第八話「スカウト始めました」
ほんのりと日差しの暖かい、家の中に居ると眠たくなってくるような日の事である。
玄関のベルが鳴ったので、ドアスコープを覗いてみた。
しかし、誰の影もない。
悪戯かなと思ってドアの前を去ろうとすると、「僕だよ!」と言うアナント声が扉越しに聞こえた。
そう言えば、この土地では猫狩りが無くなったと聞いてから、アナントのリクエストに応えて散歩を許可していたんだ。
「おかえり~」と言って玄関を開けると、アナントの傍らに小さな子供が居た。十歳くらいの子だ。僕はアナントの方を見て、「どちら様?」と訊ねた。
アナントはその子の方を振り返って、「なーお」と猫のような声を上げる。
「初め、まして」と、その子は口元で指で搔きながら、たどたどしく答えた。「あの……。この猫の、おうちの人で、しょうか?」
「はい。そうですよ?」と、僕は答えて、「君の名前は?」と聞いた。
「梁・雷宇と言います。えっと……書き方は……」と言って、その男の子は僕の片手を取ると、象形文字らしき物を書いた。生憎、何と書かれたのかはピンと来なかった。
「えっと……リョウ、と、レイユーの、どっちがファーストネーム?」と聞くと、「レイユーのほうです」と言う。もう一回、その読み方をするほうの字を僕の手の平に書く。
何となく、角ばった文字が二つである事は分かった。
僕は頷いてから問い質した。
「それじゃ、レイユー君。アナントに付いてきたのは分かるけど、僕達に何か用なのかい?」
「はい」と、レイユー少年は言う。「この猫さんが、『何時か来る闘い』に備えないといけない、七人の賢者の一人として、闘ってくれないかって、僕に言うんです」
僕は固まった表情のままアナントの方を見た。アナントは後ろ足で首筋を掻いて居る。
散歩を許可してから、熱心に何処かに出かけるなぁと思ってたけど、わざわざスカウトに行っていたのか。
レイユー少年の外見は、女の子みたいな黒いショートボブの髪と、この土地の人によく見かける外側の光彩と内側の光彩が両方真っ黒な、黒曜石みたいな瞳をしていた。
髪型のせいか、輪郭や目元が整っているせいか、服装が男の子の物でなければ、ボーイッシュな女の子に見えなくもない。
「お客さんが来たよ」と言って、レイユー君を紹介すると、キリクスは彼の方を見て、ぼんやりしてから、「あ! こ、紅茶!」と言い出した。
手にしていたコミックブックを本棚に戻して、椅子の背もたれに引っ掛けていたエプロンを取る。
「紅茶を切らしてたんです! 『花茶』でも良いですか?!」と、すごく分かりやすく焦っている。
「コーヒー以外だったら何でも良いよ」と声をかけると、キリクスは凄い勢いでキッチンの方に逃げて行った。コロ付きのワゴンにぶつかったらしく、派手に転んでいる音がした。
僕は、すっかり唯の猫のふりをしているアナントを膝に乗せて撫でながら、レイユー君に「アナントからなんと聞いたのか」を聞いてみた。
以下、レイユー君が聞いたアナントの台詞である。
「南極地にあたる大陸で、何者かが目を覚まそうとしている。その者が目を覚ませば、この世界は存続が不可能になるだろう。
草木は枯れ、大地は割れて海に沈み、地表は熱せられてかつての『マグマの塊』としての星の姿に戻ってしまう。
その事態を避けるために、極地の『何者か』を再び眠りにつかせる必要がある。二度とその者の眠りを覚まさないために、七人の賢者による封印の儀式が必要だ。
その賢者の一人が、君なのだ。やがて君は他の仲間達と共に、『大地の底に眠る者』を封印するための戦いに参加する事になる。
その時は刻一刻と近づいている。僕と共に来て、世界を救ってくれるかい?」
