表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイラの実りが揺れる声  作者: 夜霧ランプ
第七章~おはようを告げよう~
64/65

第四話「レンカ・フォレストと言う少女」

 白い壁、白いベッド、白い家具、白い服の人々。

 彼女の世界は、真っ白から始まった。

 色彩の登場は、職員の皮膚の色、髪の色、瞳の色、指先の色。観賞用に置かれている、フェイクグリーンの深い緑。怪我をした時に見た事のある、膝に滲んだ血液の赤。

 玩具に塗装された鮮やな原色と、絵本の中に登場する「色のついた世界」。

 一つ一つ色彩は足されて行き、幼い頃の彼女は「色の鮮やかさ」を知った。

 三歳になり、クレヨンを持たせてもらえるようになると、彼女はそれで色んな所にラクガキをした。

 ある日に、派手に描いたラクガキを発見されてから、クレヨンは取り上げられた。


 次にレンカは「服の色」に興味を持った。特に、読んでもらっていた絵本の中の、プリンセスの服に興味を持った。

「何時か、私もこんな服を着たい」と、レンカは目を輝かせ、それを白い服の人々に話した。

「初めて切るドレスの色は何色が良い?」と聞かれ、レンカは「緑色」と答えた。

「明るい緑色。シルエットが綺麗で、フリルがいっぱいついているドレス」と、注文を添えて。


 レンカは時々、「幻聴」を聞いた。誰もしゃべっていないのに、声が聞こえるのだ。

 その事を白い服の人々に打ち明けると、「その声は何て言ってる?」と聞かれた。

 なので、レンカは幻聴に耳を傾けてみた。

「ひーふみーよ。いつむー。なーや。くーとう」と、小さな子供のような声が言う。「とうが、とうある。もののけ、ひゃくある」

 そのままを白い服の人々に伝えると、彼等はもっと幻聴の言葉を詳しく知りたがった。

 子供の声はもっと喋る。

「ねこのこ、とうある。はこんなか、とうある。とうがとうある。つぎはおまえのばん」

 その言葉を告げると、白い服の人達は途端に「幻の声を聞くな」と言い出した。

 それから、レンカは何を聞いても誰にも喋らなくなった。

 幻の声そのものを無視するようになり、次第にその声達は消えて行った。


 だからこそ、ぬいぐるみのバーナードが喋ったと、レンカが言い出した時、白い服の人達――看護師達――は、特に驚きもせず受け流したのだ。


 レンカは、七番島の小さな国の小さな村で生まれた。

 猫達の祈祷に因らず、「負」を吸い取る才能があるとして、四歳の時点で、アクスメディナ中央都市にある政府施設に収容された。

 彼女の存在が、政府に知られるようになってから、その血筋と家系は細かい調査を受けた。

 あばら家のような彼女の家で、薄汚れた桐の箱が見つかった。その箱を封印している紐の内側に、紙が挟んである。

 そこには、「これ、あっきをふうぜしはこなりて。ひもとけば、ひゃくのおにをはなつ。よまいもの。あくるべからず」と、古い文字で書いてあった。

 アクスメディナの研究機関では、機械化した「感知装置」により、桐の箱の中にエネルギー反応がある事が確認された。


「一番島にて。フォレスト家と血筋を分ける者達を発見。大きな要因を、アラン・ハーディの『観察能力』による。対象の名はルシア・ソーマ。

 アクスメディナへの、情報の送信は行わない。政府組織への密告も勧めない。発覚すれば、厳罰は免れないと心得よ」

 そう、ヴィノ氏は調査チームに報告したと言う。

 僕がルシアと出会った頃、既にヴィノ氏はレンカの存在を知っていたのだ。

 だからこそ、キリクスとアナントを通じて、僕達に「レンカ」の事を教えようとしたし、キリクスとルシアを引き合わせようとした。

 彼の本心が何処にあるかは分からないが、まるで僕達に、「謎を解かせよう」としているようにも思える。


「百の鬼か」と、僕はペンを操りながら、独り言ちた。

