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アイラの実りが揺れる声  作者: 夜霧ランプ
第七章~おはようを告げよう~
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第二話「ノワ・ベルヌーの夢」

 生まれた時から、彼女は「影の女の子」と一緒に居た。最初に彼女と出会ったのは、鏡の前でだった。

 夕暮れの中、じっと鏡を見つめて居ると、ノワの黒い光彩が白く変化して行き、白い髪は黒く、肌は褐色に見えるようになった。

「あなた、だぁれ?」と聞くと、「あなた、だぁれ?」と聞き返された。

 ノワは「私、ノワ」と答えた。鏡の中の女の子は、「私、ミラ」と答えた。

 ノワは暫くぼんやりしてから、「私、そっちに行きたいな」と言った。ミラも、「私も」と答えた。

 二人が同時に鏡の表面に触れると、それはまるで水面の表面のように波立った。

 二つの世界の境界が揺らぐ。次の瞬間、ノワは「向こう側」に、そしてミラは「こちら側」に移動していた。

 しかし、周りの様子は何一つ変わる事はない。「向こう側」も「こちら側」も、ノワとミラにとっては「あんまり違わない物」だった。

「つまんないね」と、ノワは言った。「そうだね」とミラも言う。

「元に戻ろうか」

「そうしようか」と、言い合い、ノワ達は鏡に手を触れた。

 再び二人は「向こう側」と「こちら側」を入れ違った。


 その日から、ノワとミラは「二つの世界の境界」を度々入れ違う遊びを覚えた。

 鏡の表面に手を触れ、互いの名前を呼ぶのだ。そうすると、境界が揺れて、二人の位置は入れ替わる。

 その遊びを繰り返して行く内に、ノワは「ミラ」を自分の影の中から呼び出せるようになった。

 影に手をつき、「ミラ」と呼ぶと、影はノワと反対色の姿の少女として具現化した。

 不思議な事に、「普通の人」には、ミラの姿は見えないらしい。

 だけど、猫達や犬達は、「きょとんとした顔」で、ミラを見る事があった。

 ノワが町猫と遊んでいた時、友達としてミラを具現化させると、猫達や犬達は「不思議な物」を見るようにミラを見つめ返す。

 しかし、逃げたり吠えたりはしなかった。少女の姿に具現化したミラが彼等をあやすと、喉を鳴らしたり尻尾を振ったりした。

 それでも、ミラの存在は、彼等にとっても「きょとんとした顔で見なければならない、不思議なもの」であったらしい。


 五歳くらいの時。夢の中で、ノワは「アラン」と名乗る男性と会うようになった。

「アラン」は、もうだいぶ大人なのに、子供と話す方法をしっかり分かっている人だった。

 難しい言葉を使わず、ノワが彼の頭を撫でたりしても、「失礼だ」と言って怒ったりしなかった。

 ノワは、アランを「とても気持ちの優しい大人」なのだと理解した。

 だから、ミラの事を話しても良いと思ったし、ミラがアランの中に宿りつつある「影の水」の事を教えてくれた時は、アランが優しい人じゃなくなったら嫌だと思った。


 ノワの夢の中は、真っ白な空間である事が多かった。

 真っ白な空間の、ノワの周りだけに、色んな存在が現れ、通りすがるように消えて行く。

「これは『流れ』なのね」と、ノワが納得すると、隣にいたミラは「そうね。ノワの意識は、『対流』を巡ってるのよ」と教えてくれた。

「たいりゅうってなぁに?」と聞くと、ミラは「地面の下の流れの事」と教えてくれた。

 そこから、ノワは、世界と言うのは「惑星」と言う巨大な生物の表面で行なわれている、さらに小さな生物の営みであると知った。

 ミラが教えてくれた「蟲」達の話も、「人」達の話も、「他の星から来た巨大な生物」の話も、全ては生物の営みであると納得できた。

「『主様』は、世界が憎いわけじゃないのね」と、ノワはミラに問うた事がある。「だけど、新しい世界に行くなら、星を壊さなきゃならない」

「そうね。そうならないように、眠って居るのかもしれない」と、ミラは優しい言葉をくれた。

