第三話「気づいてしまった猫達と一人の宿り手」
頭の中がふわんふわんになった猫が、路地を歩いています。
何処に行こうとしているわけでもない、その猫は千鳥足でした。
それに付け加え、へんてこりんな事を呟き続けています。
「カケスの巣の中からタンポポを拾って風船をつけて飛ばさなくては」と、何度も何度も。
彼はマタタビに酔ってるわけではありません。先日、猫達が古井戸から召喚した「蟲のような妖精」が、頭の真ん中に止まっているのです。
「おや。空羽に憑かれているね」と、ケープ猫は言って、その猫に近づきました。
フラフラふわふわしていた猫の頭に止まっている、優美な羽を持った蟲を、ケープ猫は手の先でつついて追い払いました。
その途端に、フラフラしていた猫は、目を瞬きました。
「ああ。お腹が空いた」と言って、その場にうずくまってしまいそうになります。
「私としては拒否感があるが」ケープ猫はそう前置きしてから、「もうすぐ、公園の慈善配給が始まる。人間達に捕まらないように、食事だけ頂いておいで」と述べました。
「ありがとうございます。ひゃあ、何日も眠ってたみたいだ」
フラフラ猫はそう言って、フラフラしたまま、公園のほうに歩いて行きました。
アナントは、首輪をしてから、ようやく「ハーディ家の屋根の上サークル」の長として復帰できました。
「屋根の上サークル」の猫達は、アナントが戻って来た事を大変喜びました。
みんなで、親愛の鼻キスをして、アナントの踵の辺りを、軽く噛みました。
「みんながしっかりして居てくれて、助かったよ」と、アナントは言います。「特に、ルターにはお礼を言わなきゃ」
その言葉を聞いて、岩盤浴に来ていた猫達は、顔を曇らせました。
「アナントママ。落ち着いて聞いて」と、若猫が言います。「実は、ルターは、猫狩りに遭ったんだ」
アナントはびっくりしました。
「どう言う事だい? 彼は、きちんと予防接種を受けていただろう?」
他の猫も、言いにくそうに口を揃えました。
「なんでも、一緒に住んでいた子犬が『保菌者』だと、決めつけられたらしいんだ」
「それで、ルターも巻き添えに」
「猫狩り役人達は、何かと理由をつけて、猫を屠ろうと頑張ってる」
「人間達の『猫狩りの理由』と言うのは、どうやら『蟲の住む洞』が関係しているらしい」
そこまでの話を聞いてから、アナントは次の言葉を言おうとした猫の口を、手で押さえました。
「待ってくれ。それ以上聞いたら、僕は居てもたっても居られなくなってしまう」
そう言われて、猫達はなだらかな撫で肩を、更に小さくしました。
「アナントママの『宿り手』は、僕達の社会の異常に気づくだろうか」
アナントは不思議そうに返しました。
「あの『宿り手』が気付いたとしても、何もできないよ」
しかし、猫達は口々に言います。
「いや、僕達の社会が、人間の手で潰されようとしてることは、分かると思う」
「それを文章にして、世の中に発表してくれれば、もしかしたら、猫族は救われるかもしれない」
「アナントママ。調べよう。人間達が何を企んでいるのかを」
「それで、君の『宿り手』に、僕達の危機を伝えるんだ」
口の数で押し切られ、アナントは、「分かった」と答えました。
「ただし、調査のためには、僕一人じゃ力不足だ。情報を集めるための、部隊を作ろう」
「それなら、何匹か、土羽を放とう」
「ヴィルヘルムに許可を得なきゃ」
「次の『祈祷式』の時に、土羽を召喚するから。準備が出来たら教えに来るよ」
猫達はそう言いながら、一匹、また一匹と、屋根の上から帰って行きました。
ヴィルヘルムと呼ばれているのは、先のケープ猫の事でした。
ケープ猫の下に集まった猫達は、ひそひそと何事か話し合い、ケープ猫のヴィルヘルムから「土羽」を召喚する許可を得ました。
それから、アナントは頻りに僕に「外に行く事」を勧めるようになりました。
玄関のドアをガリガリと引っ掻いているので、「外に出ちゃだめだよ」と声をかけると、「みゃぁん」と鳴きます。
なんとなく、その声が「そう言う事じゃない」と言ってるように聞こえた僕は、玄関のドアを細く開けました。
すると、玄関ドアの前には、「屋根の上サークル」の猫達が待っていたのです。
みんな、アナントに用事があるのかな? と思ったけど、どうやら違います。
どの猫も、はっきりと僕のほうを見つめて、尻尾を高くして先に歩いて行くのです。
猫が尻尾を高く上げるのは、「ついておいで」の印です。
準備のできていなかった僕は、慌てて傍らのコート掛けから上着を取ると、肩に羽織って猫達の後を追いました。
猫達は、歩いて歩いて、町の中の古井戸の各所で足を止めました。
古井戸に周りには既に何匹かの猫がいて、彼等は集まると、古井戸に向かって座り込み、何やら念じているように見えました。
僕は先を行く猫達に呼ばれて、どんどん別の古井戸に招かれました。
この町中に、幾つの古井戸があったと思いますか。少なくとも十五はあったのです。
最後の猫も配置に就くと、古井戸のほうを見ました。とても熱心に祈っているうちに、またあの、古井戸の蓋が光る現象が起きました。
ですが、今回の光は天に届かず、ドライアイスのスモークが地を這うように、零れ出してきたのです。
その光の中から現れたのは、無数にある目がちょっとだけ気味の悪い、地面を這う羽の生えた蟲に見えました。
土羽の働きは目覚ましく、瞬く間に猫達には情報が入って来ました。
猫達はハーディ家の屋根の上に集まって会議をしました。
「土羽が、人間達の会議の情報を持ってきた」
そう言って、ある猫が、銜えてきた土羽を会議の真ん中に起きます。
土羽は、透明な羽の部分を大きくしました。そこに、まるでトーキーのように、人間達の会議の様子が浮かび上がります。
その土羽を連れてきた猫は、その映像の中の一ヶ所を、爪で指し示しました。
「見てくれ、ここだ。小さいけど、『国家目標、年内の、国中の猫の半減』と書いてある」
「なんだって? それも、特殊な狂犬病を減らすためか?」
「いや、狂犬病についての記述は一切ない。単純に、猫を減らすことだけが話し合われている」
「猫を減らす……。つまり、僕達は、撲滅させられる?」
「何故?」
「そのヒントは此処だ」と言って、先の土羽を連れてきた猫が、再び爪で画面を指さします。「ほら、ブラックボードに書いた。『世界からの一掃。魔力を保有する者を』」
「どうやら、『特殊な狂犬病』と言うのは、存在しないらしいな」
「僕達の力を、『魔力』と呼んでいるの?」
「そう言う事だろう。一体、人間達の中で、何が起こっているんだ?」
「次の場面で分かる」と、土羽を連れてきた猫は言います。
壇上に立った人間が、何やら唱えています。
「なんて言ってるんだい?」と、聞いている猫達は耳をそばだてました。
ある、耳ざとい者が、聞き取った人間の言葉を復唱しました。
「新世界の神と神話のため、旧世界の『力ある者』を削除する。旧世界の力。今後、それを『悪魔』と呼ぶ事を決定する。猫は、その『悪魔』の乗り移った存在である」
ある猫が、結論を出しました。
「自分達の世界の統治のために、新しい『神話』を広めようとしているんだ」
猫達は、そして僕は、それに気づいて戦慄を覚えました。