うちの猫は、大分話を盛って伝えたようだ。
レイユー君は、すっかり「少年らしい冒険心」で心がいっぱいになり、是非その「七人の賢者」として戦いたいと望んだ。
現在の居所が分かっている「一番目の賢者」の居る所に連れて行こうと言われて、僕の家に来たそうだ。
確かに、少年少女が南極地で「何者か」と闘う事になるのは、今までの夢見からして確実なんだけど。
そんなにはっきり、「闘いの時が来ますよ」なんて、事前に報告して大丈夫なものだろうか。
僕はちょっと迷ってから、「まぁ、確かに……。僕とアナントの『夢見』では、南極地で闘いがあるのは確かなんだけど」と、レイユー君に教えた。
「やっぱり、この世界を滅ぼす何者かは、存在するんですね?」と、レイユー君は興奮気味に聞き返してくる。
其処に、一番目の賢者であるはずの少年が、トレーにお茶のカップを乗せて、緊張で震えながら現れた。
「多分、君の言ってる『一番目の賢者』は、この子のはずなんだけど」と言うと、キリクスはお茶を配膳しながら、「そうなりますね……」と呟く。
「賢者様自ら配膳を!」と、レイユー君は畏まる。「何と畏れ多い」と言って、胸の前で手を合わせ、頭を下げた。
拝まれてしまったキリクスは「あ。はい……まぁ、顔を上げて……」と言って、レイユー君の肩をソフトにタッチする。
「申し訳ありません。異国の習慣では……目を見て話すのですよね?」と、レイユー君は視線を下げたままだが、一応分かっているらしい。「ですが、僕達の習慣では、じろじろと目を見るのは……」
「うん。失礼に当たるんだろう?」と、僕は大人としての理解を示した。
「目を見るのが落ち着かないって言うなら、視線はそらしたままで良いよ。でも、顔は上げてくれないかな? 流石に、平伏している人とは話しづらい」
そう声をかけると、レイユー君は顔を真っ赤にしながら、軋みでも聞こえてきそうな動きで、首の角度を真っ直ぐにした。
夕方になるまで、レイユー君とはじっくり話をした。
主に、この国の猫達が、南極地に居る「何者か」を呼び出そうとしている事と、キリクスやレイユー君を含めた七人の子供達が、その「何者か」と闘う事になると言う事を。
「猫達は、何故そんな危険な存在を呼び出そうとしているのでしょう?」と、レイユー君は、僕達も引っかかってる部分の疑問を提示した。
僕は、先日観た夢の内容から、猫達にとって「何者か」を召喚する儀式は「お祭り」みたいなものなのじゃないかと言う推測をしていた。
だけど、世界を滅ぼすかもしれない者をわざわざ呼び出して、お祭りの背景に添えるのは……どう言う事なんだろう? と言う所も疑問だったのだ。
そこで、そのままの言葉をレイユー君に伝えてみた。
「世界の滅亡が……猫達にとっては、祭り……ですか」と言って、彼は考え込む。それからこんな事を言った。「僕達とは、感覚が違うのかも知れませんね」
「僕達と、誰の感覚が?」と、聞くと、「猫達ですよ」と、レイユー君は普通の事みたいに言う。「種族が違うんだから、感覚も違うかなぁって僕は思うんです」
僕はそれを聞いて、何とも納得できると思い、深々と唸ってしまった。
この国の猫にとって、「闘い」と言うものは、自分達の命や生活とは全く関係ない、お祭りなのかもしれない。
そして僕としては、極地での闘いより、猫の祭りの方を見たいと思って居たと言う事なのか? と思うと、僕と言う人間も、相当無責任で楽しい事の方が好きなのだろう。
アナントは「闘い」の方を観に行ったからこそ、自分で賢者をスカウトしに行こうとしたのだろうし。
そうなると、音楽が賑やかになってから現れたと言う男の子と女の子のうち、男の子の方がレイユー君なんだろうな。




