第四話「硝子玉の風景」
キリクスは、ルシアの話を面白がった。
「先生以外にも、この星の『魔力』を操れる人が居るんですね」と言って、興奮気味に手をバタバタさせていた。
「操るって言うのは、少し違うかも」と、僕は否定した。「僕は『見たり聞いたり』出来るだけだし、ルシアは『触れて吸い取る』事が出来るだけみたいなんだ」
「だとしても、すごいですよ」と、キリクスはワクワクしている。「良いなぁ。会って話してみたい」
「ルシアに?」と聞くと、キリクスは「勿論」と言って、胸の前で両手を打ち鳴らす。
僕は暫く考えてから、「隠れ住まなきゃならない以上、ヴィノ氏以外のお客さんを招くわけにはなぁ……」ってぼやくと、キリクスは途端にしょんぼりした。
それから、「せめて、ルシアの写真を撮って来てくれませんか?」と、注文を付けてきた。
多分、そのくらいだったら、ルシアも、あの僧侶も、許してくれるだろう。
僕はそう見当をつけて、「じゃぁ、今度会ったら写真を撮らせてもらってくる」と約束をした。キリクスはソファベッドの上で飛び跳ね、舞い上がらんばかりに喜んだ。
そして僕はキリクスとの約束を、翌日後悔する事になる。
実際に、寺院の敷地内でルシアを待っていると、ボール遊びをしてきたらしい彼女は、何時ものカーキ色のオーバーオール姿で元気に帰って来た。
それから、ルシアの祖父である、先日の僧侶と話をして、写真を撮らせてもらえないかと聞くと、二人は顔を見合わせ、気まずそうな表情をした。
「我々だけが写るなら良いんだが」と、僧侶は言い出す。「きっと、おかしな物も一緒に移ると思うよ。そう言った写真は、あまり気味が良くないだろう?」
「何が移るんですか?」と、僕は聞いた。
「影?」と、疑問の抑揚で、ルシアが言う。「それか、歪み?」
何だかよく分からないけど、実際に「一枚だけ」とせがんで、二人が灯篭の前で並んでいる所を撮影させてもらった。
二人は、硬い笑顔を浮かべてくれた。
家に帰り、暗室で写真を現像して、乾かして……日向に持って行けるようになったフォトには、奇妙なものが映っていた。
作り笑顔を向けてくれているルシアと僧侶の背後には、灯篭の向こうに針葉樹の並木があったはずだ。大層立派な並木で、一本一本の木の幹がぐんずりと太かったから、はっきり覚えている。
なのに、写真に写っている二人の背後には、黒っぽい煙のような影と、それを遮っているように見える、白い波のような影が映っていたのだ。
それから、まっすぐに立っていたはずの針葉樹だけが、魚眼レンズでも通したように、外側に向かって歪んでいる。
確かに、元の風景を知っていると、一種異様な写真が出来上がってしまったのは分かった。
そして困った。この写真をキリクスに見せる事で、もしかしたら何か変な事が起こるんじゃないか? と言う疑問が頭をかすめたのだ。
一度、僧侶本人達に確認してもらう事にして、その日に写真が出来上がった事は、キリクスには内緒にしておいた。
僕は先日出来上がった変な写真を持って、ルシアの家でもあるテンプルに足を運んだ。
「良く撮れてますね」と、ルシアの祖父は、誉め言葉なのか何なのか分からない事を言ってくる。「こんなにハッキリ撮れるほうが、珍しいですよ」
「これは、他人に見せても良い物でしょうか?」と、僕は尋ねた。
僧侶はこう答えた。
「見せるだけなら問題はないでしょう。但し、あなたと、私達以外の人に、この写真を触れさせないで下さい。きっと、悪い事が起こりますから」
僕は、「はい」と答えたけど、戒められた禁忌ってやつは、破られることが多いんだよなぁ……。
「良い? 絶対触っちゃだめだからね?」と念を押してから、キリクスにルシアと僧侶の写真を見せた。
キリクスは、両手を背の後ろで組んで、触らないだけじゃなく、呼吸も止めてその写真を見つめた。
その後、「この子、なんだか、懐かしいような感じがします」と感想を述べた。
僕はさっさと写真を封筒に入れて、キリクスの手が届かない棚の上に乗せておいた。後で、移動式の金庫に封印しておこうと思ったんだ。
その「後で」が、災難を生んだのである。
僕はお風呂に入っていて、キリクスは子供用のコミックブックを呼んでいた。
アナントは、最近買ったばかりの棚の段を制覇する事に勤しんでいた。垂直に伸びている棚の、真上の段へ、真上の段へと、上りついて行く。
その上の段に伸ばした手に、封筒が触れた。アナントは手を滑らせて、背中を向けて床に落っこちる所だった。しかし、猫の三半規管は強い。
アナントは空中でくるりと体を半回転させて、足から床に着地した。ダンッという音がして、アナントの体重が四つ足に乗る。
その目の前に、空気を受けて時間差で落下してきた封筒が、舞い降りた。
僕が風呂から上がってパジャマに着替え、髪をタオルで拭きながら今に戻って来た時、丁度、アナントが封筒の中から写真を引っ張り出す所だった。
「うわー!」と、夜間である事を考慮した叫び声をあげて、「アナント! ストップ!」と、言った時には、アナントの姿は急に小さくなり、スンッとその場から消えてしまった。
何が起こった? と思って、僕は写真を取り出し、よく見てみた。
作り笑顔を浮かべているルシアと僧侶の間に、アナントが座っている。何かをいじるように、片手を地面から少し上げた姿勢で。
こいつは、確かに悪い事が起こるもんだねぇ? と、僕は思って、写真の中に吸い込まれたアナントの救出方法を考えた。
キリクスも、アナントが消えた瞬間は目撃していたらしい。
「アナントが……。今、吸い込まれましたよね?」と、確認してくる。
「ああ。吸い込まれたよ。吸い込まれましたよ。どうすりゃ良いんだよ」と、僕はちょっとイライラして、元々ぐちゃぐちゃだった髪の毛を、更に掻き回した。
「先生。落ち着いて。髪を引っこ抜くと、禿げますよ」と、キリクスは変な所を注意してくる。
「いや、むしろストレスで禿げそう」と、僕は言ってから、とりあえず、ヴィノ氏の家に行ってみる事にした。
僕等には分からない、色んな事を知ってる彼なら、この状況を分析できるかもしれないと思ったんだ。
幸いヴィノ氏はまだ起きていた。僕達の部屋の内装と、そう変わらないハードボイルドな部屋の中に招き入れてくれた。
「現状では僕しか触れない写真」を見せると、ヴィノ氏は片手で顎を支えるポーズをして、「うん……」と、頷いた。
ヴィノ氏は写真に触らないようにじっくり眺めてから、「この写真の場所は、実在するの?」と聞いてきた。
「実在する。すごく変な風景だけど、合成とかで作った写真じゃないんだ」と、僕は答えた。
「じゃぁ、その場所に明日行ってみたほうが良い」と、ヴィノ氏は言う。
「明日? 今すぐじゃだめ?」と、僕が焦り気味に提案すると、「実際に、この女の子とお坊さんに会って見ないと分からないと思うんだ。今の時間帯だと、二人とも眠ってるだろうから」との事だった。
じれったい事は仕方ないけど、確かに、ルシアやあの僧侶じゃないと、アナントに起こった「悪い事」の原因は分からないだろう。
僕は予定を「明日」に任せたまま、自分の部屋へと引き上げた。今日は眠れそうにないな。




