第四話「レンカ・フォレストと言う少女」
白い壁、白いベッド、白い家具、白い服の人々。
彼女の世界は、真っ白から始まった。
色彩の登場は、職員の皮膚の色、髪の色、瞳の色、指先の色。観賞用に置かれている、フェイクグリーンの深い緑。怪我をした時に見た事のある、膝に滲んだ血液の赤。
玩具に塗装された鮮やな原色と、絵本の中に登場する「色のついた世界」。
一つ一つ色彩は足されて行き、幼い頃の彼女は「色の鮮やかさ」を知った。
三歳になり、クレヨンを持たせてもらえるようになると、彼女はそれで色んな所にラクガキをした。
ある日に、派手に描いたラクガキを発見されてから、クレヨンは取り上げられた。
次にレンカは「服の色」に興味を持った。特に、読んでもらっていた絵本の中の、プリンセスの服に興味を持った。
「何時か、私もこんな服を着たい」と、レンカは目を輝かせ、それを白い服の人々に話した。
「初めて切るドレスの色は何色が良い?」と聞かれ、レンカは「緑色」と答えた。
「明るい緑色。シルエットが綺麗で、フリルがいっぱいついているドレス」と、注文を添えて。
レンカは時々、「幻聴」を聞いた。誰もしゃべっていないのに、声が聞こえるのだ。
その事を白い服の人々に打ち明けると、「その声は何て言ってる?」と聞かれた。
なので、レンカは幻聴に耳を傾けてみた。
「ひーふみーよ。いつむー。なーや。くーとう」と、小さな子供のような声が言う。「とうが、とうある。もののけ、ひゃくある」
そのままを白い服の人々に伝えると、彼等はもっと幻聴の言葉を詳しく知りたがった。
子供の声はもっと喋る。
「ねこのこ、とうある。はこんなか、とうある。とうがとうある。つぎはおまえのばん」
その言葉を告げると、白い服の人達は途端に「幻の声を聞くな」と言い出した。
それから、レンカは何を聞いても誰にも喋らなくなった。
幻の声そのものを無視するようになり、次第にその声達は消えて行った。
だからこそ、ぬいぐるみのバーナードが喋ったと、レンカが言い出した時、白い服の人達――看護師達――は、特に驚きもせず受け流したのだ。
レンカは、七番島の小さな国の小さな村で生まれた。
猫達の祈祷に因らず、「負」を吸い取る才能があるとして、四歳の時点で、アクスメディナ中央都市にある政府施設に収容された。
彼女の存在が、政府に知られるようになってから、その血筋と家系は細かい調査を受けた。
あばら家のような彼女の家で、薄汚れた桐の箱が見つかった。その箱を封印している紐の内側に、紙が挟んである。
そこには、「これ、あっきをふうぜしはこなりて。ひもとけば、ひゃくのおにをはなつ。よまいもの。あくるべからず」と、古い文字で書いてあった。
アクスメディナの研究機関では、機械化した「感知装置」により、桐の箱の中にエネルギー反応がある事が確認された。
「一番島にて。フォレスト家と血筋を分ける者達を発見。大きな要因を、アラン・ハーディの『観察能力』による。対象の名はルシア・ソーマ。
アクスメディナへの、情報の送信は行わない。政府組織への密告も勧めない。発覚すれば、厳罰は免れないと心得よ」
そう、ヴィノ氏は調査チームに報告したと言う。
僕がルシアと出会った頃、既にヴィノ氏はレンカの存在を知っていたのだ。
だからこそ、キリクスとアナントを通じて、僕達に「レンカ」の事を教えようとしたし、キリクスとルシアを引き合わせようとした。
彼の本心が何処にあるかは分からないが、まるで僕達に、「謎を解かせよう」としているようにも思える。
「百の鬼か」と、僕はペンを操りながら、独り言ちた。
同じ部屋では、アナントがカリポリとフードを食べている。
