第十七話 エルフの村のお祭り
エルフの村が祝賀ムードに包まれている。
広場には彩り豊かな飾りつけが施され、焚き火の周りでエルフたちが踊りを披露している。鮮やかな衣装を身にまとった子供たちが輪を作り、楽しそうに跳ね回る姿が微笑ましい。
「さあ、主役の登場だ!」
屈強なエルフの男たちが俺を肩車して、広場の中央に運び込んだ。
「ちょ、やめろ、降ろしてくれ! こういうの、慣れてないんだって!」
俺の抗議にも関わらず、彼らは笑いながら俺を掲げ続ける。
「ソータ様のおかげで村は救われましたぞ!」
「そうだ! あの落とし穴をともに掘った思い出は、武勇伝として語り継ぎます! 一生忘れませんぞ!」
彼らの誇らしげな表情に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
※ ※ ※
祭りの中心には、豪華な食事が並べられている。
エルフの長老が壇上に立ち、声高らかに挨拶を始めた。
「ソータ殿。この村を救っていただき、心より感謝申し上げます。貴方がいなければ、わたしたちはギガマンティスに飲み込まれていたことでしょう」
長老の言葉に、村中が静まり返る。そして、一瞬の沈黙の後、大きな拍手と歓声が広がった。
「えっと、俺、大したことはしてないですから! 本当に、皆さんの協力のおかげです!」
恐縮しながらも頭を下げる俺に、長老が微笑む。
「貴方が村を導いてくださったのです。その勇気と知恵に感謝します」
そう言って、長老は深々と頭を下げた。俺は再び照れながらも頷くしかなかった。
「いえ、その、まあ、はい……ども」
感謝され慣れていない、俺の人生を象徴するようなごまかしのリアクションをしてしまう俺。
いやだって仕方ないだろう。
ずっと日陰で暮らしてきたんだから。
「こんなごちそう、初めて見るな……」
テーブルには香ばしい肉のロースト、たっぷりの野菜が添えられたサラダ、果実を使ったデザートが所狭しと並んでいる。その隣では、ウルフがエルフたちから特製の骨付き肉を与えられて、満足そうに尻尾を振っていた。
「がうがう!」
ウルフが肉を食べながら嬉しそうに吠える。
「よかったな、ウルフ。こっちでもめちゃくちゃもてなされてるじゃねえか」
エルフの子供たちが「かわいい!」と言いながらウルフを撫でまわしており、ウルフはそのたびに「クゥーン」と鳴いてさらに愛嬌を振りまいている。
「ソータ様、どうぞお召し上がりくださいませ」
リリアーナが微笑みながらすすめてくる。彼女は普段の装いとは違い、姫らしい正装を身にまとっていた。繊細な刺繍が施されたドレスが、彼女の気品をさらに際立たせている。
「リリアーナさん、きれいですね……」
思わず本音が漏れる。
「ありがとうございますわ。わたくしもソータ様に感謝を伝えたくて、このような席を設けさせていただきましたの」
リリアーナが深々と頭を下げる。
「いや、そんなに畏まらなくても。俺、借金返済のつもりでやってただけだし……」
「いえ、村の皆が感謝しておりますわ」
リリアーナの言葉に続くように、マンティスから助けられた母親と子供が俺のもとにやってきた。
「ソータ様、本当にありがとうございました! 命の恩人です!」
母親が涙を浮かべながら頭を下げる。その隣で子供がぺこりとお辞儀をした。
「いえいえ、俺なんか大したことしてないですよ」
「メルもお礼言いなさい」
「ありがとう!」
屈託のない笑顔に、俺は思わず頬が緩む。
※ ※ ※
祭りはさらに盛り上がりを見せる。
「ソータ様、ぜひ踊りを!」
踊りに誘われるが、俺はそっと断った。どうせリズム感もないし、こんな場で踊ったら笑いものだ。
「いえいえ、大丈夫です、俺は見てる方が好きだから!」
ラジオ体操ならできる。
今度、エルフたちを集めて、一斉にラジオ体操してみようかな。
それだったら興味ある。
と、陰キャ特有な感じで、一人の世界に入っていたところ、
俺の周りには、若いエルフの女性たちが集まってくる。
「ソータ様、次はどんな活躍をされるのですか?」
「このまま村に留まってくださってもいいんですよ?」
「リリアーナ様もぜひにといっておりますわよ?」
みんな、そろいもそろって超美人なものだから、会話するだけでもぎこちなくなってしまう。
「いやいや、俺なんかいてもなんも役に立たないんで……!」
頬を赤らめながらも、彼女たちの視線にタジタジになる俺。リリアーナが遠くからこちらを見て、微笑みながらもどこか不満げな顔をしているのが気になる。
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夜が更け、祭りもクライマックスを迎える。
村の中央がもっともにぎやかで、俺はそれが少し苦手だったためすこし離れたところにある焚き火の前に座っていた。ウルフも俺のとなりですやすやと眠っている。
そこに、すっとリリアーナが並ぶように座ってきた。ふと感慨にふける。
「エルフの宴会って、すげえな。こんなに歓迎されたの、初めてだよ」
「それだけ皆がソータ様に感謝している証ですわ」
リリアーナの言葉に、俺は少し照れながらも頷いた。
ふと、リリアーナが俺を真剣な目で見つめる。
「あの、わたくし……ソータ様に申し上げたいことがございますの」
「ん? なんだよ」
リリアーナは顔を赤らめ、視線を落としながら小声で続ける。
「わたくし、はじめてソータ様とお会いした時」
「はい」
「はっはははっは!」
「? なにかおかしかったですか?」
「違います! はっははははは裸を見られたので!!」
「! ああ!!」
「でででですから、わたくしたちは、け、けけけっけっこんするしかありませんの!」
「はぁっ!?」
突然の爆弾発言に俺は吹き出しそうになる。
「もう、きまってしまっておりますので……し、しかたありませんわよね!」
リリアーナが俺の腕を引っ張り、異様な勢いで迫ってくる。
「いやいやいや、待って! リリアーナさん、めちゃくちゃ可愛いし美人だしお姫様だけど……」
「だけど?」
この子、たぶん何千年歳って感じなんだよね!?
年の差何歳婚になんの!?
いや、そもそもそういう以前の問題でもあるけどさ!
たじろぐ俺を見て、リリアーナの表情が曇る。
「うう……やはりわたくしの貧相な身体では、お気に召しませんのね……」
「いやいやいや、そういうことじゃなくて!」
思わず声を荒げてしまったが、リリアーナがしょんぼりしているのを見て、焦りながらフォローする。
「あなたの身体はきれいでした!」
「……!」
リリアーナが目を丸くし、俺は自分の発言を即座に後悔する。
「何言ってんだ俺!?」
自分で自分にツッコむ間もなく、リリアーナが嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「ソータ様、そうおっしゃっていただけて光栄ですわ」
さらに距離を詰めてくるリリアーナ。
「本当に謙虚な人……美しいわたくしのもとに嫁ぎ、エルフの長になるという立場を欲しがらないなんて……」
「いやまあ……はい」
けっこう自分のこと高くみてるっすね、この姫様。
「エルフの秘宝だけでなく、なんでも手に入れることができるんですのよ?」
「あー、それなんだが」
リリアーナが期待に満ちた瞳でこちらを見つめる中、俺はそっと手を上げた。
「エルフの秘宝はいらない」
「え!? いまなんと?」
「だから、エルフの秘宝はいらない」
一億クルナの価値があるものだけどな。
「そのかわり、別に欲しいものがあるんだ」