第十話「暴れる時間だ」
ネイルズ地方、別名エイデール国の山岳地帯に、不思議な生き物の住んでいる洞窟があります。
蜂の頭部と胸、そして蜘蛛の腹を持ったその生物は、蜂蜘蛛と呼ばれていました。
蜂蜘蛛達の隠れ家の一つに、ノリス・エマーソンと言う人物が住んでいます。
その人物は、軍部からの指示で蜂蜘蛛の生態を調べると伴に、蜂蜘蛛が匿っている人間の子供達の教師でもありました。
それから、この蜂蜘蛛の住処に身を寄せている、アン・セリスティアの一家の、重要なヘルパーでもありました。
ノリスはアン達に説明しました。
メリュジーヌにかけられていた呪いが解けた事と、ノリス達にアプロネア神殿の情報を渡すため、ネイルズ地方の結界間際まで辿り着いていた女性、ミノンが捕まった事をです。
最初は、オリュンポス医療団に捕まったのかと思いましたが、ミノンを捕えたのは、どうやらアプロネア神殿の研究員達らしいのです。
ミノンは神殿を裏切って情報を持ってくる間も、拷問のような呪詛に遭っていましたが、今では魔力波を断たれ、神殿内に幽閉されているようです。
ミノンの持ってきた水晶に刻まれていたデータは、三人のアンのコピー達が持つ、魔力形態と彼女達の「エネルギー変換能力」に関してでした。
アン達のように、邪気を浄化エネルギーに変えるだけではなく、何もない通常の空間に邪気を発生させられると言うのが、アンのコピー達の特徴です。
コピー達は敢えて邪気を生み出す方法を幼体の頃から教え込まれているのです。
タイガと言う名前の、通信兵が送ってくれた情報としては、軍部にも、アプロネア神殿内で「強力な呪的生命体の育成が行なわれている」と言う事が知られています。
それから、呪的生命体のオリジナルである、アン・セリスティアの無力化と確保が、数日中にハウンドエッジ基地でも命令される予定だそうです。
情報量の多さに、頭がパンクしそうになりながら、アン達は状況を飲み込みました。
「まず、すべき事って何だろう」と、アン本人が訊ねると、ノリスは水晶版を操作します。
「アンのコピー達の注目は、何故か理愁洛に集まってる。今のうちに、ミノンを助け出せるかも知れない」
その言葉に、アン達は頷きました。
アミスの呪詛により、胚珠病を発症したミノンは、アプロネア神殿の「トマス・ニーベルンゲン」の良い玩具にされていました。
ミノンの喉の奥を観察して、其処に発生した幾つもの胚珠を摘出したニーベルンゲンは、面白そうに検体を観察しました。
「胚珠の色が赤ではない。紫に近いな」そう言って、針のような先端を持つピンセットで、胚珠の一つを潰しました。プチッと音がして、紫色の液体が出てきます。
「血液の変質を起こしているのか?」と、ニーベルンゲンは仮説を持ちました。その言葉に応じて、速やかに助手達がミノンの腕に採血用の注射針を食い立てます。
空っぽの注射器の中に吸い上げられた血液は、確かに濃い紫色に染まっていました。
部屋ごと「封じ」で括られているアミスは、意識感化の影響下にありました。
彼女は、小さな子供の姿に成って、知らないおうちの知らない庭で、花壇以外の場所に咲いた花を積んで遊んでいました。
その庭の持ち主は、ブロンドと青い目を持った、青いドレスの女性でした。
「アミス。草木編みを覚えてみる?」と、女性は声をかけてきます。アミスは顔を輝かせ、何度も頷きます。
そんな優しい夢の中で、アミスは微笑んでいました。
数日も経ぬうちに、「アルゴ」がメリュー達の町の傍らに姿を現しました。
アルゴは一般人の服装をした四十名の呪詛者を連れており、瞬間的な移動方法で、彼等のうち二十四人を、町を囲む方向に散らしました。
残った十六人に身の回りを守らせながら、アルゴは陣を織り込んだ布を地面に広げ、その中央に座りました。
そして、溢れ出るような邪気を、その布の陣の中に注ぎ込んだのです。
自室で、突然の眩暈に襲われ、メリュジーヌは瞳を真紅に光らせました。誰かが、自分へ向かって呪詛を仕掛けてきているのに気づいたのです。
――来たぞ!
