第六話「海の幻」
メリュー達の住んでいる海沿いの町がある場所に、古い帆船が漂着しました。
沖から流れてきたそれは、浅瀬で引っかかりましたが、波に揺られ、ぐらぐらしています。
そのままにして置いたら、近海を通る船の邪魔になるので、町の大人達が小舟に乗って、その船の様子を見に行きました。
外側から一見した所は、唯の幽霊船なのですが、内側に入ってみると、内装は真新しい様子でした。
おまけに、ついさっきまで誰かいたかのように、食堂のテーブルには複数のシチュー皿が並んでいます。だけど、船員も乗客も、もちろん船長だって姿形もありませんでした。
アシュレイからその話を聞いて、メリューは俄然やる気を出しました。
解体作業が始まる前に、「幽霊船の調査がしたい」と言い出したのです。
有志自警団の四人と一緒に、小舟に乗せてもらったメリューは、オールを漕ぐ船頭から注意を受けました。
「天候が悪くなりそうだったら、声をかけるからな。すぐに集まって、この舟に戻るんだ」
「分かった。雲は……」と呟いて、メリューは大空の西の方を見ます。青い空の中は千切れ雲が浮かび、西の空はからっからに乾いています。「しばらくは大丈夫そうだね」
「今は、大丈夫だ。だが、油断するなよ」と、船頭はあくまで言い含めました。
波止場から三十分もしないうちに、メリュー達は幽霊船の梯子を上って、潮風で傷んだ甲板の上に立ちました。
「外側はだいぶ劣化しているね」と、メリューは声に出して言います。
ネーブルが、木で出来た甲板の壁面に触れて、「確かに」と呟きます。「内側は『意外と綺麗』らしいけど……入り口は何処だろう」
その言葉に応えるように、船体の入り口を調べていたアーサーが言います。「ドアは開かない。錆びてるのかもしれない」
「何処かから、町の人が入ったはずだよ」と、メビウスは応じました。「その入り口を探そう」
「入口入り口」と言い合いながら、メリュー達は別の入り口を探しました。
船の側面の廊下を通って、甲板の反対側に行くと、工具で壊されたドアがありました。ドアのねじを外して、おまけに斧か何かでドアの板を叩き割ってありました。
よく見れば、壊れているドアの板には、赤い紋章が描かれています。
メリューの服の胸ポケットに入っていたリニアが言いました。
「封じが掛けられてたのね」と。
「うん。何を封じてたんだろう……」と、メリューは疑問を口にします。
メビウスは弓を、アーサーは剣を構えて、メリューとネーブルを間に挟み、先と後に立ちました。
一等室の食堂を見つけ、メリューは達は確かにそのテーブルの上に、シチュー皿が並んでいるのを目にしました。
それから、異臭を感じました。腐ったシチュー鍋が、厨房の方で臭いを発しています。
「何、この臭い」と、先を歩いていたメビウスが言いました。「なんで、鍋の中身が乾燥してないの?」
「あれ……!」と、リニアが壁の一部を小さな指先で示します。壁には、やはり赤い紋章が描かれています。
その紋章の形から、メリュー達はその空間に「時戻し」が仕掛けられている事に気付きました。
メリューは、とっさに自分達の周りに結界を敷きました。時戻しの影響を受けないためにです。
結界の外側で、瞬く間に、室内の様子が変わって行きます。
擦り切れて日に焼けていた壁紙が真新しくなり、天井に近い壁には明りが燈りました。
薄汚れて千切れ落ちそうだったテーブルクロスは新品に代わり、テーブルの周りで働いている人々の姿が霊体のように見えました。
ある一定の時間までが戻されると、「時戻し」は解除されました。
テーブルに皿を配膳しかけていた給仕が、ふと顔を上げます。何かに気付いて、キッチンのほうに歩いて行きます。
キッチンから呼び出されたコックやメイド達は、食堂の出入り口から外へ向かいました。
外から、人々の悲鳴が聞こえてきます。
メビウスは、咄嗟に結界から外へ踏み出そうとしましたが、「ダメ!」と、メリューに腕を引かれて止められました。
外の方では、無数の声が叫んでいるのが分かります。
「銃を構えろ!」「積み荷を守れ!」「化け物め!」「帆を張れ!」「操舵、渦を回避しろ!」
そのような喚き声の合間に、明らかな人間の悲鳴が聞こえてきました。
暫く、外のあちらこちらで銃声がしていましたが、やがて静かに成りました。
そして、誰かが扉を開け、食堂に入って来ました。どうやら、服装からしてこの船の船長のようです。
彼は、何か鋭い物で背中を刺された船員を、肩に担いでいました。メリュー達の事は、見えていないようです。
船長は肩に担いだ船員の背中から、その背を刺していた物体を引き抜くと、溢れ出てきた血液で、壁に紋章を描きました。
その後、船長は船員の体を引きずりながら、ドアの各所に向かって行き、五ヶ所の全てのドアに紋章を描きました。
食堂の扉を封じる時、船長は呟きました。「宝は、守られる」と。
不気味な様子を一頻り見せた後、「時戻し」は完全に解除されました。
それでも、メリュー達は暫く口を閉ざし、辺りを観察していました。
「おおい! 大丈夫か?!」と、小舟で待っている船頭の大声が聞こえてきます。
ようやく、辺りが安全になった事を知ったメリュー達は、その日の調査はそれだけで帰る事にしました。
小舟に乗って陸地に戻ったメリュー達は、町の大人達に、幽霊船の中には「特定の条件で発動する『時戻し』が仕込まれていた」と話しました。
魔力を持った人間の血液で描かれた紋章は、魔力を持った人間が、五人で侵入した時に発現するように設定されてる事と、術が発現した時に結界を仕込まないと、「時戻し」の影響に巻き込まれてしまう事。
船長で在った人物が、「宝」と呼ぶ何かが、まだあの船の中に閉じ込められている事の三つを説明しました。
そこまで聞いた大人達は、「後は私達に任せなさい」と言って、メリュー達がそれ以上、幽霊船の中に入ることを禁じました。
後々に、幽霊船の中から、一体の生存者が見つかりました。それは人間ではなく、上半身は女性、下半身が魚になっている生き物だったと言います。
「彼女」は、巨大な水槽に閉じ込められたまま、逃げる事も出来ず、腐った水の影響で死にかけていたと言います。
マーメイドの体を調べ、健康状態を確認したネーブルのお父さんは、きっと疑問を持つであろう自警団の子供達に、その事を話しました。
「なんで、マーメイドを捕まえたりしたんだろう」と、メリューがぽそりと疑問を口にすると、ネーブルのお父さんは「東洋の方では、マーメイドの肉は不老長寿の薬だと思われているんだ。恐らく、その迷信が原因だろう」と、説明しました。
「じゃぁ、あの船は、元々『マーメイドの捕獲』のために使われていたんですか?」と、アーサーが医師に聞きます。
「船長室から発見された記述を見る限り、そのようだ。幻獣密売のための貿易船だったんだ」と、ネーブルの父は言いました。
「生き残ったマーメイドはどうなったの?」と、ネーブルが聞きました。
「綺麗な海水の中で保護してある。彼女が来た海がどの辺りか調べてから、故郷に返す予定だ」と、ネーブルの父親は述べました。




