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アイラの実りが揺れる声  作者: 夜霧ランプ
第二章~語り継がれる幻想のような~
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第一話「猫屠る者と空色の出会い」

 田舎の町と言うのは、隣の町までの間に、農地や森や、運が悪かったら河や谷や山が存在して、高い確率で隔てられているものです。

 幸か不幸か、アナントの住む町は、周りを野菜畑と小麦畑で覆われているだけでした。

 だからこそ、先日の「猫狩り」を強行したような、人間の役人には気をつけなければなりません。


 穏やかな日差しが注ぐ、夏の涼しい日の事です。

 アナントの飼い主の家にも、猫狩り役人は訪れました。

「貴方のお宅で、猫を飼っているとお伺いしたのですが」と、用件の手前で役人は言葉を切ります。

「飼っていますが」と、アナントの飼い主も、それがどうしたと言いたい所をこらえました。ですが、どうしても目つきが悪くなってしまいます。

「世に広まっている、特殊な狂犬病の事はご存じですか?」と、役人も負けずに悪い顔で言います。

「知ってます。うちの猫は予防接種させてありますから、あなた達の手を煩わせるような事はありませんよ」

 そう言って、アナントの飼い主は、役人の鼻先で、バタンと玄関のドアを閉め、鍵をかけました。

 役人達は、どんどんと扉をノックして、「ハーディさん! 話は終わっていませんよ!」と、声を張り上げます。


 家主と猫は奥の間に引っ込み、その日は「ハーディ家の屋根の上サークル」も(おさ)無しで運営される事になりました。

 日光の心地好い日ですから、猫達は岩盤浴をするために、ハーディ家の屋根にも上っています。

 押しかけて来た二人の役人達は、それを外から見て、何やら話し合っているようでした。

「あんなに猫がいる」

「あれが全部この家の猫か?」

「そんなわけないだろう。きっと、他所の猫が集まってるんだ」

「どの猫が何処から来てるか、突き止めなきゃな」

「野良猫はどうする?」

「桜耳に成っていない者は、処分するさ」

 そのやり取りをドア越しに聞いたアナントの飼い主は、しばらくアナントには、家の中で過ごしてもらわなきゃならないな、と察したのです。


 アナントは、役人が来た日から暇を持て余しました。

 窓越しに、「屋根の上サークル」が、しっかり運営されている事を確認して居ますが、仲間と触れ合えない彼は、どうにも寂しそうです。

 一匹の「屋根の上サークル」の猫が、心配そうなアナントの表情を見て、彼に歩み寄りました。

「アナントママ。そんなにしょげる事はないさ」

 そう、手足と表情と尻尾の仕草で伝えます。

 アナントも返事を返しました。

「なぁ、みんな。ここに集まる事で、みんなの身に危険があるかもしれない事は、承知しているかい?」

 その応答を見た猫達が、アナントの前に集まりました。

「大丈夫。人間のやる事なんて、なんでも中途半端なんだから」

「そのうち、きっと何とかなる」

「僕達は、滅ぼされたりしないよ」

 そう、手振り身振りで伝えて、猫達は硝子越しに親愛の鼻キスをすると、日差しが赤くなってくるのを察して、ねぐらのほうに帰って行きました。


 アナントが家の中に隔離されて三日目、とうとう、彼の中のイライラが爆発しました。

 まずは、紙砂のトイレを徹底的に搔き回して、砂をトイレの外に放り出し、家中のあらゆる場所で爪を研ぎました。

 アナントの飼い主がそれを怒ると、アナントは「何だって言うんだ!」と、強い声で反発しました。

 飼い主には、「ミャーン!」と言う鳴き声にしか聞こえなかったようですが、飼い主は困った顔をしました。

 そして、何を思ったのか、アナントの首に首輪をつけたのです。

 金色のメダルを飾った紺色の革細工は、アナントの灰色の縞模様の毛皮によく映えました。

 ですが、アナントは「こんなもので首を絞めるなんて!」と、文句を言いました。後足の爪で引っ掻いて、どうにか首輪を外そうと頑張ります。

 でも、医療用カーラーと同じで、どうしたって自力では外せないと理解すると、アナントは不貞腐れてソファで眠りました。

 飼い主が、「アナント。眠るよ」と声をかけても、飼い主の枕元には行きませんでした。

 なんて言ったって、「貴方の事を信用しているわ」なんてアピールしたい気分ではなかったからです。


 夢の中のアナントは、小麦畑の中を何処までも続く、細い道を歩いていました。穂の実り具合から、夏も終わりの頃のようです。足元の影は少し灰色でした。

 茶トラ、白猫、黒猫、鯖トラ、キジ猫。色んな模様の猫達が、アナントの側を通り過ぎて行きます。

 そんな中に、青い猫が居ました。青みがかったグレーの猫ではありません。本当に、耳の天辺から尻尾の先まで、空色の猫なのです。

「ねぇ、君」と、アナントは声を掛けました。「なんで、君はそんなに真っ青なんだい?」

 すると、行き違いに通りすがろうとした真っ青な猫は、ハッとした顔をして、「君には、僕が青く見えるの?」と、逆に聞いてきました。

「ああ。お空みたいに真っ青だ」と、アナントは答えました。

「そうかぁ……。ようやく時間が来たのか」と、心底安心したように、青い猫は息を吐きました。

「何の時間だい?」と、アナントは尋ねます。

「ああ。君はまだ分からないのか」と、青い猫は言い、問いかけます。「この星の真ん中に、『(むし)の住む(ほら)』があるのは、知ってるだろう?」

「知らない猫は居ないよ」と、アナントは答えました。

「うん。その洞の蟲から毒を受けた猫は、その毒がすっかりなくなるまで、時間を待たなきゃならないんだ。僕も、ずっと昔に毒を受けてね。体はあっけなく死んじゃったけど、魂の形になっても、毒が抜けきるまで待たなきゃならなかったんだ。それで、ようやく空の色に成れるくらい、毒が抜けたんだ」

 そう言っている青い猫の周りに、白い光が集まってきました。

「ようやく、天空川(アマゾラガワ)を越えられる。ああ、長くかかった」

 青い猫は、そのような歓喜の言葉を残すと、白い光に包まれて、一閃、空の彼方へ飛んで行きました。


 その夢から覚めると、アナントは一人でソファで眠っていました。なんだか、無性に寂しい心地がしました。

 静かにソファから降りて、飼い主の眠っている寝室に行ってみました。ご丁寧な事に、扉が細くあけられています。

 僕の「宿り手」は、非常に寂しがり屋なのだろう。

 アナントはそう思って、物音を立てずにベッドの近くに行くと、ひらりと飼い主の枕元に飛び乗り、涎を垂らしている飼い主の枕元で、眠ってあげました。


 翌朝、アナントの飼い主は、目が覚めると同時に、枕元のアナントに気付きもせず、書斎に駆け込みました。

 ノートブックを取り出し、万年筆を数回振ってから、つらつらと文章を綴って行きます。

 飼い主の枕元で様子を伺っていたアナントは、何となく「宿り手」の頭の中の事が分かりました。

 どうやら、飼い主も夢の中で、真っ青な猫に出会ったようなのです。

 あの時のヴィノ氏は、アランと言うこの飼い主に向かって、人間の都合に良い事を言っていましたが、この星に生まれた猫が「宿り手」を決めると、夢の中の事が伝わってしまうのは、どうしようもない現象なのです。

 アナントの飼い主は、それを文章に書いて、どうやら自分の食い扶持にしようとしているようなのですが。

 さぁ、上手く行くんでしょうかねぇと、他人事のようにアナントは思うのでした。

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