 同じ部屋では、アナントがカリポリとフードを食べている。

 キリクス達が南極地に行ってしまってから、昼間は比較的のんびりした日常を送っていた。

 夢の中で度々見る、子供達のあらましについては、あんまり深く考えていない。だって、僕は猫達の祭りの中で、スクリーンを眺めているしかできないから。

 それに、ヴィノ氏だって悪魔じゃない。通信がジャミングされてるくらいで、子供達を見捨てたりはしないだろう。

 一番の問題は、食糧事情だと思う。十人が一週間食べられる簡易食料を持たせてあるそうだけど、子供達の食欲と、後、運転手さんの食欲をカバーできるだろうか。

 アナントが、食事を終えて口の周りをぺろぺろ舐め始めた。

「アナント」と、僕は彼に声をかけた。「百の鬼って何だと思う?」

「魔神が百人いるってこと」と、うちの猫は言葉のままの意味を復唱する。

「うん。僕達の感覚ではそうなる」と、僕は答えた。「桐の箱の中に、百の鬼が封じられている。多分、ルシアの知ってる『イシロ』から、受け継がれたものだと思うんだけど」

「それで?」と、クールな猫氏。

「イシロは、結局『封じられた魔』を、身に取り込む事は無かったのか」と、僕は空論をぽつぽつと唱える。「それが桐の箱の中で増えて、次はレンカの番だとすると……。何の順番だろう?」

「猫の影に憑りつかれる順番」と、アナントは丁寧に自分の舌で身繕いをしながら、適当な事を言う。

 僕は更に空論を進めた。

「真っすぐ考えればそうなんだけど。なんか、もっとドロドロした物だと思うんだよなぁ」

「ドロドロした物であってほしいんじゃない?」と、アナントは嫌な所をついてくる。「作家としては、此処で一つ盛り上がり所が欲しいんだろう?」

「いやいやいや」と、僕は否定した。

「私利私欲で展開を求めないよ。レンカの生家もあばら家だったし、もうフォレスト家は滅びかけていたんだろうって思うんだ。

 一族が滅びかけている時に、人間が思う事って、そんなにすっきりして居るはずはないと、僕は思うんだけど」

「人間の諦めの悪さを、僕に聞かれても、返事はしかねるねぇ」と、アナントは応じ、食後のストレッチを始めた。「ちょっと眠るから、静かにしてて」

「はい。それはどうぞ」と、僕も諦めた。

 話し相手が猫じゃぁ、人間の心の中の事なんて話題が膨らまないよな。


 その日の夢の中は、猫達の祭りの中では無かった。また巨大スクリーンで、映画を見るみたいに子供達を観察するんだと思って居た僕は、当てが外れた。

 その代わりに、とても素晴らしい現象に出会った。朔の持つ「象徴世界」の中を体験できたのだ。

 空はリーフグリーンで、スモーキーピンクの雲が浮いている。黒く澄んでいる氷の大地を、素足で踏みしめてたけど、冷たいと言う感覚はない。

 アラレ煎餅みたいな岩人間は、交代しながら祈りの叫びをあげており、朔は人気(ひとけ)……と言うか、岩気(いわけ)の無い所でうずくまっていた。

 その膝と胸の間に、アナントが丸まっている。

「アナント」と声をかけると、彼は僕に気付いた。「最悪のタイミングで出会ってしまったね」と、うちの猫は細い声で言う。

 僕は朔の額に手を当て、体温が酷く低い事に気付いた。

「本当に最悪だ。何とか、朔の意識を覚まさせないと。彼の体も、もう限界だ」

「それが出来てれば、僕も消耗してない」と、アナントはぼんやりとした風に言う。「朔は、僕が守る。アラン、君は……女の子達を頼む」

 頼まれても、「観て聴く」しかできない僕に、何が出来るんだ?

 疑問は湧いたけど、黒い鳥の姿を探して、僕は辺りを見回した。

 流れ星が、一閃空を切ったように見えた。

 その星を目で追うと、その先に黒い鳥が二羽、空の一ヶ所に留まっている。

「あっちか」と、僕は鳥達の方へ走った。

 その時、「レンカ」と呼ぶ、朔の声を聞いた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