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アイラの実りが揺れる声  作者: 夜霧ランプ
第五章~黒猫はタンゴを踊る~
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第四話「七番島の現在」

 七番島の政府の間で、科学的軍事力に対しての出資が増額された。それから、古い世界にあった能力を「魔力」と呼ぶ事も取り下げると発表した。

 同時期に、猫が媒介すると言う狂犬病は存在しないと、動物愛護団体は少なからず猫を狩り続けた結果に発表した。なんだかんだと理由をつけて続けられてきた「猫狩り」も収束したのだ。

「何時か、七番島に帰るんですか?」と、伝聞紙でニュースを知ったキリクスが聞いてきた。

「そうなるかならないかは、今後決まるかも」と、僕はデスクの椅子を回転させながら答えた。「ヴィノ氏にも相談して、本当にアスクメディナに平和が訪れて居たら」

「先生は、帰りたいと思います?」と、キリクスはちょっと下を見る。

「進んで帰りたいかと言ったら、そんなでも無いなぁ」と、僕は視線を上に向ける。「この国も、大分居心地は良いものね」

「あの」と、キリクスが切り出した。「もし、この土地を離れる事に成ったら、その前に、ルシアに会う事は出来ないでしょうか?」

 僕は腹の前で組み合わせた指を動かし、尋ねた。

「何か、会いたい理由が?」

 キリクスは暫く唇を噛んでから、「はい」と答える。

 しかし、それ以上、深くは語らなかった。


 猫のヴィルヘルムが、僕達の夢の中に登場した。僕とアナントが、「影」の現れなくなった灰色の町を散歩していると、向こうの方から歩いてきたんだ。

 その時のヴィルヘルムは、後足で立って、膝まで覆う黒いコートを着用し、耳が隠れる大きさの山高帽を被っていた。

 ヴィルヘルムは慇懃に挨拶する。

「これはお二方。ご機嫌よろしいかな」

「ごきげんよう、ヴィルヘルム」と、アナントが答えた。彼も後脚でスラリと立ち上がる。「その様子を見ると、『狩り』からは逃れたようだね」

「ああ。全く以て」と、ヴィルヘルムは語る。「手術からも逃げ切ったよ」

 そう言って、ヴィルヘルムはコートのお尻をの所を、ちょっと捲って見せた。彼の尻尾の下には、丸いものが付いたままだ。

「それは良かった」と、僕とアナントは声を揃えた。

「立派な子を残してくれよ」と、アナントは言う。

 ヴィルヘルムは一つ頷き、「無論だとも」と応じた。

 僕達は灰色の町の一角にある、フルーツパーラーで一休みする事にした。


 綺麗なカットを施された林檎を果物フォークで刺し、ヴィルヘルムは優雅に口に持って行く。彼は、赤い耳が付いている兎型の林檎の尻尾を、しゃりっと齧った。

 シャクシャクと林檎を噛んで飲んでから、「その後のあの国の事はご存じかな?」と、聞いてくる。

「知ってるよ。猫狩りが終わったんだろう?」と、アナントが言う。「生き神を探すのも諦めたようだと聞いてるけど」

 それを聞いて、ヴィルヘルムは果物用フォークを軽く左右にふるった。

「後の方の情報は、鵜呑みにすべきではないね」

「どうして?」

 そう僕とアナントはまた声を揃えた。

 ヴィルヘルムは言う。

「考えても見たまえ。『生き神』に関する計画は、何十年もかけて計画され、実行されて来た事だ。おまけに、『生き神』の居場所まで分かってる。なのに人間達がさっさと諦めるわけがない」