 ノワは頷いて、ミラの肩に額を預けた。こうしていると、怖い夢を見ずに居られる気がした。


 髪を引っ張られ、ノワの背は壁に叩きつけられる。

「何度同じことを言わせるんだ!」と、ノワを叩きつけた、そいつは怒鳴った。「鏡と話すなと、言っているだろう!」

「狂気に囚われているのかも知れないわ」と、そいつの伴侶が言う。「近いうちに、精神病棟に入れましょう」

「その金は誰が出すんだ?」と、そいつは言う。「こいつのは、唯の甘ったれた子供の空想だ。空想をやめるように、言い聞かせれば良いだけだ」

「でも、私達にも感染するかもしれない」と、そいつの伴侶は夫に訴える。

「かも知れない事を言ってて、どうする? 確実なのは、こいつが『甘ったれ』である事だけだ!」と叫び、そいつは、床にへたり込んでいたノワの頭を蹴ろうとした。

 ノワは床の影に手を突き、「ミラ! 守って!」と、初めて命令した。

 ミラはノワの周りに「影」の殻を作る。それに触れた敵対者の足は、マグマの中にでも突っ込んだように、一瞬で焼き消えた。

「はぁ……」と、そいつは床に尻もちをつき、緊張した息を吐く。

 そいつの伴侶は、夫の肩に手をかけた。びくっと身をすくませたが、その異変は伴侶の方にも伝わって行った。

 足首から先が無くなったそいつと、夫の肩から手が離せなくなった伴侶は、テレビ画面に映るノイズのように解けて消えた。


 翌日、ノワは伯母の家に電話を入れた。「あいつ等が居なくなった」と言って。

 親戚に保護されたノワは、両親は何処に消えたのかと問われた。

「分かんない」と、ノワは答えた。

 ノワは親戚の家に引き取られ、以降をその家で、従姉妹達と一緒に暮らす事に成った。

 従姉妹達はノワを「不思議ちゃん」と呼んだ。少しの揶揄いを含んだ言葉で。

 ノワ自身も、「鏡や影と話す子は、子供から見ても不思議な存在なのだ」と学習した。


 他の人の見ている前で、「ミラ」に話しかけてはいけないと学んだノワだったが、数年後に出会った青年は、ノワとミラの事を知っていた。

「初めまして、ノワ。僕はエリスって言うんだ」と、ノワと同じ白い髪の青年は、自己紹介をした。

 青年は、自分は「アラン」の知り合いであり、ノワの持って居る不思議な力の事を知っている。どうかその力を使って、自分達の「作戦」に協力してくれないかと申し込んできた。

 ノワは、本当にその「アラン」が、自分の知ってるアランの事か気になった。

「アランは」と、ノワは切り出した。「どんな人?」

「それは、外見?」と、エリスは慎重に聞いてくる。

「ううん」と、ノワは答えた。

 エリスはちょっと斜め上を見てから、「すごく気の好い……優しい人かな?」と、疑問形で答えた。

 ノワは唇の端をほんのり吊り上げ、「いいよ」と言った。「私、貴方に協力する」


 その後のノワの事は、以前の僕の夢で見た通りです。

 ミラは、ノワが「初めて命令をした日」から、少女の姿を失ったそうです。それでも、ノワと一緒に存在し続けてくれました。

 ノワは、僕に対して一度だって弱音を吐いた事はありませんでした。

 だけど、彼女が南極地に行く前に、僕の夢の中に出てきた時、「本当はね、怖いんだ」と言っていました。

 何が怖いのかをノワは説明しませんでしたが、僕は彼女の肩に腕をかけて、片腕で頭を包んであげました。

 ノワは、僕の肩に体を傾けて、目を閉じて、少しだけ涙を流しました。

「アラン」と、ノワは掠れた声で呼びかけてきました。「ありがとうね」と。

 僕は、本来父親がそうすべきであるように、「大丈夫だよ。ノワは、良い子だから」と呼びかけました。「ノワとミラの事は、僕と、神様が、しっかり覚えてる」

 ノワは涙に潤んだ眼を開いて、「うん」と答えました。


 そして今、ノワは、その時の恐れと闘っています。

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