表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイラの実りが揺れる声  作者: 夜霧ランプ
第一章~世界を守る猫達の騒動~
2/27

第二話「猫は空を飛ぶかな」

 とても心地好い昼下がり。僕は時々、部屋のカーテンを開け放って日向を作り、其処でアナントと一緒に昼寝をする。

 アナントは、僕の腹を寝椅子にするのがお気に入りだ。だけど、下腹に座られたまま、上腹を揉まれると、結構痛い。

 猫と言うのは、クッションや毛布のような柔らかいものに触れると「揉んでみたくなる」ものらしい。そんなに僕の腹はぷにょんぷにょんなのか。

 腹筋が六つに割れているボディビルダーのような体はしていないが、それなりに腹直筋くらいあると思って居るのに……アナントの「揉みセンサー」に、柔らかい物だと認識されてしまう。

 そしてこの、柔らかい物を揉むときに、猫は爪を出す。一、二回程度だったら痛くないけど、何度も何度も何度も爪で揉まれると、セーター越しでも痛い思いをすることになる。

「やめて。やーめーて」と、アナントに声をかけるが、こう言う時の彼は無我の境地に至っており、こっちの声が届かない。

 なので、僕が痛みに耐えられなくなったら、強制的にアナントを腹から引っぺがして、仕返しをする。

 彼の毛だらけの体を、毛取りブラシで入念に掻き回すのだ。毛並みと同じ方向に梳かさないと、ブラシの中で毛が絡まってしまうので、毛並みに沿ってブラシを振るう。

 そうすると、アナントは喉を鳴らしながら「掻いてほしい所」をさらけ出してくる。

 仕返しになっていない気がするが、一頻り頭から足の先までブラシを通すと、すっかり気持ちよくなったアナントは、腹をさらけ出す。

 そこで、僕は敢えて、その腹を胸から下腹まで三回くらい無遠慮にガシガシと磨く。

 すると、アナントは「何と言う無礼を働くのか!」と言う顔をするが、三回ブラシが通るくらいだったら許容するようだ。

 一度、何回くらいまでだったら我慢できるんだろうと思って、腹をブラシで磨き続けたら、五回目で噛まれた。

 体を掻いたり撫でたりする時に、猫が噛んでくるのは、「もう触るな」と言う意思表示だそうだ。

 特に腹は触られたくないようで、素手で腹を撫でると、一回目でもう牙が飛んでくる。

 ラグドールとか、ペルシャとかのおっとりしたタイプの猫は、なすがままにされるかも知れないが、アナントは血統も分からない雑種である。全体的に、灰色のトラ猫に近いが、茶色の斑点が混ざってる。

 そんな感じで、僕の逆襲は、「腹を揉んだお返しにブラシをかけてくれる奉仕」と受け取られているようだ。僕の真意は何も伝わっていないと痛感する時である。


 ヴィノ氏は、アナントが大人になってからも、度々僕の家に来るようになりました。

 一年間、アナントの事でたっぷり付き合って、すっかり気も打ち解けたヴィノ氏は、僕に不思議な話を聞かせてくれるようになりました。

 最初は、僕が「児童書を書こうとしているのだが」とか、「何か面白い話のネタは無いか」と、つついた所から始まった、ヴィノ氏の「旅行」の話が発端でした。


 ヴィノ氏が、途方もなく遠い世界にある、「西の大陸」に行った時、其処には不思議な遺跡と神話がありました。

 祭壇とされる台形ピラミッドに、ある時期のある方角から光が射すと、ケツァルコアトルと言う名前の神獣が現れると言うのです。

 ヴィノ氏は何故かその「ケツァルコアトル」が現れる時間を調べなければならなくて、地元の人に話を聞いたり、土着の古い神話を知っている人の家を尋ねたりしていました。

 そして、ようやく「ケツァルコアトル」の現れる日射しの方角を突き止めて、ヴィノ氏が所属している「調査チーム」に報告したと言う事です。


 その他に、ヴィノ氏は南のさらに南にも行ったことがありました。

 アイラと言うこの星は、北半球と南半球があって、南半球でも南極に近いほうは、北半球の北極に近い方と同じで、だいぶ涼しいのだそうです。

 その南の南にある国で、無数の紫色の花をつける大きな樹があります。ある町のある人が、その紫の花の樹の植樹活動をしていて、南半球の春が来ると、その町の至る所で紫の花が咲き乱れます。

 それは随分見事な景観で、紫の花のトンネルを歩いていると、不思議な感覚がするそうです。

「向こうから、誰かが歩いてくるような気がするんだ。とても懐かしい人のような、とっても不思議な誰かが」と、ヴィノ氏は言っていました。

「その誰かって言うのは、どんな人?」と、僕は聞きました。「髪の色や瞳の色は? 服装は?」と。

 そうすると、ヴィノ氏は困ったような表情をして、「アラン。君は、『初恋の相手は』?  って聞かれたら、その人をパッと思い出せる?」と聞いてきました。

 僕はそう聞かれて、そもそも初恋が何時だったかを思い出す所から始めました。それで、「パッとは思い出せないなぁ……」と、言葉を濁しました。

「だろう?」と言って、ヴィノ氏は膝に乗せたアナントの背を撫でていました。


 そんな話を折々に聞いていた頃です。夜中にベッドに横になっていた時。ぺちぺちと何かに頬を叩かれました。

 アナントがベッドに入りたがってると思って、僕はブランケットの片側を、少し持ち上げました。だけど、アナントらしきその手は、顔を叩くのをやめません。

 ご飯が欲しいのか、喉が渇いている? と思って、僕は目を開けました。確かに、僕の顔を叩いていたのは、アナントでした。僕が彼に声をかけようとした途端、ベッドごと、世界が墜落し始めました。

 僕は咄嗟にアナントを抱き寄せて、ベッドの真ん中の方に座り込みました。

 悲鳴を上げようにも、声が出ません。

 僕の住んでいる部屋は三階建ての三階にありましたが、やけに落っこちる時間が長いのです。

 だけど、どんどん地面が近づいてきて、遂に墜落する! と思った途端、アナントが僕の腕の中で、ハッキリと「みゃーん!」と鳴きました。

 その途端、ベッドは落下をやめて、空中に浮きました。それ所か、羽が生えたように宙を飛び始めたのです。アナントが首を向けている方角へ向けて。

 一体、何処に行く気なんだ? と思ったら、僕は自分の家のベッドの上で目を覚ましました。床も壊れていないし、アパートメントが崩壊している様子もありません。

 変な夢だったなぁと思いながら、僕は首を枕に預けなおしました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