第十話「祭りの夜の天の蒼 反撃へ」
アルゴの作り出していた邪気の情報から、メリュジーヌにかけられていた呪詛を解こうとしたジーク達でしたが、何度「解呪」を施しても、メリュジーヌの声は戻ってきません。
「なんかおかしいなぁ」と、町の祓い屋である人物は、金色のくるくるの縦ロールに覆われた目元から、緑の光彩を瞬かせます。「これ、情報合ってる?」
「何の情報?」と、解呪の儀式を見守っていたメリューは聞きます。
祓い屋は、こう返しました。
「なんと言うか。この邪気を放ってた人物が、メリュジーヌ様に呪詛をかけたわけじゃない感じがするんだ。実際、呪いが解けない」
メリューが医院を離れ、大急ぎでその事をジークに告げに行く途中、何度か通りすがった町の人から、「メリュジーヌ様は?」と聞かれましたが、メリューは首を横に振り、「まだ」と答えました。
何時も通りの大仕掛けの中に埋没しているジークは、理由を聞いて「にゃるほろにゃるほろ」と唱えました。
今までの各人々の目視情報と、以前捕らえた呪詛士達の記憶情報、それから某所から預かっていた情報をウィンドウに浮かべました。
「にゃんと言うか、今まで手に入ってる情報と、結果をおさらいすると、メリュジーヌに呪いをかけたのは、『アルゴ』じゃにゃいのか」
メリューに聞こえるように独り言ち、ウィンドウを幾つか空間に照射します。
「呪詛士達の記憶によれば、町を覆う呪をかけようとしていたにょは、『アスラ』って言う女だ。
その他に、メリューが見つけた『箒使いの女』が居るにゃ。こいつの名前は『アミス』って言うらしいにぇぇ。某所の情報によると、どれもアンの細胞から作られたコピーだにゃ。
にゃんでこいつらが朱緋眼を持たされて、しかもエネルギー変換能力を『邪気を作り出す』方向に使わされているのかって言うのは、推測の域を出にゃい」
「その推測って?」と、メリュー。
ジークは答えます。
「例えばぁ、邪気エネルギーを扱う魔神として育てるための実験結果、とかにゃ。とにかく、メリュジーヌにかけられた呪詛を解くには、『アミス』を捕まえにゃきゃにゃらにゃい」
ジークからの情報を、アシュレイの家で聞かされた有志自警団達は、顔を青ざめさせました。
リニアが言います。
「その三人は、アンさんと同じくらい強いの?」
メリューは、慎重に考えます。それから言いました。
「能力としては、アンと同じ可能性を持ってると思う。けど、アンと同じ経験値を与えるには、時間がかかってない気がするの」
「修業の時間を与えちゃだめだね」と、ネーブルが言います。「緊急で、『アミス』を探し出さなきゃ」
「アミスの居場所を突き止めよう」と、メビウス。
「ちょっと疲れる相手だけどね」と、アーサー。
先日の疲労から回復しきっていないアーサーは、麻痺した腕に治癒の術を掛けた包帯をしていました。
それでも、「防戦一方には、なってられないな」と応じます。
皆の意思を確認してから、メリューは羊皮紙の巻物を、テーブルに広げました。そこには、町を守りながら外の敵を探るための、「一大作戦」の内容が描かれていたのです。
そこまでの話を聞いて、僕は「盛り上がって来たね」と相槌を入れた。「それで、その先は?」
ヴィノ氏も、何時もの歯を見せない笑みを浮かべ、話す。
「うん。有志自警団の作戦には、町の大人達の協力が欠かせなかった。町の中から数名の大人達が、一般人のふりをして、『アプロネア神殿』と『アクロポリス医療団本部』に向かう事に成ったんだ」
僕は頷きながら、ヴィノ氏のほうに椅子を寄せた。
キリクスは、目をパッチリ開いて、一言もヴィノ氏の言葉を聞き逃すまいとしているし、アナントは何時も通りにヴィノ氏の膝の上で箱座りになって、耳を澄ましている。
