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アイラの実りが揺れる声  作者: 夜霧ランプ
第一章~世界を守る猫達の騒動~
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第六話「日がな一日猫を見るかな」

 アナントの様子を観察するようになってから、一週間が経過した。相変わらず、アナントは芸を覚える気はないらしい。

 だけど、それまで見落としていた不思議なことも分かってきた。

 アナントは、家の外に出たがる。家の外にある道路を、右から左から車が来るのをしっかり観察して、信号機が赤になって車が来なくなった時に、速やかに渡って行く。

 その後をこっそりつけて行くと、アナントは何度もこちらを振り返るしぐさをしながら、町の一角までひょいひょいと歩いて行った。

 アナントがようやく足をとめた場所は、使われなくなった古い井戸の前だった。


「やぁ、こんにちは」と、アナントは別の方向から来た猫に声を掛けました。「皆は揃っているのかな?」

「揃っているとも」と、アナントより年上らしい、ぼさぼさした毛並みの錆猫が言います。「アナント。君の『宿り手』は、えらく熱心な人間なのだね」

「熱心と言うか……」と言ってから、アナントは、ずっと後ろのほうでコソコソしている飼い主のほうを一瞥します。「僕の事を書いて、何かしようとしているらしいんだが」

「困った『宿り手』だな」と、片手に縞の手袋を履いた白猫が言いました。「しかし、此処まで付いてこさせて、どうするんだい?」

「一度見てみれば分かると思って」と、アナントは答えます。「人間から見たら、どれだけつまらないかって事をさ」

 それを聞いて、猫達は人間の子供のようにくすくすと笑いました。

「諸君!」と、一際大柄な、焦げ茶色の縞模様のケープを被っているように見える、腹の白い猫が呼び掛けました。「さぁさぁ、祈る時が来たぞ! 皆の『宿り手』のために!」

 その声と共に、井戸の周りに集まっていた十数匹の猫達は、井戸のほうを向いて目を閉じ、何やら熱心に念じているような、祈っているような表情をし始めました。


 その日の晩、眠っていた僕は、アナント達が、あの古井戸の前で何をしていたのかを知りました。

 僕のベッドの枕元に、アナントがうずくまって、眠り始めた時です。

 昼間に観た、古井戸の周りに居る猫達は、何やら熱心に祈っています。猫達が念じ始めてから数十秒後、古井戸の蓋の周りに、青白い光が燈りました。

 その光は燈った瞬間、光の柱のようになって、空に届きました。

 それを見上げたのは、人間である僕だけでしたが、僕は昼間の目で見た時、それが何であるか分かりませんでした。

 ですが、アナントがチラと目を開けて見たその光は、今まで僕が想像したことも無いような美しい生き物の姿をしていました。

 虫で言うなら蝶のような、それとも僕が見たことも無い、南の国の美しい鳥でしょうか。どちらにしても、両の羽を持った、艶やかで柔らかな生き物でした。

 そうかぁ、と僕は眠りながら納得しました。

 この星の中に封じられている、「何か」を、空の彼方へと逃がすために、アナント達はあの古井戸の前で祈っていたのです。

 世を守る者達は、その必要が無ければ姿を現さないと言うけど、アナント達は「唯の猫」のふりをしながら、この星を守っているのです。

 それが分かってから、僕はなおさらアナント達に興味がわきました。


 朝起きて、僕は「僕には知られていない」つもりで眠りこけているアナントの喉を掻いてあげた。

 エリス・ヴィノ氏が言う、「予知」の能力を持っていた盲導犬のバーリーの話を思い出して、あの話はフェアリーテイルだったんじゃないのかと、僕はようやく理解した。

 そうであれば、アナントが「夢を見る猫」であると言うのも、唯の思い付きや、アイデアに悩む児童文学者のために吐いてくれた、楽しい嘘ではないのだろう。


 しばらくの間、ヴィノ氏は僕達の家を訪れなかった。

 僕はアナントの日常を観察するのが面白くなって、アナントの行動について、自分で考えたフィクションを混ぜながら、面白おかしく綴って行った。

 執筆を続けて、続けて、ある日、ぷっつりと何も思い浮かばなくなった。

 タイプライターを打つ手が進まなくなって、「調子が悪いな」なんて思った。

 そこまで書いた文面を読み返してみて、「僕の想像の範囲が多くなっている」ことに気付いた。

 アナントの行動を実際に観て知ったことではなくて、僕の頭の中の安っぽい幻想が主体になってしまっている。

 これでは、バランスが悪い。

 そう思って、僕は再びアナントの観察を始めた。


 アナント達は、十日に一度、町のどこかの古井戸の周りに集まっている。その他に、空の晴れた日は、日溜まりのある草地に集まって、何やら集会を開いている。

 僕は、一眼レフカメラを持って行って、アナント達の様子をフィルムに収めた。

 戸建ての家には部屋がいっぱいあったので、暗室を作るのにも困らなかった。溶液や道具を買い集めて、実際にフィルムから写真を現像した時は、人並みに感動したものだ。

 写真がすっかり乾いて、暗室の外に持ち出せるようになってから、僕は大きなフォトアルバムを取り出して、表紙のタイトル欄に「アナント」と書いた。

 そのアルバムの中に、手頃な大きさの写真を次々に収める。デスクでその作業をしていると、アナントが椅子の肘掛けにひらりと飛び乗った。

 そして、アルバムと僕の間に入ってきて、手元の作業をやめさせようとする。

 構ってほしいのかなと思って、僕はアナントの首を掻き、頭を撫で、背中の毛並みを整えてあげた。

 アナントは「優先権を得た」と思ったらしく、ページを開いたままのアルバムの上に、どさりと体を横たえる。

 写真が潰れてしまうのだが……と思ったけど、真新しくて少しカールのかかっていた、プラスチックのページを真っ直ぐにするには、良い重しになったようだ。

 

 アナントの行く先を追跡するようになってから、彼等が時々、家の屋根の上に登っているのを見かけるようになった。

 ブロックで覆われている屋根の上は、夏の日光が当たって、丁度良い岩盤浴ができるようだった。

 猫達は、のんびりしているように見えながら、時々、決まった方向をチラと見る。

 その視線は、家並をずっと越えた、隣の町まで見ているようだ。

 猫は種族的に近眼だと聞くが、彼等は目よりも鋭い耳を持っている。何処までの範囲の音が聞けるのかは、僕には知識がない。

 少なくとも、壁の中に潜んでいるシロアリの存在を気付けるくらいには、耳は鋭いはずだ。

 そんな彼等は、屋根の上で体を温めながら、やはりチラと隣町を見る。

 隣町に、猫達の気を引く何かがあるのだろうか。

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