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アイラの実りが揺れる声  作者: 夜霧ランプ
第五章~黒猫はタンゴを踊る~
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第十話「悲しいこと沢山」

 人間がこの星に至る前の、遥か昔、「洞の水」によって大地の中の蟲が大量に生まれた頃。

 夫々が異なる姿を獲得しながら、蟲達は「洞」の中でも「地上」でも、好きな所を闊歩していた。

 ある蟲達は社会性を築いて、「C」と「L」と「P」と「S」の音が子音の、母音が二十二個ある言語を操り、「洞の水」の交換による利益的なやり取りも行なっていた。

 蟲達は「洞の水」を使って自分のコピーを作る事を知り、増えたコピー達は高速で移動する方法や、遠距離と会話する方法等の、人間の言う「文明」に近い物を作り出していた。

 ある時、その文明を破壊しようとする「悪しき者」が現れた。文明を築いていた蟲達より、ずっと体が大きくて、たくさんの群れを維持できる生き物だった。

 力と数の暴力で、「悪しき者」は蟲達ごと、その身に宿っていた「洞の水」を食いつくした。

 一巡目の、「影」が発生した時だった。


「悪しき者」は食いつくされた蟲達と似たような文明を気付いた。コピーを「子」として慈しみ、種族全体で「素晴らしい兵士になる子供」を育んだ。

 戦闘的だったその種族は、自分達以外の蟲を食いつくす事で、更なる文明の発展を得た。領域を広げ、洞の水を我が物とし、繁栄の時を得た。

 やがて、繁栄期を過ぎたその種族の文明は、緩やかに衰退して行った。

 統治していた政治組織の腐敗、新しい「洞の水」を手に入れられない事からの共食い、古い文化の破壊や、新しい動きだとして声明を上げては打ち殺される理想主義者達。

 その者達の世界は、混乱に満ちていた。

 二巡目の、「影」が発生した時だった。


 そんな風に、ミラは僕に「影となった蟲達の歴史」を教えてくれました。

 蟲達の「新しい平和を築いては『他の蟲』にその平和を破壊される」と言う歴史を聞きながら、僕は心の中に、どんどんと黒い滴りが溜まって行くような気がしました。

 何だか胸がスースーします。

 僕はミラの言葉が途切れた時に、聞いてみました。

「ミラ。僕、この間、ノワに会ってから、胸の辺りがスースーするような感じがするんだ。これは何なんだろう」

 ミラは傍らのノワに小さく声を掛けました。

 ノワから何か囁き声をもらって、一つ頷いたミラは、僕に向かって「それはね、『影の水』が溜まっているの」と教えてくれました。

 影の水は、影達の「悲しみ」を集めた滴りだと言います。

「貴方がまだそれを『異物』だと思ってる間は、貴方は貴方で居られるでしょう。でも、『影の水』と馴染んでしまったら、貴方がどうなるかは……聞きたい?」

 そう聞き返され、怖い話のような気がしたので、僕は「今は良いや」と答えました。


 白い世界がしぼんでいくように、僕の意識は目覚めを得た。暗い瞼を開くと、丁度目覚まし時計が鳴った。

 バシッとスヌーズボタンを押して音を止め、アラームのスイッチを切る。

 僕は不貞腐れた子供のように、上掛けで頭を覆った。

 二度寝する事で、またノワとミラの夢が見れないだろうかと思ったけど、うとうとしても次回の「星降る夜のカスパール」のネタが手に入っただけだった。

「先生。朝ご飯出来ましたよ」と、扉の向こうからキリクスが声をかけてくる。

 半ば諦めるように、僕はパジャマと寝癖のまま、食卓に向かった。


 何時もは、きちんと身支度をしているせいだろうか。キリクとアナントは、食卓に来た僕の様子を見て明らかに驚いている。

「先生……」と、恐々と呼び掛けて来るので、「何か?」と聞いたら、「髪伸びてたんですね」と言われた。

 どうやら僕の髪の毛が、寝癖で爆発していたらしい。

