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アイラの実りが揺れる声  作者: 夜霧ランプ
第一章~世界を守る猫達の騒動~
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第四話「盲導犬バーリーのお話」

 その犬は、目の見えない人のために働く、盲導犬と言う職業に就いていました。

 お仕事の間は、ご飯もお水も口にせず、キリッとした顔で働きます。

 その犬の名前はバーリーと言いました。

 ごく一般的な盲導犬ですが、バーリーはご主人の左を歩く時に、時々「ずっと向こう」を見るような仕草をしました。

 目の見えないご主人は、バーリーが「ずっと向こう」を観ているのに気付きません。

 周りの人達も、賢い犬が何処かを見つめているのは、きっとご主人に危険が無いように、気を付けているだけだと思って居ました。

 そんなわけで、バーリーが見つめている「何処か」が何処であるかは、盲導犬を引退するまで誰も分かりませんでした。


 年を取ったバーリーは、仕事を引退してから、とあるお家で飼われていました。そのお家には、年を取った白髪のお婆さんと、その娘夫婦と、孫娘が住んでいました。

 孫娘は、体の大きなバーリーに寄り掛かって、うとうとするのが大好きです。

 バーリーは仕事をしなくなっても、ご飯の時間はしっかり守りました。柱時計が六つ音を鳴らす時と、十二回音を鳴らす昼間の時だけ、バーリーは餌の皿の前に姿勢を正して座って、ご飯を待ちました。

 トイレはペットシートのある場所で済ませて、排泄物を出した後は、シートをくるりと丸める事を覚えていました。

 新しい飼い主達は、時間に正確で衛生的な老犬を、実に躾が行き届いていると言って大事にしました。

 ある日、バーリーの住んでいる家に、小さな相棒が引き取られる事に成りました。

 バーリーは、特別に喜んだり、驚いたり、怒ったりしませんでした。

 しかし、相棒である小犬が、決して自分と仲良くしようとしない事は分かっていました。

 小犬は、体の大きいバーリーを見つけると、キャンキャンと高い声で盛んに吠えました。

 バーリーは何にも言わずにそっぽを向いていました。取るに足りないと言う風に。


 小犬は、元々その家に居た体の大きな犬が、自分と目を合わせようとしないのを、「僕の方が強いからだ。きっとこの犬は僕より弱いんだ」と誤解してしまいました。

 小犬は、いつでも煩くキャンキャン鳴くのが正しいと思って居ました。

 飼い主達は、小犬が鳴くのは元気があって可愛らしいと思いました。

 孫娘は、柔らかい毛を持った小犬を撫でさすり、おめかしをさせようとしました。首輪にチャームを付けたり、犬用の服を着せたり、遂には垂れ耳にリボンを結ぼうとしました。

 小犬はその「嫌がらせ」に、烈火のように怒りました。

 耳にリボンをぎゅっと結ばれた時、小犬は孫娘の腕を噛みました。孫娘は「莫迦!」と言って、小犬をぶちました。

 耳の根元をぎゅうぎゅうに結ばれて、とても痛い思いをしているのに、更に殴られた小犬は、家から逃げ出しました。


 居眠りをしていたバーリーは、何かに気付いてサッと首を持ち上げました。

 くるりと辺りを一瞥して、お婆さんと娘夫婦に向かって、小さな声で「ワオン」と呼びかけました。

 其処に、孫娘が手を噛まれたことを教えに来ました。「ママ。消毒して、絆創膏も」と言って。

 娘夫婦が何故噛まれたんだと聞くと、孫娘は「可愛くしようとしたら噛んだ」と、不服気に答えました。

 夫は、小犬がどんな様子になっているかを観に行こうとしましたが、その頃には、もう小犬は家の外に逃げていました。

 そして、バーリーは、自分で自分のリードを持って来て、玄関で待っていました。


 バーリーは、一度も道を間違えずに、正確に小犬の後を追いました。

 車がひっきりなしに走っている道路に来ました。バーリーは初めて、人間の握っているリードを無視して、すでに道路に飛び出していた小犬に追いつき、その首を銜えました。

 バーリーの体が完全に道路から離れる前に、一台の車の鼻先が、その後ろ脚を叩きました。


 小犬は、犬猫の病院で服を脱がせて体を調べられ、耳に結ばれて居たリボンを解いてもらいました。幸い、小犬に怪我はありませんでした。

 バーリーは、後ろ足の片方の骨が折れていました。複雑骨折と言う、骨が綺麗には治らない折れ方をしていたので、包帯が取れてからも、その足は正常に動かないだろうと、獣医師に言われました。

 孫娘は、リボン結ぶことで小犬に痛い思いをさせたんだと教えられましたが、納得していないようでした。

 この子供が生きている犬とぬいぐるみの犬の区別がつくようになるのは、もっと先のようです。

 小犬は、バーリーに向かって吠えなくなりました。それどころか、母犬にそうするように、バーリーのお腹の辺りで蹲るようになりました。

 バーリーは、小犬を毛づくろいしてあげました。


 獣医の先生が言っていた通り、骨が治っても、バーリーは片脚が不自由になりました。

 それでも、バーリーは今日も小さな相棒に、気分の好い昼寝を提供しています。

 盲導犬時代のバーリーが何処を見つめていたのかと言ったら、この結末を見つめていたのでしょう。

 バーリーの例のように、ずっと先を見つめる力を、ある世界では「予知」と呼びます。

 予知の出来る人は、占い師や予言者として珍重されますが、人間がこの力を持った場合、とても気を付けなければなりません。

 見通したことを言葉にするだけで、その「予知」に抗う力と、倣う力が、同時に発生するからです。

 うっかり予知を言葉にした事で、複雑な力が働き、見えた「予知」とは全く違う未来が訪れたりします。

 そうならないように、もしくは、見えてしまった予知を回避するために、「見える者」達は、言葉を選び、口をつぐむのです。

 本当に、世の中は不思議な事があるものですね。そうですね。

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