第五話「忍び寄る者達」
夢の中で、アナントは「影のようなお化けに襲われて」居た。影は、幾ら逃げても逃げても、アナントの後を追いかけてくる。
アナントは、逃げながら、自分の宿り手が何処かに居ないかを探ていた。
「アラン! 助けて!」と、悲鳴を上げる。
だけど、僕はそれを見ているだけで、何にも出来ないまま目が覚めた。
息は上がっていて、じっとりと汗をかき、耳の奥ではアナントの悲鳴が鳴り響いていた。
翌朝、僕は例の写真を持って、ルシア達の居る寺院に向かった。
朝の掃き掃除をしていた僧侶に声をかけ、軽く挨拶をしてから、「あの写真に関する、困ったことが起こった」と説明して、本堂に入れてもらった。
僕から昨晩の事情を聞いて、確かに写真の真ん中に、その当日に居なかったアナントが写っているのを見てから、僧侶は「そうですねぇ……」と唸った。
「影と歪みが、この写真そのものに宿ってしまったのは、間違いありません」と、僧侶は言う。「この写真の位置だと……。もう一度、外に出て見ましょう」
その提案を受けて、僕達は再び寺院の庭に出た。
あの日、ルシアと僧侶を撮影する時に、背景になった灯篭と、離れた所に大きな針葉樹の木が生えている場所に来た。
「丁度、この位置ですね」と言って、僧侶は屈みこむように、写真の中のアナントが座っている辺りに手を向ける。
それから、「ああ。居ますよ」と、謎めいた事を呟いた。「この猫さん、此処に居ますね。アランさん、触ってあげて下さい」
僕はそう聞いて、写真の中でアナントが写っている辺りに手を向けた。
最初は何にもない空中を掻いているだけだったけど、僧侶が片手を僕の肩にかけると、「猫の毛皮を撫でている感触」が分かった。
僧侶は、テンプルの一角にある居住所から、ルシアを呼んできた。そしてアナントの身に起こったことを説明する。
ルシアはそれだけで何をすべきか分かったみたいに、僧侶から写真を受け取った。
それから、「ちょっと待っててね」と言って、写真にじっくり見入り、アナントが写っている所を、指でつついた。
パシュッと言う、空気が抜けたような音がし、写真が一瞬光ったように見えた。
「これで大丈夫。ちょっと、逃がしてくるね」と言って、部屋着姿のルシアは、テンプルの外に向かった。
写真を返してもらうと、灯篭の足元に写っていたアナントの姿は消えていた。
やがて、ルシアはずぶ濡れのアナントを、タオルで包んで持ってきてくれた。どうやら、「負のもの」と同じ分類で、アナントは泉の中に放流されたらしい。
不機嫌そうなアナントは、「一体、何だって言うんだ」と文句を述べていた。
僕はルシアから、タオルごとアナントを受け取って、濡れ鼠のような猫をワシワシと拭いてあげた。
「どう言う事だったんだい?」と、僕はルシアに聞いた。
「んーとね」と、ルシアは前置きを言ってから、「その猫さんの『力』を、影達が、悪いものに変えようとしてたの」と説明してくれた。
「悪いものって?」と、僕は聞き返す。
ルシアは、短く区切りながら答えた。
「この写真に移ってた『影』は、元が悪いものの集まりなのね。それで、猫さんを写真に閉じ込めて、『力』を食べようとしてたんだ。だけど、猫さんは上手く逃げてたみたい。影に取り込まれないうちに、猫さんだけ『吸い取った』の」
そこまで聞いて、僕は納得した。
それ後、テンプルの庭で、預かっている要らない物の焼却をすると言うので、その時に問題の写真を焼いてもらう事にした。
そう言う風に、曰くつきのものを処分するのを、「お焚き上げ」って言うらしい。
家に帰った後、アナントから「写真の中での体験」を聞いてみると、「ずーっと、夢の中を歩いてみるみたいだった」と述べた。
