第八話「現れた者」
子供達が眠りに就いてから、南極地の地面では僅かな振動が続いている。
ダン、ダン、ダンと言う、太鼓のようなものを叩いている音がして、ウィールは目を覚ました。その時には、先に起きてる子が居た。
「キリクス?」と、ウィールは小さな声で呼びかける。「何か、見えるのか?」
キリクスは遠くを見たまま、黙って頷いた。それから、小さく述べる。
「猫達の祭りとは違う。別の者の祭りが行なわれてる」
「別の者って?」と、ウィールは尋ねる。
「朔が始末していた、『岩人間』と同じ者」
その答えに、ウィールは返す。
「まだいっぱい居るって事か?」
「少なくとも……」と、キリクスは区切ってから視線を動かし、「ペンギンよりは数が多い」と断定した。
「揺れていますねぇ」と、実況猫が言う。「私のルーズスキンにも、微震が感じられるようになりました」
「演技の得点を左右するかもしれませんね」と、解説猫が言う。「大きな振動が来た時に備えなければ」
僕はポップコーンが空に成ったので、そろそろこの夢から離脱しようと思って居た。
しかし、何故かウェイトレスみたいな服装の猫が、炭酸水のお代わりを注いでくれる。
まだ離れるなと言う事だろうか。
「ああ! 何と言う事でしょう!」と、実況猫が叫ぶ。「ステップが揺らいでしまいました! 世界最高峰と謳われた、三毛ペルシャのオーガンジーのステップが!」
「これは手痛い失点に成りますねぇ」と、解説猫は語る。「右、左、左、右の三回目のステップで、左に体重が少し傾いだのが原因です。右への踏み込みが甘くなった」
どうやら祭りをやっている猫達も、異変に気付き始めているようだ。
ウィールと片手をタッチしながら、プラズマ体の保護の追加を分けてもらい、女の子達は車の外に出た。
「ウィール。君の能力で、女の子達の状態は分かる?」と、キリクスが聞いてくる。
「分かろうと思えば、分かるけど」と、ウィールは言うが、あまり乗り気ではないようだ。
「それなら、此処に……ちょっと、指を置いてもらえるかな?」と、キリクスは言って、自分が向かい合ってた機器の一部を指さした。
「指紋認証?」と、ウィールは聞いてくる。
「まぁ、そんなもん」と、キリクスは答えた。
実際に、ウィールが指紋認証器のようなものに、親指を当てる。
本来、ウィールが術者として理解して居なければならない「被保護者」の身体機能データが、画面に現れた。
「これで、君が負う役目は分散される」と、キリクスは説明した。
実際、キリクスの「探知」で追っているデータや、レイユーの「通信」で追ってるの一部は、機器に移してある。
術的な力を使って、全員で情報を共有するには、まだ彼等は未熟なのだ。
その日の「ハント」が始まった。遠い氷の地面の向こうで、朔が岩人間達を片付けている。
「あれ、私も参加したいなー」と、レンカが言い出した。「パチン、パチンって片付けて行くってさぁ。楽しそうじゃん」
「確かに、簡単に見えるけど」と、ルシアが少し反発する。「朔としては、すごく大変みたいだよ?」
「ノワ。貴女は『ハント』参加派?」と、レンカは黙っていた子に話を振る。
「目的を間違えちゃいけない」と、ノワはレンカに言い聞かせる。「私達の仕事は、『何者か』を眠りに就かせる事。『ハント』は、そのごく一部を担うだけ」
「つまり、私達のやるべき本分ではないと?」と、レンカは難しそうに頭を傾げてみせた。
「そう」と、ノワは肯定した。
「お姉ちゃんの言う事は難しいなぁ」と、レンカは不満を零す。それから、遠くへ目を凝らした。「キリクス。『視野』を投げてくれる?」
「了解」と、車の中にいるキリクスから返事が返ってくる。