ヴィノ氏は語る。
「選ばれた大人達は、外国への観光客のふりをした。『アプロネア神殿』も、『アクロポリス医療団本部』も、観光地の一端を担ってるからさ。
チケットを買って、飛行船に乗って、現地についてからはバスツアーに申し込んだ。添乗員さんが許している数十分間の間に、『アプロネア神殿』と『アクロポリス医療団本部』の中で、狙った術をセットしなきゃならない。
ガブリエルと言う人の作った言語で書かれた、特殊な呪符を持って、大人達は何事もなく旅行を楽しんだ。『アプロネア神殿』と『アクロポリス医療団本部』の中に、しっかりと監視の術の力を置いて来てね」
僕達は、うんうんと頷き、ヴィノ氏の次の言葉を待った。
やがて、旅行客のふりをした大人達の仕掛けた術は、アンに似た個体の姿を数回捉えました。
ジークはその度に、「アミスかどうか」を確認しましたが、どちらも「アルゴ」か「アスラ」でありました。
アルゴは、胸の中心を魔弾で射られた時の傷の処置をしていて、アスラは以前メビウスから受けた一撃の治療をしていました。
ジークは、じっくりとウィンドウの向こうを見定めます。
ある日、監視の術が「アミス」を捉えました。どうやら、負傷した二人に代わって、再びメリュジーヌを狙いに行くよう、指示されているようです。
「彼女の『声』は聞こえているか?」と、研究員の一人がアミスに質問しました。
アミスは首を横に振ります。
アンとそっくりの声で、「メリュジーヌは、喋ろうとしていない。私のかけた術の『仕組み』に気付いているのかもしれない」と答えました。
「新しい呪詛をかける必要があるな」と、研究員は判断しました。
「アミス。呪詛をかけられた本人から、周りに伝播するタイプの術は心得ている?」と、研究対象の機嫌を損ねないように尋ねます。
アミスは、一度ゆっくり瞬きをしてから、はっきりと答えました。
「心得てる」
それを聞いて、ジークは「そうは問屋が卸さない」と呟きました。
呪詛の治療中であるメリュジーヌは、自分の屋敷ではなく医院で生活しています。彼女の背中に植えられた呪詛に関しては、先日の祓い屋が症状を緩和させる術を使っていました。
メリューは、その祓い屋に質問をしました。
祓い屋は、聞かれた事に答えます。
「それは可能だけど」と。それから、声を潜めて、「とても危険な賭けではあるよ?」と注意しました。
メリューは頷いて、「大丈夫。好機は絶対逃さないから」と答えました。
僕達は、新しい旅に出るための荷造りをしていた。トランクケース一つに収まる品しか持ってきていなかった生活でも、暮していれば必要な物は増える。
二年の月日をかけた人海戦術で、僕達が以前住んでいた国の政府は、キリクスの目撃情報を掴んだのだ。
キリクスに、普通の子供として家の外に出る事を許していたのは、手痛い失敗だったようだ。
メリュー達の話が盛り上がっている所で、その話を聞けなくなるのかなと思って居たけど、僕達が旅立つ日、ヴィノ氏はフォーマルウェアを着てトランクを手に持ち、「準備は出来た?」と聞いてきた。
「君も、一緒に行くの?」と、僕が間の抜けた質問をすると、「当たり前だろ。急に放り出したりはしないよ」と、返ってくる。
僕はキャリーバッグに入っているアナントを脇に抱え、トランクケースを押しながら、先に歩く彼の背を追った。
「エリスさん。まだメリュー達の話は聞けるんですか?」と、リュックサックを背負ったキリクスが、期待顔でヴィノ氏に声をかける。
ヴィノ氏は答えた。
「ああ。道中も時々話そう。長い旅に成りそうだから」
そんな訳で、僕達はマリアさんの隠れ家を離れ、再び遠い異国に旅立ったのだ。




