたのね、アルバ」茶織は睨むように龍を見やった。
「まあ、緋雨も後から来てくれるし。それでも何かあったら連絡するよ」
「流石に今からじゃ早いんじゃないかしら。大道芸自体は一一時半から順次開催で、トークショーは一三時からでしょう。まだ九時前よ。来てすらいないかもしれない」
「刑事の張り込み調査だと思いながら頑張るよ。その間に三人は、緋雨が言ってた事をよろしく……ああごめん、四人だね。ヴードゥーのバロン・サムディも」
「律儀にいいわよ。探せばいいのよね、罠とやらを」
ピエロは事前に、何らかの罠を仕掛けている──緋雨はそう推測していた。それがどのようなものか、通常の人間に目視出来るものか否かは不明だが、事前に探し、推測通りだったならば排除しておきたかった。
「罠を見付けたら破壊する。怪しい動きをする人外の存在がいれば叩きのめす。それはいいんだけど、わたしにどこまで対処出来るか」
「バロン・サムディがいるでしょう。俺にアルバが、那由多さんに緋雨がいるみたいに」
「だから嫌よあいつは」
「でも、俺たちは別行動した方が効率がいい。そうすると、あなた一人じゃ危険だ」
茶織は不服そうに眉間に皺を寄せた。
「ま、まあとにかく、そういう事なんで……」龍は逃れるように地図看板に目をやった。「えっと……俺とアルバは、この一丁目と春日町の一部を調べます。四丁目は那由多さんと緋雨で、道脇さんは残りの二、三丁目をお願いします。……こんな感じでいいですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「そうと決まれば、もう行くわ」
最も近い三丁目から見て回る事に決めた茶織は、背を向けてさっさと歩き出そうとした。
「気を付けて」
「お気を付けてー」
「何かあったら、無理せず連絡してね」
次々と掛けられる声に、何となく落ち着かないような、むず痒いような気分に陥ったが、茶織にはそれが何故なのかわからなかった。
「……そっちもね」
振り向かずに返すと、茶織はその場を後にした。
六堂町三丁目。
茶織は、大通りから居酒屋やスナックの並ぶ小路に入った。周辺に注意を払いながらゆっくり進み、たまに人間の姿を見掛けると警戒した。相手が本当に生きた人間か否かの判断は難しい。すれ違いざまにいきなり牙を剥かれれば、サムディが間に合うかどうかもわからない。だからといって、あのやかましい老人を先に呼び出しておくのも気が引けた。
──もう少しまともな精霊にしてほしかったわ、綾兄。
一旦立ち止まり、リュックサックの外側のポケットから、事前に入手しておいた六堂大道芸のマップを取り出す。各パフォーマーやイベント、出店の場所がアナログタッチのイラストで描かれている。
──取り敢えず一番近いイベントスペースかしら。
再び歩き出して程なく、茶織は一瞬目眩を覚えたが、気にせず進んだ。
──それにしても……。
遠くの方で車の走行音が聞こえる以外はあまりにも静か過ぎるし、相変わらず人気もない。とても大規模なイベントが行われる前だとは思えないが、場所の問題なのだろうか。そして心なしか、周囲が少しずつ暗くなってきたように感じられる。
──……神経質になり過ぎているだけよ。
警戒を怠るつもりはないが、必要以上に恐れる事もない──そう言い聞かせながらしばらく一本道を直進し続けていたが、どうしても違和感が拭い切れずに足を止めた。そして再びマップを広げると、自分の感覚が正しかった事が判明した。本来ならば、既に二回は分かれ道に差し掛かっているはずだった。
そして、異変はそれだけではなかった。
──嘘……。
あんなにも晴れ渡っていた空が、今では不気味な赤錆色をしている。
「サムディ、緊急よ!」
少しの間の後、茶織のすぐ目の前に、サングラス姿で皺の多い真っ白な顔が浮かんだ。茶織が短い悲鳴と共に反射的に拳をめり込ませると、形容し難い悲鳴が上がった。
「ちょっと! 驚かすんじゃないわよ!」
「す、すぐに手が出るんだから……で、何なのさ」サムディはようやく全身を見せた。「およ、ここは……」
「六堂町三丁目よ。分かれ道があったはずなのに、何故か一本道になっているの」
茶織は、キョロキョロと周囲を見回すサムディに地図を見せようとしたが、必要ないようだった。
「本物じゃないよん」
「……と言うと?」
「魔力を使って、一時的に創り出された異界だね。この説明でいいかい? なんつって」
「創り出す? 誰がどう──」茶織は途中まで言い掛け、何て頭の悪い質問だろうと自嘲した。「あいつ以外にいるわけないわね」
「どうやら予想通り、あの道化師は相当な力を付けていたみたいだねえ。サオリ、すぐ気付かなかったの?」
「悪かったわね。で、どうすれば脱出出来る?」
「そうさね、魔力が弱まっている箇所があるかもしれないから、そこを壊す。あるいは、創り出した張本人を倒す」
「弱まっている場所って」
「それは探してみないとわかんないね。もしかしたら全然ないかもしれないし」
「……ああもう! 迂闊だったわ」
「まあまあ。で、どうするサオリ」サムディが茶織の顔を覗き込む。「弱まっていそうな場所と道化師、どっちを探す?」
「……両方よ、両方」茶織はマップをグシャリと握り締めた。