メリュジーヌは、ジークに念話を飛ばしました。
――町を囲むのは二十四名。術者を囲むのは十六名。全員が、メリューの「透視」を複写されている。本人と間違えるな。
それを聞いて、ジークは「任しとけ」と返事をしました。空中に浮かんだウィンドウとキーを操り、瞬く間に先の二十四名の位置を捉えました。
「少年少女」と、ジークは通信の中に声をかけます。「暴れる時間だ」
その合図を聞いて、有志自警団を中心に集まった町の子供達は、町の外で身動きをとらない「怪しい大人」に向かって、こっそりと近づいて行ったのです。
カメラで街の風景を取っているふりをしていた呪詛者は、背後から棍棒で殴られて気を失いました。
街角のカフェで休憩しているふりをしていた呪詛者は、注文していたドリンクに薬を混ぜられ、意識を失いました。
ゆっくりと散歩をしているふりをしていた呪詛者は、自分の影の中に「蜥蜴」を送り込まれ、それに影の頭を食べられて意識を失いました。
他の場所でも、夫々の子供達が、自分達の得意な方法で、呪詛者達の意識を失わせていきました。
メリュジーヌを狙っていた呪詛は瞬く間に解かれました。
町一つを侵食するはずだった邪気は、アルゴ達の方向に戻って行きます。
ですが、アルゴ達も以前の情報から、このような事態になる事は計算していました。
自分達に向かって集まってくる邪気を、十六人の術師がその身で受け止めた時、アルゴはその邪気の性質を「浄化」のエネルギーに変換しました。
生きた浄化装置に成った十六人は、足音を立てない素早い勢いで、邪気の煙の中を疾走し、あろう事か、アシュレイの家へと向かって言ったのです。
「その後は?」と、キリクスが話しを急がせる。
キリクスのソファベッドに腰を掛ける事を許可されたヴィノ氏は、「うん。メリューが、オリュンポス医療団に『ベータ』って呼ばれてたことは覚えてる?」と聞き返した。
「覚えてる。メリュジーヌがアルファで、メリューがベータって事だよね?」と、キリクスは確認する。
「その通り。その時のアルゴ達の町への侵入は、ベータである『メリュー』を手に入れるためだったんだ。
抵抗力を持っているメリュジーヌより、子供の体しか持ってないメリューのほうが、御しやすいと思ったんだろう。十六人の術師達は一斉にアシュレイの家を襲撃した。
でも、その家の中は空っぽだったんだ。メリューどころか、アシュレイ本人も居ない。だけど、一人だけそこで待っていた。
部屋中に書かれた複雑な陣の中央に、医術師としての清掃をした、ネーブル・ドク少年がね」
ネーブルは、長い時間をかけて練った魔力を使って、襲ってきた術師達の体中に針を撃ちました。体の表面についたのは小さな傷ですが、その針は瞬く間に血管の中に潜り込んだのです。
術師達は、異変が起こった事に気付いて、体を跳ねさせ、痙攣したように手足を震わせました。
複数の針は彼等の体中をものすごい勢いで流れ、ネーブルの狙っていた位置に辿り着きました。その位置と言うのは、心臓です。
針は術師達の心臓を何度も何度も貫き、臓器の機能を破壊しました。
十六個の心臓が、全て機能を失った事を確認してから、ネーブルは胸の前で両手を合わせる仕草をし、「滅」と唱えました。
術師達の体に入り込んだ複数の針は、風の元素として分解消滅したのでした。