キリクス達が南極地に行ってしまってから、昼間は比較的のんびりした日常を送っていた。
夢の中で度々見る、子供達のあらましについては、あんまり深く考えていない。だって、僕は猫達の祭りの中で、スクリーンを眺めているしかできないから。
それに、ヴィノ氏だって悪魔じゃない。通信がジャミングされてるくらいで、子供達を見捨てたりはしないだろう。
一番の問題は、食糧事情だと思う。十人が一週間食べられる簡易食料を持たせてあるそうだけど、子供達の食欲と、後、運転手さんの食欲をカバーできるだろうか。
アナントが、食事を終えて口の周りをぺろぺろ舐め始めた。
「アナント」と、僕は彼に声をかけた。「百の鬼って何だと思う?」
「魔神が百人いるってこと」と、うちの猫は言葉のままの意味を復唱する。
「うん。僕達の感覚ではそうなる」と、僕は答えた。「桐の箱の中に、百の鬼が封じられている。多分、ルシアの知ってる『イシロ』から、受け継がれたものだと思うんだけど」
「それで?」と、クールな猫氏。
「イシロは、結局『封じられた魔』を、身に取り込む事は無かったのか」と、僕は空論をぽつぽつと唱える。「それが桐の箱の中で増えて、次はレンカの番だとすると……。何の順番だろう?」
「猫の影に憑りつかれる順番」と、アナントは丁寧に自分の舌で身繕いをしながら、適当な事を言う。
僕は更に空論を進めた。
「真っすぐ考えればそうなんだけど。なんか、もっとドロドロした物だと思うんだよなぁ」
「ドロドロした物であってほしいんじゃない?」と、アナントは嫌な所をついてくる。「作家としては、此処で一つ盛り上がり所が欲しいんだろう?」
「いやいやいや」と、僕は否定した。
「私利私欲で展開を求めないよ。レンカの生家もあばら家だったし、もうフォレスト家は滅びかけていたんだろうって思うんだ。
一族が滅びかけている時に、人間が思う事って、そんなにすっきりして居るはずはないと、僕は思うんだけど」
「人間の諦めの悪さを、僕に聞かれても、返事はしかねるねぇ」と、アナントは応じ、食後のストレッチを始めた。「ちょっと眠るから、静かにしてて」
「はい。それはどうぞ」と、僕も諦めた。
話し相手が猫じゃぁ、人間の心の中の事なんて話題が膨らまないよな。
その日の夢の中は、猫達の祭りの中では無かった。また巨大スクリーンで、映画を見るみたいに子供達を観察するんだと思って居た僕は、当てが外れた。
その代わりに、とても素晴らしい現象に出会った。朔の持つ「象徴世界」の中を体験できたのだ。
空はリーフグリーンで、スモーキーピンクの雲が浮いている。黒く澄んでいる氷の大地を、素足で踏みしめてたけど、冷たいと言う感覚はない。
アラレ煎餅みたいな岩人間は、交代しながら祈りの叫びをあげており、朔は人気……と言うか、岩気の無い所でうずくまっていた。
その膝と胸の間に、アナントが丸まっている。
「アナント」と声をかけると、彼は僕に気付いた。「最悪のタイミングで出会ってしまったね」と、うちの猫は細い声で言う。
僕は朔の額に手を当て、体温が酷く低い事に気付いた。
「本当に最悪だ。何とか、朔の意識を覚まさせないと。彼の体も、もう限界だ」
「それが出来てれば、僕も消耗してない」と、アナントはぼんやりとした風に言う。「朔は、僕が守る。アラン、君は……女の子達を頼む」
頼まれても、「観て聴く」しかできない僕に、何が出来るんだ?
疑問は湧いたけど、黒い鳥の姿を探して、僕は辺りを見回した。
流れ星が、一閃空を切ったように見えた。
その星を目で追うと、その先に黒い鳥が二羽、空の一ヶ所に留まっている。
「あっちか」と、僕は鳥達の方へ走った。
その時、「レンカ」と呼ぶ、朔の声を聞いた気がした。




