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アイラの実りが揺れる声  作者: 夜霧ランプ
第二章~語り継がれる幻想のような~
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第八話「楔を穿って」

 天使(あまつか)いとなったキリクス少年を呼び出す方法は、何度も試されたようです。ですが、ナイジェルに操られている猫達も、分かっていました。

 天使いを完全に呼び出すには、楔となる者が天に行かねばならないのです。

 ノエルマータ達は、祈りだけで来てくれる代わりに、大量の「狂い羽」を楔として持ち帰ります。

 楔を提示する機と、天使いの来訪の順番はどちらが先でも良いのですが、どちらにしても「楔」は捧げなければなりません。

 ナイジェルは、レオ神と並ぶ「神性」を手に入れたはずの、高位の霊体を呼び出すのだと信じ切っているので、とんでもない楔を捧げる事を考えました。

 外部に居る猫を殺戮するように、部下に指示を出していたのです。

 キリクス少年が、どれだけ偉大な神になっていても、呼び出し言葉を交わせるように、外の世界で大量に猫を楔に捧げました。


 最初に、キリクス少年の霊体が呼び出された時、彼は笑っていませんでした。

 ナイジェルが呼び掛けても返事もせず、猫達の祈祷が終わると同時に消滅してしまいました。

 これではだめなのだと、ナイジェルは思いました。

 もっと盛大な祈祷と、もっと大量の楔が必要なのだと考えたのです。

 盛大な祈祷のために、子猫をたくさん集め、一年がかりで育てました。

 外の世界には、「特殊な狂犬病を猫達が媒介している。清潔な株は私達のほうで確保しておくので、猫達の殺傷処分を進めるように」と言う情報を流しました。


 キリクス少年は、確かに天使いになっていました。声だけの現象で、ナイジェルに「もうやめて」と訴えました。

 ですが、キリクス少年を召喚する事が、絶対的に正しいと思い込んでいるナイジェルは、何をやめれば良いのか分かりません。

 その言葉の続きを聞くために、ナイジェルは、自分が操っている猫達に、大量の「羽贄」を用意させました。

 星の力を吸い取っている「羽」達を贄に、全陸塊規模で「祈祷式」を行なおうと言うのです。

「キリクスは、何かの危機を訴えようとしてきている。それを天啓として受け取り、人間の生きる指針にしなければならない」と、ナイジェルは考えていました。


 そこまでの事情が分かってから、僕はそれまで記した記録を持ち、キャリーバッグにアナントを入れて、ヴィルヘルムの居る古井戸に行きました。

 そして、人間達が何故、猫を殺戮していたのかと、ナイジェルと言う人間が、自分の息子のキリクス少年の霊体を呼び出すために、「羽」達を贄にした大きな「祈祷式」を行なおうとしていると言う事を伝えました。

「人間の霊体が天使いに?」と、ある猫は不思議そうに言いました。「無いわけではないと思うが、『宿り手』になったとしても、人間がそれほどのエネルギーを得られる物か?」

 ヴィルヘルムは、暫く考えてから答えました。

「キリクスと言う少年そのものは、非常に清らかな状態なのだろう。だが、彼の父親は、明らかに少年の神性を汚そうとしている。

 それは神降ろしではなく、霊体の堕落を招くものだ。何とかして止めなければならない」

 若猫が、ヴィルヘルムに聞きます。

「人の子の霊が、何を起こせるって言うの?」

 ヴィルヘルムは答えました。

「私も確実な事は言えんが、少なくとも、人間の歴史書の何処かには、こう言った事態の記載があるかもしれない。堕落した天使いの成れの果てが起こした、陰惨な事件が」

 今度は、僕が色々調べなきゃならないみたいです。


「大アイラ辞典。人類と生命と星の結びつき。全五十巻」を前にして、僕は何処から読み始めれば、一番「目指した所」を拾い上げられるかを考えました。

 大アイラ辞典は、一度、一巻の一ページ目から、五十巻のあとがきまで読んだ事がありました。

 その中には、確かに数ヶ所、「原因の分からない大災害」の記述がありました。

 大農場で育てられていたサトウキビの全滅。畜産農場の牛達の内臓が、抉り取られて打ち捨てられていた現象。春に咲くはずの、果樹園の花の全枯死。肥沃だった川沿いの田畑の大乾燥。散策路が通されていた森の中の小動物が、ある冬にほぼ死に絶えた現象。

 幾つかを歴史書の中で見つけて、そのページにポストイットを貼りました。

 どの異変も、自然界と言うより、人間が操ろうとした「自然環境」を破壊するものでした。

 堕落した天使いと言うものは、人間を滅ぼそうとするのでしょうか。


「それらの現象を、天使い達がどうあって起こしたのかを、調べに行こう」

 その日の夢の中で、アナントはそう提案してくれました。

 夢の中に沈んで行く間、アナントはこんな事を言いました。

「本当に天使いが起こした事件なんだったら、何か理由があるはずなんだ。アラン。君も分かるだろ? 歴史書に書いてあった異変が、『人間がコントロールしようとしていた自然』の崩壊だって事は」

「うん。それは、何となく分かった」

 僕の答えを聞いて、アナントは言います。

「この星は、『自然』の定義に厳しいんだ。人が手を加えた物は、『自然』じゃなくなる。だけど、雑木林だけでは、人間は生きていけない。その折り合いが……」

 彼がそこまで言いかけた時に、僕達の目の前に、ある風景が広がりました。

 それは、大農園のサトウキビに群がり、その樹液を啜っている、酔っぱらったような様子の「天使い」達の姿でした。

 人間の姿をした者も居れば、猫や犬や鳥や、もっと別の野生の獣の姿をしている物も居ました。

 僕は最初、サトウキビを食べていると思ったのですが、彼等がサトウキビから啜っていた物は、かつて見た事のある、「洞の水」とよく似ていました。


 また、別の風景が見えました。畜産農場で育てられていた牛達に、やはり酔っ払っている様子の「天使い」が群がり、腹から内側を食って、「洞の水」と同じ成分を啜っています。

 一晩の間で、彼等は農場中の牛の内臓を啜ってしまいました。


 次の風景です。今度は果樹園。冬を越す前の、力を蓄えている果樹の枝や幹に、やはり「天使い」達が牙を立てています。

 彼等が、果樹の中に在った「洞の水」――つまり生命エネルギー――を啜ってしまった事により、果樹は花の蕾を開けないまま、枯死しました。


「ほとんど、確定したね」と、アナントは言いました。「堕落した天使いは、必要以上の『洞の水』を求めるようになるんだ」

 僕は、それまでの事情から、薄々考えていた事を口にしました。

「『洞の水』って言うのは、生命にとって大事な物なんだね?」

「そうだね」と、アナントは答えます。

「この星で生きて行くために、地上を流れる『水』と同じくらい大切な物なんだ。蟲達だけじゃなくて、人間にも、動物にも、天使いや、レオ神だって、それを必要としてる。

『洞』に蟲が住むように成ってから、一度、大地は乾いた。その後、救世主として語られている猫や、その使徒達の働きで、世界の『洞の水』の量は、少しずつ増えてきたんだ。

 だけど、たくさんあれば良いってものじゃない。洞の中で生まれる『狂い羽』が、何故、人を狂わせるか、分かるかい?」

 僕は予想したことを答えました。

「洞の水を……たくさん持ってるから?」

 アナントは、思った通りの答えだと言う風に、頷きました。

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