「うーん。切りに行く機会も時間も無かったしねぇ……」と言って、僕は爆発頭のまま、トーストに噛みついた。


 後日。ヴィノ氏が、「髪の毛用の鋏とケープ」を持って僕の家を訪れた。

「アナントからご指名があった」との事である。

 話を聞くに、わざわざ僕の髪を切りに来てくれたらしい。

「うちの宿り手が、すまないねぇ」と、アナントは何か親分風を吹かせている。

「なるべく家に閉じこもって居ろって指示したのは、僕の方だからね。このくらいは請け負いますよ」と、ヴィノ氏は言う。

 僕を背もたれ付きのチェアに座らせて、首の周りをタオルで覆い、真っ白い大きなケープで首から体を包んだ。

「本格的だね」とだけ、僕は述べた。

「まぁ、このくらいは用意しないとね」と言って、ヴィノ氏は早速僕の髪の毛をブロッキングし、切り始めたけど、「あれ?」と言って、手を止めてしまった。

「何か?」と聞くと、「いや……。アラン、何か近頃、心境の変化が?」と聞き返された。

「別に何もないけど」と言ったけど、ヴィノ氏は譲らない。「いや、明らかに、君、『影』に魅入られてるんだよ」

 その言葉を聞いて、何よりリアクションが大きかったのはアナントだ。

 バックジャンプをすると、大げさに僕から距離を取る。毛を逆立て、今にも威嚇の声を上げたそうに、戦々恐々とした様子で身構えた。尻尾も二倍くらいの大きさに膨らんでいる。

 最近言われている、「やんのかステップ」って言うのだ。

 自分を散々に追い回して、「一歩間違えば食われる」と言う恐怖を与えたものが、自分の宿り手を「魅入らせている」と成ったら、そりゃぁ、警戒心も沸くだろう。

 反対に、「影」の事をそんなに知らないキリクスは、僕が何の事を言われているか分からないのか、ポカンとしている。

「『影』と親密になると、何か不都合があるの?」と、僕はヴィノ氏に聞き返す。

 ヴィノ氏は、髪を切る手を再開しながら、「不都合と言うか……最悪、人格が変わっちゃうこともあるけど、その辺りはどうなの?」と、やはり問いが返ってくる。

「人格ねぇ……」と、僕は呟いた。「中学二年生みたいな気分になる事は、『人格が変わってる』事になる?」

「その心持が行動に現れ始めたら、外から見たら、『変わっちゃった』ように見えるだろうね」と、ヴィノ氏。

 僕はうーんと考え込み、「髪型を『ツーブロック』にしてくれって言ったら?」と聞いてみた。

 ヴィノ氏はちょっと笑って、「見た目から入る主義なんだって思う」と答えた。

 僕の中の「ちょっとトゲトゲしている心」は、出口を封鎖された。


 カスパール少年は、暗い街の中に在る、銀色の街道を歩いていました。猫のカスパールも、その隣に続きます。

「カスパール。次の町は、どんな事に困ってるの?」と、カスパール少年は猫に声を掛けました。

 猫のカスパールは質問に答えます。

「『憂い』に支配されているんだ。町を支配している『嘆き』を何とか乾かさなきゃ」

「分かった。何が、『憂い』の原因かを突き止めれば良いんだね?」

「単純に考えるとそうなる」

「複雑に考えると?」

 そう問われて、猫のカスパールは少し言い澱みました。それから口を開きます。

「何か、『嘆かないと生きて居られない事』があると、やっかいなんだよねぇ」と。


 ノワとミラは、白い空間で話をしていた。

「アランは、『影』の言葉、分かるようになる?」と、ノワは聞く。

「多分。少しでも『影の水』に馴染んでくれたらね」と、ミラは答える。

「でも、『影の水』は、人を変えちゃうでしょ?」と、ノワ。

「ええ」とだけ、ミラは言う。

「アランが、『優しいアラン』じゃなくなったら、嫌だなぁ」と、ノワはぼんやり呟く。

「大丈夫。ノワの事は、きっと大事にしてくれるわ」と、ミラは、ノワの髪の毛を優しく撫でた。

「そうだと良いなぁ」と、やっぱりぼんやりとした調子で、ノワは呟いた。

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