第二話「ハードボイルドな新居」
中央陸塊を南へ南へと進んで行った先。瓦屋根と白い壁の、「エイディアン風」の建物の多い、不思議な町にその隠れ家はあった。
外観は、町の風景に隠れるような、白壁のビルなのだが、内部に入ってみると、随分とさっぱりした様子のマンションの一室だった。
隠れ住むわけなので、そんなに堂々とした場所にあるマンションじゃない。
建物の周りは、飲食店の店舗や看板が並んでおり、昼間から酒を飲ませる店もある。其処を行き交う人達の様子を見てると、あまり治安が良い場所ではないようだ。
ビルの玄関は、扉も無く開けっぱなし。地面との、申し訳程度の段差は、三段ほどある。
「僕達には、丁度良いみたいだけど」と、僕は自分の服装と、キリクスの服装を見て言う。「ヴィノ氏は、ちょっと目立ちそうだね」
「僕も、あんまりフォーマルウェアで出入りしようとは思わない」と言うヴィノ氏は、上等なスーツを隠すための、安っぽいコートを羽織っていた。
狭いエレベーターで三階まで上がって、フロアに出る。
入り組んだ廊下を一定方向に進むと、「317」と書かれた部屋に付いた。ヴィノ氏はその部屋の鍵を取り出し、施錠を開ける。
「入って。もう、オーナーには挨拶してあるから」
ヴィノ氏に招かれ、古いコンクリートのにおいがする部屋に、僕達は踏み込んだ。
その家には、壁紙が貼ってなかった。コンクリートにペンキを塗って、表面を保護してあり、一通り置かれている家具は鉄製の物が多かった。
ベッドも鉄、窓の縁も鉄、キッチン台は恐らくステンレス、其処に鉄製のフライパンと鍋が、一つづつ。その空間に脚が四つの円テーブル置かれ、傍らに備えられた椅子もステンレス製だった。
「なんか、ハードボイルドな部屋」と、僕はアナントをキャリーバッグから出しながら、感想を述べた。
明り取りの窓もあるけど、人間が歩くより高い位置にあって、もし内部で人が移動しても、見えないように成っている。
キリクスは、早速自分の受け持ちが出来るかを確認しようと、アナントと一緒に冷蔵庫を洗濯機を探した。
樹脂と金属製の冷蔵庫と洗濯機を見つけたそうだが、アナントが隠れられる隙間が無かったらしい。
「僕には自宅を構える事が出来ないのか」と、アナントは不貞腐れている。それから、黙ってあちこちの部屋の隙間を探し始めた。
見回してみてわかったのだが、この部屋には「クローゼット」と言う物がない。アナントが自宅を構えるには、彼が隠れられる物影を、敢えて作らなければならないようだった。
備え付けの物以外の、必要そうな家具を買いに、ヴィノ氏お勧めの大型家具屋さんに行った。
ワードローブが一つと、簡易的な仕事机、背もたれのある椅子と、アナントのための生活用品。
キリクスは「特に何も要りません」って言ってたけど、子供用の小さなソファベッドを買った。流石に、床に眠らせるわけに行かない。
ヴィノ氏は今回も、僕達の住処の近くにある別の家に住むらしい。一度見物させてもらったけど、其処も僕達の部屋みたいに、大分ハードボイルドな造りだった。
冷蔵庫の中に詰めるものを買って来て、僕は、ハム焼きと目玉焼きを作った。それを市販のパンに挟んで、昼食にする。
ふすまが入っているパンなので、何となく口の中がガサガサした。味わい深いと言えばそうだけど。
「安いパンなだけはあるなぁ」と、僕は零した。
「外国では、むしろ、ふすまの入ってるパンは高いって聞きました」と、キリクスは報告する。「この国はどうでしたか?」
「いや、安かったよ。一個で百ノアのパンもあった。これは十個入りで百ノア」と、僕が答えると、キリクスは「変なのが混じってないと良いですね」と心配していた。
