第八話「祭りの夜の天の蒼 弐」
「治癒」による処置を受けたメリュジーヌは、無事に目を覚ましました。ですが、口を動かしても言葉が出て来ません。
それを見た医師は、自分が感じた異変が何だったのか分かりました。
「メリュジーヌ。貴女は今、呪詛を受けている」
医師がそう告げると、メリュジーヌは静かに目を瞬いて、額に手を当て、気分が悪そうに眉間をしかめました。
医院の二階のテラスで見張りをしていたメビウスは、風の中ににおいを感じました。火薬に近いにおいです。
弾丸による襲撃を連想しましたが、そのにおいはどうやら魔力香の一種のようでした。
メビウスは、闇に目を凝らします。
魔力香であるなら、風の流れは関係ありません。
獲物を見つける時のように、町全体を、素早く静かに見渡しました。
月が照らす夜の闇の中で、メビウスは敵を見つけました。
岬の灯台の下で、瞑想の姿勢で座った女性が、念じるように目をつむりながら、印を組んでいます。
その周りを、十人程の黒衣の人物達が囲んでいます。
メビウスは、術師がいる場所が弓の射程ではない事が分かりましたが、自分の右手に宿っている青白い炎を見てから、「届くかも知れない」と希望を持ちました。
青白い炎を纏った一閃が、呪詛者の右肩を抉りました。彼等も結界を備えていましたが、力が分散されている結界は、充分な力を発揮しませんでした。
黒衣の人物達は、術が壊されたのを察し、呪詛者の周りから一人一人と消えて行きます。
その気配は、町全体を囲むように、方々へ散りました。
メビウスは、ポケットの中の木っ端を意識しながら、「敵が町の中に侵入した。位置は医院を中心に、正円を描く。全員、黒い服を着てる」と、伝えました。
「了解」と、メリューの声がメビウスの頭の中に聞こえます。「敵は移動している?」
「町の外側から、少しずつ医院に近づいてる」と、メビウスは返事をし、灯台の位置に居た呪詛者からの視線を感じました。
同時に、呪詛者の手から放たれた黒煙の獣が、メビウスに向かって襲い掛かってきます。
メビウスは矢筒から一本を抜き取り、素早く弓につがえました。黒煙の獣が射程に入った瞬間、メリューの魔力がこもった矢は、獣の眉間を貫きました。
町の大人達は手に手に武器や呪符を持って、町の中を移動してる「見慣れない連中」を探しました。
「彼等」は、最初に散った地点から、医院へ向かって真っすぐに進んできています。建物があったらその上に移動し、生け垣があったらその上を、土の上を進むように歩いているのです。
そんな異様な行動を取っている者が近くを通っても、どうにも大人達の目には、その姿が見えないようなのです。
一定の間隔を置いて襲い掛かってくる、黒煙の獣を矢で退けながら、メビウスは再び、呼びかけました。
「メリュー。みんなに、貴女の視力を貸して」
そう言ってから、メビウスは次の矢をつがえます。
「大人達には、敵が見えていない!」
放った矢は、黒煙の獣の右目を撃ち抜きました。
メリュジーヌの家で通信を受け取り、メリューはどうしたら「町のみんな」に、自分の視力を貸す事が出来るかを、リニアに尋ねました。
「『伝達』って言う術がある」と、リニアが提案しました。「『視力』だけなら、伝達で他の人達に渡せる」
「リニアは、その術を使えるの?」と、メリュー。
「大丈夫」と、リニアは答えました。
子供達は、大急ぎで自分達の策を、ジークに伝えに行きました。
「ああ。出来る出来る」と、ジークはさらっと答えます。「だけどぉ、メリュー? 他人に視力を貸してる間はぁ、お前は目が見えにゃくにゃるじょ」
「心得てる」と、メリューは言います。