レイユーの使っている通信術も、滞りなく働いているようだ。
女の子達の意識の中に、「遥か遠く」が、目の前の事のように目視できた。
「よぉし。見える見える」と、レンカは意気込む。「うわー。すっごい数の岩人間が、死んで行ってるー! すごーい!」
「レンカ」と声をかけて、ルシアは不謹慎に喜ぶ少女を止めようとする。
「朔が『道』を作ってくれてる」と、ノワは重要な事に気付いた。「ポイントの近くまで移動しよう」
地面を滑走して行くと、実際に現場が肉眼で見えてきた。
意識を殺された岩人間達は、口や目にあたる部分から墨色の体液を放出し、煤に似た臭いを放っている。
「うっわ。結構えぐい」と、レンカは嫌悪感を見せる。「それで、ポイントは何処……」
レンカがそう言いかけた時、一際大きな揺れが、辺りの地面を揺らした。
男の子達の居る車の中でも、探知のウィンドウに砂嵐が走り、通信が一瞬途切れた。横揺れの激しさで、彼等は床に投げ出される。
「大丈夫?!」と、キリクスは飛び起き、仲間に声をかけた。
「大丈夫と言いたい」と、ウィールが肩を押さえながら返事をする。
「ちょっと痛かったですね」と、レイユーは手を背に回している。
象徴世界に意識を沈めている朔だけは、黙ったままだ。彼の体はベルトで縛られ、そう簡単に動かないようになっている。
「いよいよ動き始めたって事かな……」と、キリクスは言って、途切れた「視野」を再び女の子達の方に投げた。
「『飛翔』、覚えておいてよかったね」と、空中に浮いたルシアは言う。
「でしょー? レンカちゃんお利巧さん。褒めて褒めて」と、同じく宙に浮いているレンカは、自分で自分の頭を撫でる。
やはり同じく宙に浮いているノワは、レンカの頭を撫でてあげながら、地面の方を見て、「『影』が揺らいでる。何かが波を起こしてるみたいに」と述べる。
「『影』かぁ……。あ。やばい……」と、薄ら笑いを浮かべ、レンカは舌なめずりをする。「来るよ」
氷の大地に罅が入った。音を上げながら氷が隆起し、一点を越えて崩壊し始める。
白い滑らかな者が氷の下から頭を覗かせた。生物の皮膚なのか、金属の塊なのかは分かりかねる質感だ。
それは蒸気と人の声が入り混じったような、「ブォオオオオォォ」と言う不気味な音を発する。同じ穴から、ぬるりと、触手が一本現れた。
その触手が、邪魔なものでも打ち払うように、氷の大地に散らばっていた岩人間達の躯を薙いだ。遺骸は、「何者か」の出て来ようとしている場所から弾き飛ばされる。
「これの『負』を吸い取れって事なのね」と、レンカが一人で納得している。
「じゃぁ、始めよう」と、ルシアが指示を出す。「レンカはお日様を左に」
「オッケー」と答えて、地面を這う太陽を左手に、レンカは飛翔する。
ルシアは太陽を右にして、「何者か」の両脇に位置するように飛んだ。
レンカとルシアが「何者か」の中に蓄積した「負」を吸い取り、ノワが「影」を安定させて再入眠させる事。
つまり、子守唄を歌ってベッドメイキングをしてあげる事が、今回の「何者か」を眠りに就かせる作戦である。
無理矢理起こされてご立腹な「何者か」が、簡単に眠りについてくれれば良いのだが。
心配も冷めないうちに、触手の攻撃は空中に居る女の子達に襲い掛かった。
薙ぎ払われた触手に、比較的低空に居たノワが狙われた。彼女の周りの「影」が、一瞬硬化してノワを守る。
「影」ごと彼女を掴んだ触手は、九十度方向に居たルシアに向かって、ノワを放り投げた。
「びゃ!」と言う悲鳴を上げたが、ルシアは両手でどうにかノワを受け止めた。
しかし、六歳の子供が、十二歳の子供の体を支え切れるはずがなく、二人は「何者か」から大分離れた場所まで、吹き飛ばされた。