実は二十個入りで百ノアのもあったんだけど、それはさすがに僕でも買う気がしなかった。
ハードボイルドな部屋に、布製のワードローブは似合わなかった。いかにも、間に合わせのために其処にありますと言う風。
キリクス用のソファベッドも、肌触りを考えて布製にしたから、やっぱり鉄製の家具が多い部屋には、少し似合わない。
「此処には何年住んでいられるんだろう」と、僕が窓を見上げながら零すと、「エリスさんに聞いてみます?」と、キリクスが自分の服をワードローブの下の棚にしまいながら言う。
「いや、たぶんそのうち話題に出るだろうから」と、僕は遠慮しておいた。
キリクスの問いに「そうだね」と答えたりしたら、以前のように「じゃ、聞いてきます」と言って、隠れ家を飛び出しそうだったからだ。
新しい家に長く住むための取り決めとして、キリクスは家から出ない事、を申し付けた。
郵便受けが直接ドアに設置されているのを確認してから、キリクス本人も、申し付けに同意した。
アナントは、ワードローブとキリクスのソファの裏に「自宅」を構える事にしたようだ。来年に成れば、抜け毛が集まって住むに丁度良くなった「自宅」が作れるであろう。
翌日に出会ったヴィノ氏は、早速カジュアルウェアを着ていた。リーズナブルな服屋さんで買ったらしい、ブランドロゴも入っていない、白いトレーナーと黒いズボン姿だった。
だけど、生地と仕立ては良いみたいで、目の粗い縫い方なんてされていない。
「そう言う服は、何処で見つけるの?」と、僕が聞くと、「一頻り歩き回って見つけるの」と、ヴィノ氏は品定めに時間をかけていることを明かしてくれた。
キリクスには悪いけど、夜の町の様子を見に行った僕とヴィノ氏は、大衆食堂の席で、串焼きと麺料理を頬張った。
少し黄色っぽい色をした縮れ麺が浮いているスープは、鶏と豚の骨の出汁が利いている。
スープを全部飲みそうになったけど、ヴィノ氏に「塩分の摂りすぎになるよ」と注意された。
「料理の美味しい国だね」と、僕は述べた。串焼きを齧って、「この、肉に付いてるソースも最高」と。
「食事が気に入ったのは良かった。長く住み続けるには、食文化に成れないとね」と言いながら、ヴィノ氏もスープヌードルをフォークで口に運ぶ。
そんな僕達の気の緩みを知っているのか、店の中のテレビジョンの画面に、「行方不明の子供の目撃情報を求めています」と言うニュースが映った。
キャスターが傍らで話している横に、複数名の子供の写真が並べられ、その一つにキリクスの姿もあった。
僕が食べるのをやめてそのニュースをまじまじと見ていると、ヴィノ氏は麦酒で喉を潤しながら、「慌てない。まず、食べて食べて」と、暢気に返してきた。
確かに、食べる手を止めて、険しい顔でテレビジョンを見つめていたら、「この中の誰かを知っているのか」と思われなくもないだろう。
用心するに越したことはない。「僕達は何にも知りませんよ」と言う顔をして、生活するための用心を。
翌日から、僕は雑誌の連載の執筆を進めた。レポート用紙に万年筆を振るうのも、先の国での二年間の生活の間で、慣れた。
メモしておいたメリュー達の話も、だいぶ良い所まで進んでいる。もし、今の連載が終わって、次回作を期待してもらえるんだったら、メリュー達の話を書こう。
実名は仮名に書き直して、土地の名前も誤魔化すけど。
だけど、ヴィノ氏の語る「理愁洛」と言う土地は、世界地図の中でも一回も見つけられた事がない。
「その国は何処にあるの?」と聞くと、ヴィノ氏は歯を見せない笑顔を浮かべて、「秘密だよ」って答える。
もしかしたら、メリュー達の話そのものが、ヴィノ氏の考えたおとぎ話なのかな。