「んじゃぁ、リニアよ。『伝達』はぁ、お前に任せるじぇ。俺はその術の拡散を行なう……って事で良いかにゃ?」
ジークが確認してきたので、リニアは礼儀正しく、「はい」と答えました。
メリュジーヌの家から、緑色の光が八方に散ったように見えました。
すると、大人達は、屋根の上を歩いているおかしな黒衣の人物や、プールの水面を歩いている黒衣の人物を見つけられました。
見えてないように振舞いながら近づき、黒衣の人物達が「本当の地面」に辿り着いた瞬間に、町の大人達は彼等に一斉に襲い掛かりました。
それに気付いたのか、黒煙の獣を放っていた術師は、闇に溶けるようにいなくなりました。
黒衣の人物達は、封魔術を込めたロープでグルグルに縛り上げられ、町長の家に集められました。その数は十二人いました。
「お前達が何処の誰で、何のためにこの町に来たかを、聞きたい」と、厳かに町長は言いました。
勿論、呪詛士達は返事をしません。
「黙秘は良い結果を生まない」と、町長は述べ、「無理矢理に記憶を抽出されて気が触れるか、自分達から望んで術を受けるかの、二択だ」と続けました。
その晩、町長の家からは、得も言われぬ悲鳴が響いていたと言う事でした。
メビウスが捉えた呪詛者の外見を見て、ジークは口元を歪めました。
「こいつもぉ、アンの外見を真似てるにゃ」
「どうせ『変化』で作った姿でしょ?」と、視力の戻って来たメリューは、瞼を保冷剤で冷やしながら言います。
「それがにゃぁ。『変化』にしては、生々しいんだよにゃ」
そう応じながら、ジークはネーブルのほうを見ます。
「メリュジーヌの容体は?」
「言葉が話せない状態が続いてる。何があったのかを彼女から聞く事は出来ないでいる」と、ネーブルはきっぱり言いました。
「傷に込められていた呪力は追えたか?」と、ジーク。
「それを、頼みに来た」と言って、ネーブルは父親から預かった水晶を取り出しました。
「メリュジーヌの体から『摘出』された呪詛のデータ」
「はいはいはい」と、ジークはリズミカルに返事を返し、読み取り機の中に水晶を置きました。
その頃、アーサーは、医院の前で見張り番をしていました。
向こうから、複数の誰かが来ます。衛生的な衣服を着た、医術師らしき人達でした。彼等は夫々に、流線型の二つの魚がシンボルの手帳を見せました。
「アクロポリス医療団です。海の女主人様が、重傷を負ったと聞いてきました」と、医師らしき女性が言います。
アーサーは違和感を覚えました。そこで、「何故、彼女の愛称を知っているんだ?」と聞きました。
メリュジーヌを「海の女主人」と呼ぶのは、凱旋の日だけの特別な言葉だからです。
「『凱旋の日』は、昨晩でしょう? その時に聞きました」と、女性は笑顔で述べます。
アーサーは、一層警戒しました。剣の柄に手をかけ、「異国の医療団が、『凱旋の日』を知ってると?」と、威圧的に訊ねました。
「落ち着いて下さい。私達は、貴重な……」と、医療団の一人が言いかけ、口を閉ざしました。
「あんた達を信用する事は出来ない」と、アーサーは来訪者に刃を向けました。「帰ってくれないなら、『みんな』を呼ぶ事になる」
「落ち着いて下さい」と、今度は一番先頭に居た女医らしき人が言います。「私達は、怪しい者ではありません。何でしたら、この医院の先生に確認を取って下さっても構いません」
それを聞いても、アーサーは引きませんでした。
「生憎、俺は此処を動けないんでね」と言って、刃の切っ先を、医療団の者達の一人一人に向けました。
「信用してもらえませんか」と述べた女医の声は、諦めたと言う風でした。
「それならば、強行突破しなければ」
女医がそう言った途端、彼女の背後からアーサーに向かって、突風が吹きつけて来たのです。




