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#1 茶織①

「監督! 今回の作品ですが、どのような内容でしょうか?」 


「はい。今作は、家族愛、親子の絆といった普遍的なテーマを軸に据えつつ、現代日本の社会問題に真正面から向き合った、ヒューマンドラマです」


 初老の男性映画監督の回答に、女性インタビュアーが短く感嘆の声を上げる。朝のワイドショー、エンタメコーナーでの一幕だ。


 ──ふん。


 道脇茶織(みちわきさおり)は、テーブルの上のリモコンを取ると、テレビの向こうで綺麗事を言いながら盛り上がる人間たちを消し去った。小さく溜め息を吐いて椅子から立ち上がると、空いた食器をキッチンに下げ、自室へと戻る。

 

 ──イライラする。


 空気の入れ換えのために少しだけ開けていた窓をピシャリと閉めると、再び溜め息が出た。三日前から、頭が重く、胸の奥がモヤモヤしてスッキリしない。些細な事で苛立ってしまう──もっとも、元々短気な性格ではあるのだが。


 ──あんたのせいよ、綾兄(あやにい)


 茶織はデスク上のノートパソコンの横に無造作に置かれたある物を手に取ると、睨むようにじっと見やった。


 ──こんな物だけ。


 縦三〇センチ、横一二センチ程のサイズのそれは、何かの骨を二本組み合わせて作られた十字架だ。交差している部分には、元々は白かったのであろう汚れた細い紐がグルグルと巻き付けられている。骨同士はしっかり接着されているらしく、強く引っ張ってもビクともしない。

 この奇妙なアイテムの元々の持ち主は、茶織にとって唯一の家族であり唯一の大切な存在、叔父の道脇綾鷹(あやたか)だ。

 そして彼は、三日前から続く茶織の精神的不調の原因でもあった。


 ──こんな物だけ残して、ろくな説明もしないでわたしの前からいなくなるなんて!


 道脇家の一族は、政治家や会社経営者など、社会的地位の高い人間を代々排出している、由緒正しい家柄だ。

 綾鷹は幼少時より様々な面において優秀で、一族からは当然のように将来を嘱望されていた。しかし当の本人は、道脇の家に縛られず自由人として生きる事を強く望んでいた。そして二〇年前、現在の茶織と同じ二〇歳の時に、某国立大学を勝手に中退すると海外に旅立ってしまった。

 それ以来、一族のごく一部の人間以外は、道脇綾鷹という男など最初から存在しなかったかのように振舞い続けた。茶織は、五歳の秋に祖母の葬式会場で初めて目にするまで、叔父の存在を全く知らなかった。




 祖母の葬儀が始まって間もない頃、一人の若い男性が遅れてやって来ると、会場内に怒号と罵声が飛び交い騒然となった。若い男性は、抵抗虚しく道脇一族の参列者数人に締め出された。彼の姿が見えなくなってからも、不穏な空気が漂い続けていた。


「いまのひとはだれ?」


 茶織は、締め出された男性の事を知らない人間なら誰にでも生じたであろう疑問を口にした。


「あなたの叔父さん。お父さんの弟よ」少々の間の後に、右隣に座る茶織の母が小声で答えた。


「あんな奴、弟であるものか」更にその隣の茶織の父が、吐き捨てるように続いた。「あの一族の面汚しが、今更のこのこと……」


 火葬が終わり、一族の参列者たちが外部の参列者たちに挨拶をして回っている間に、茶織はこっそり抜け出した。しばらくの間姿を消していても、両親(ふたり)は気に留めやしないだろう。


 ──だって、あのふたりはわたしにきょうみないから。


 小さな足でやって来た、火葬場近くの住宅街の中にポツンと存在する小さな公園で、茶織はブランコに座ってうなだれている綾鷹と初対面した。

 そして茶織が火葬場、綾鷹が空港へと戻るまでの短時間のやり取りの中で、孤独な二人は絆を結んだ。


「今日はもうお別れだけれど、また必ず会おう。ただ、おにいちゃんは、さおりちゃんのお父さんお母さん、それから親戚の皆に見付かっちゃうと、さおりちゃんに二度と会えなくなっちゃうかもしれないから、こっそり会いに行くね」


 綾鷹は約束を守り、次の年の冬に会いに来た。そしてそれ以降も、一年に最低でも一度は帰国し、数日間の滞在中に茶織を様々な場所に連れて行ってくれた。

 一人娘に関心のない両親は全く気付かなかった。使用人やベビーシッターたちにも適当な嘘を吐き、何なら両親から生活費として渡されていた小遣いのうち何枚かを握らせておけば、余計な詮索をされなかった。




 高校卒業後、茶織は道脇一族とは無関係の中小企業に就職した。K県磨陣(まじん)市内の営業所に配属されたため、都内郊外の実家を出て、磨陣市雷徒町(らいとちょう)に引っ越し、アパートで一人暮らしを始めた。

 ところが茶織の入社直後から、会社は相次いで大きなトラブルやアクシデントに見舞われるようになった。元々経営状況は若干怪しかったようだが、驚く程あっという間に傾いていった結果、翌年の七月中旬──つい三箇月前だ──とうとう倒産してしまった。

 茶織は一瞬で無職になったが、当面の生活には困らなかった。幼少時から両親に与えられてきた、子供どころか大人にだって多過ぎる小遣いを溜め込んでいたからだ。求職中とは名ばかりでまともに転職活動をせず、貯金と失業手当てでやりくりしながら何の代わり映えもない日々を過ごしていた。




 九月中旬のある日、茶織は綾鷹と約一年振りの再開を果たした。

 茶織が実家を出てからは、綾鷹は帰国してもホテルには宿泊せず、次の仕事まで茶織の自宅で寝泊まりするようになっていたが、今回は珍しくまだ仕事は入っていないという。


 ──もうずっとこのまま、一緒に暮らせればいいのに。


 淡い期待を抱きつつ、どうせ叶わない事もわかっていた。そして案の定、一〇月上旬になると、綾鷹から新しい仕事が入ったと伝えられた。

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