「変な町の中に居たんだけど、なんだか気味の悪いものが、ふわーふわーって近づいてくるから、必死に逃げたよ。走るだけじゃなくて、高い所に上ったり、塀に隠れてやり過ごしたり」
「その変な町って、何が変なの?」と、僕はアナントにインタヴューした。
アナントは言う。
「建物が全部四角で、所一帯、灰色なんだ。その灰色の町の中が、逃げる後から段々と黒く変色して行って、非常に気味が悪かったね」
「よく一晩中、逃げ切ったね」と、僕は返した。
「僕の体内時計では、四日くらい経過した気分だったよ」と、アナントは答え、「毛も乾いて来たから、カリカリを頂戴」とねだってきた。
「はいはい。今日はたんとお食べ」と返しながら、僕はキャットフードの袋を取り出し、アナントのための皿の中にフードを盛った。
ヴィノ氏の家に行って、事情を説明すると、「それは大変だったね」と、ヴィノ氏は気軽に返事をする。「とにかく、アナントが戻ってきて良かった」
「そのぉ……今回の事で分ったんだけど」と、僕はヴィノ氏に聞いてみた。「この星の力は、『魔力』だけじゃないのかい?」
「うん。そうだよ」と、あっさりとヴィノ氏は肯定する。
「君が元の元に居た国では、『魔力』って言う名前で呼んでただけで、他の国では『霊力』とか『霊感』って呼ばれたりするね。『神力』って言う、神様の力だって呼ぶ場合もある。どれも、通常の人間には予想もつかない『力』である事は、変わらないけど」
「ふーん。そうかぁ」と、僕は相槌を打った。「国によって定義が違うんだね」
「うん。それから、夫々の力に対する『迷信』も違う。魔の力だって言って蔑んだり、霊の力だって言って珍重したり、神の力だって言って崇拝したりしてる。根っこは全部一緒なんだけど。星が放っている『不思議な力』だって所はさ」
ヴィノ氏の返答を聞いて、僕は暫く考え込んだ。
ラジオで聞こえてくる今日のニュースの中で、「アスクメディナの軍備拡大が急がれている」と言う情報が入って来た。
生き神を得られなかった政府は、軍備を整える事で威厳を保とうとしているらしい。
そもそも、なんでアスクメディナの政府は、生き神を望んでいたんだろう。彼等は、古来からある力を「魔性」と定義して、新しい力を得ると言う大目標を掲げていたのだ。
その新しい力の方向性が、「霊的な力」から、「軍備」に変換が成されたのだろうか。
どうにも納得がいかないけど、あの国の政府は「自国の攻撃力を強化しなければならない」と思ってる節がある。
それが、対外政策なのか、それとも自国民の崇拝を得るためなのかは、今の所、測りかねる。
キリクスは、最近ようやくラジオの面白さに目覚めた。
音と声だけを聞いて、想像力を働かせるって言う物に楽しみを見つけたらしい。
チューナーを一生懸命いじって、色んな局の電波を聞いているけど、ニュースだけを流す番組で、行方不明者の話が出てきた。
「チャンネルを変えようか」と、僕は声をかけて、キリクスは「はい」と答えた。
キリクスは、不愉快そうにチューナーを調節しようとした。その時、ラジオの方から、何かのエネルギーの波が、キリクスの腕をつかんだ。
キリクスの霊体が、電気ショックを受けたように跳ねる。透明な光を放ちながら、ぼんやりと彼の体は宙に浮き始めた。
「み、み、み……みつけた」と、キリクスは口走った。
僕はキリクスに駆け寄って、彼の手をチューナーからもぎ取った。
その途端、キリクスの体は発光もやみ、元の重さを取り戻して、僕の腕に収まった。
「何があったんだ?」と聞くと、「誰かが、『見つけた』って言ってたんです」と述べる。
何かが、じわりじわりと忍び寄っている気配を感じた。




