第一話「梁・雷宇の夢」
七人のきょうだい達の犠牲の末に、彼は生まれました。
彼の住む文化圏では、子供はたった一人しか作ってはいけませんでした。
お父さんとお母さん、そしてお祖父さんとお祖母さん達は、男の子を欲しがりました。
男の子なら、安心して財を築いて、自分達を助けてくれると思ったのです。
お母さんのお腹に子供が出来ました。赤ちゃんがお腹の中に居る間に、お母さんは事故に遭いました。
赤ちゃんは死んでしまいました。
次の赤ちゃんが出来た時、順調に赤ちゃんは育ちましたが、「反響観察」の施術を受けた時、その子は男の子ではないと分かりました。
お祖父さんは、お嫁さんのお腹を岩で殴りました。
赤ちゃんは死んでしまいました。
次に赤ちゃんが出来た時、お母さんは「反響観察」を受けるのを怖がりました。
ですが、目を鬼にした両親と義両親、そして曖昧な笑みを浮かべる夫の勧めにより、どうしても観察を受けなければなりませんでした。
幸いにも、お腹の子は男の子でした。
その子は無事に出産して、一歳になるまで大事に育てられました。
その子は、事故で亡くなりました。
その後で作られた、四名の女の子の死後に生まれたの子供が、雷宇と名付けられた男の子です。
その頃には、お母さんはすっかり「自分の子供が可愛い」と言う意思を失って居ました。
唯ぐったりと椅子に座り込んで、哺乳瓶を構えているだけで、撫でたりあやしたりしませんでした。
お祖母さんは、その様子を見て、「まぁ。なんて可哀想に」と、レイユーを抱き上げると、まるで自分の子供のように可愛がりました。
お嫁さんの方を見る事は、敢えてしないようにしているようでした。
レイユーが「まんま」と声を出すようになると、お祖母さんが返事をして、対応するようになりました。
お母さんは自分の乳を採取し、哺乳瓶を持つ係でした。その片手は、だらりと肩から下がっていました。
赤子のレイユーは、お母さんのお腹に背を預けて、お祖母さんの方を見ながら哺乳瓶をくわえさせられるようになりました。
お祖母さんとお祖父さんは、その様子を見て「良い子だ良い子だ」と、喜んでいました。
ある日、お母さんが豹変しました。
レイユーに哺乳瓶を与える時、喉を塞いでしまえと言う風に、口の奥まで瓶を差し込んだのです。
「あんたが男だから悪いんだ」と、お母さんは言いました。「あんたが女だったら、私の苦しみが分かるのに」
赤ちゃんは、訳が分からず、もがいています。
「あんたが死ねば、次の子が生まれる」と、お母さんは言いました。「もう良いんだよ。死んでしまえ」
その声を聞いて、お父さんが慌てて駆け付けました。
「何してる! その子を離せ!」
そう叫んで妻から子を奪いました。
お母さんは、抵抗もせずに赤ん坊を手放しました。
ぐったり座り込んでいた椅子から立ち上がり、お母さんはこう言いました。
「その子のための乳は、もう出ないよ」
お父さんは訳が分からずに聞きます。
「何を言ってる?」
「私は別の世界に行く。別の世界に行って、別の子供と、幸せに暮らすの。ああ、その子は女の子が良いなぁ」
そんな事を言うと、お母さんは淡く笑い声を上げながら、家から出て行きました。
その後から、レイユーは二歳になるまで、粉ミルクで育てられました。
お母さんが何処に行ってしまったかは、知らされませんでしたが、夜の街でレイユーのお母さんに似た人を見た事があると、証言する大人も居ました。
お父さんとお祖父さんとお祖母さんは、レイユーを玉のように大事にしました。
礼儀と作法を覚えさせ、自分達を「お父様」「おじい様」「お母様」と呼ばせました。
ですが、お祖母さんの年齢だけは、どうしても誤魔化せません。
学校に通うようになり、同年代の子とやり取りをするようになったレイユーは、「お前の母さん、お婆ちゃんみたいだな」と言われて、やっぱり何か変なのだと気づきました。
レイユーは、実のお母さんに会おうとはしませんでした。
「夜に身を落とした」と言われる女性に会う事は、彼の世界では危険な事だったからです。
ですが、母親の両親は、父方の祖母を「お母様」と呼ばせている事に、腹を立てていました。
だから、敢えてレイユーを母親の所に送り込みました。
その当時七歳だったレイユーは、街角に立って客を探している母親に、「邪魔だから何処かに行きな」と言われました。
母親は、自分の子供が分かった風ではありませんでした。
そこで、レイユーは「貴女は、僕のお母さんなんでしょう?」と聞きました。
その途端、目の前の女性の表情が変わりました。
狐のように目を吊り上げ、食いしばった歯が見えるように口元を歪めました。
細い両手が、絞め殺すためにレイユーの喉に回されます。
「お前が! お前が……!」と母親は叫び、人目をはばからずに殺人を起こそうとしました。
それを見つけた娼婦の仲間が、母親とレイユーを引き離し、「子供がこんな所に来るんじゃない!」と叫んで、レイユーを追い払いました。
逃げ帰ったレイユーは、母方の祖父母に、夜の街に行くように促された事を、父親に打ち明けました。
父親は「二度と、あの人達を親戚だと思わないように」と、少年に言い含めました。
あの時、母親が叫んだ言葉を、レイユーは覚えていました。
「お前が、何で生きてる」
そう、母親は言って居たのです。
目を開けると、レイユーは鈍い緑に塗られた輸送車両の荷台に居た。
ふぅと息を吐く。
機械に霊力を預けてあるので、通信は起動したままだ。
「レイユー。目が覚めた?」と、輸送車の中の機器を見ているキリクスが、振り返りもせずに聞いてくる。「何かうなされてたけど」
第一の賢者であるこの少年は、必要が無いと睡眠をとらない。
「あの……。ちょっと怖い夢を見てて」と、レイユーは目をこすりながら言う。
「どんな夢?」と、キリクスは無邪気に聞いて来た。
レイユーは、「大した事じゃありません」と答えた。
「大した事ない? 本当に?」と、まるで分っているようにキリクスは追及してくる。
「ええ」と返事をして、レイユーは話題を変えた。「ノワはどうなりました?」
キリクスは、立体映像機の一部を指さす。術的な視野を反映している画面だ。割られた氷と地面の中で、黒い液体が澱んでいるように見える。
「此処が、『小型の穴』がある場所。彼女が姿を消してから四時間経った」
「ノワの生命反応は?」と聞きながら、レイユーは画面の中の情報を探す。
キリクスは二つある「人型の画像」を指さし、「これ」と言う。
「今の状態は悪くないみたい。けど、時々『酸欠』に近い反応を見せる。その度に、ウィールの『火』が回復させてる」
「ルシアとレンカは?」
「『小型の穴』の周りの『負』を吸い取ってる。彼女達も休憩なしだけど、『火』が上手く状態を維持してくれてる」
「作戦にウィールが必要だった意味が分かります」
そう言って笑顔を作ったレイユーに、キリクスは声をかける。
「君も必要だよ?」
レイユーは「それはどうも」と受け流したが、「本気で言ってるんだけどな」と、少し不服そうに言い返された。
「この中で、全員の言葉が分かるの、レイユーだけでしょ?」
そう言って、キリクスは椅子に座ったまま、レイユーを見上げた。
「頼りにしてるんだからね?」
レイユーは、冷たくなった心の中に、温かい雨が降りて来たような気がした。
「はい」と、返事をし、しっかりと頷いた少年は、何時もの儚げな様子より、少しだけ男の子っぽく見えた。