 そう言われてみると、確かに「保護されている場所は分かってるけど諦めます」と言うのはおかしいだろう。

 僕の管理下でキリクスが生き延びている事は、アクスメディナの呪詛師だって知っていたんだから。


 目が覚めると、枕元で眠って居たアナントは、先に目を開けて僕の方を観察していた。

「ヴィルヘルムの言う事はもっともだ」と、アナントは出し抜けに言う。「そして、今日は幸い、エリスの来る日だ」

 そう言ってから、アナントは猫のポーズで伸びをして、「実際に、作戦会議と行こう」と言い、ベッドの上から床に降りた。


 ヴィノ氏が来てから、アクスメディナの様子を口頭で伝え、伝聞紙も見てもらった。

 だけど、ヴィノ氏は夢の中でヴィルヘルムに聞いた事と、ほとんど同じ意見を言う。

「彼等は、古い力を『魔力』と呼ばないと言っただけで、『生き神』を探すのをやめましたと公表したわけじゃないからね」

「そもそも、キリクスを『生き神』に祀り上げて、彼等は何がしたいんだろう」と、僕が言うと、「操りたいんじゃない?」と、ヴィノ氏は述べる。「『魔力』を」

「それなら、猫を飼ったほうが早くない?」と、僕は続けて聞く。

「猫達が集めた『物凄い力』を、キリクスと言う『神』は扱えるはずだ……と言う予見があるんだろう」と、ヴィノ氏は言う。「実際、キリクスは何か『魔力的な行動』が出来たりする?」

「いや、普段は普通の子だと思って接してるから、特に魔力を使わせた事は無いよ」

「それは良いほうの報告だね。ありがとう」

 そう言ってから、ヴィノ氏はアナントのほうに目を向けた。アナントは、猫の癖でついっと目をそらす。

 ヴィノ氏はアナントを持ち上げ、腕の中に横抱きにした。

「ダイエットは上手く行ってるみたいだね」と、余計な事を言ってから、ヴィノ氏は僕に向けて、「こっちへ」と合図を出した。

 僕はデスクの椅子を離れ、キッチンに向かうヴィノ氏の後について行った。


 キッチンでは、キリクスが「ワッフル焼き機」でおやつを作っている所だった。

「あ。まだ全員の分は出来てませんよ」と、僕達に気付いたキリクスは言う。

「お目当てはワッフルじゃないんだ」と、ヴィノ氏は答える。それから聞く。「キリクス。アナントに触ってみて」

「え?」と、キリクスは目を丸くする。「でも、今、おやつを作ってるから……」と、言うので、僕は「ワッフルの方は、暫く僕が見てる」と述べた。

 キリクスはワッフルのドゥが付ていた手を洗って拭いてから、「じゃぁ、触りますけど」と言って、アナントの肩の辺りに手を触れた。


 視界は、陸塊の上から、海の方へ。七番島上空に辿り着き、アクスメディナの猫達の意識を経由して、政府組織がある建物の中へ。

 魔力で遮断されている部屋の中に易々と入りこみ、其処に……髪の毛の長さ以外、ルシアとそっくりの女の子が居るのが見えた。

「もう、手を放して」と、ヴィノ氏の声がした。キリクスは、訳が分かってない風にパッと手を放す。

「今のは?」と、僕はヴィノ氏に聞いた。「ちょっとした『詮索』だよ。それより」と、ヴィノ氏は言い、アナントを床に降ろすと、「焦げてる」と述べた。

 何の事か意味が分からなかったけど、僕は目の前に在ったワッフル焼き機から、香ばしすぎる香りが広がっている事に気付いた。


 僕は焦げ焦げに成ったワッフルを、シンクの上で齧る事になった。


 アクスメディナ政府の建物の中に、ルシアとそっくりの女の子が居る。その情報は、その場に居た僕と、アナントと、キリクスと、おまけにヴィノ氏も知る事になった。

「どう言う事だろう。ルシアがあの国の政府と、何か関わっていると言う事?」と僕が疑問を口にすると、ヴィノ氏は「どうだろうねぇ」と言葉を濁す。

「でも、ルシアはこの国に居るんですよね?」と、キリクス。「瞬間移動でも出来なきゃ、アクスメディナには行けないでしょう?」

「そうなる。それで相談なんだが」と、ヴィノ氏は言い出した。「キリクスとルシアを会わせてみたいんだ。手始めに、アラン。君の意識の中で」

 今までの流れからして、眠ってる間の夢の中でキリクスとルシアを出会わせたいと言う事だろう。

「まぁ、良いけど」と答えると、「よし。それじゃぁ、今日はまた二十二時前にこっちに来るよ」と残し、ヴィノ氏は自分の家に帰って行った。

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