第53話 愛に殉ずる
だが、アラン殿下の剣は、振り下ろされる寸前でパトリック様の銀の剣に弾かれる。
甲高い金属音が鳴り響き、二人の王子が正面から剣を交える形になった。
パトリック様が必死に言い聞かせようとするかのように呼びかける。
「アラン、何をしている。アンジェリカはもはや救いようがなかったんだ。あれ以上放っておけば、もっと多くの罪なき人が死んだんだぞ」
それでもアラン殿下は聞く耳を持たない。
錯乱したかのように、無造作に剣を振り回す。
その剣技は本来、学園できちんと鍛錬を積んだものだったが、今は憎悪と絶望に駆られているせいか、むちゃくちゃな動きになっている。
近衛騎士が割って入ろうとするが、わずかに遅れた。わたくしは炎で飛び込むわけにもいかず、神官たちも人間を傷つける魔法を放つ躊躇があるらしく、一歩も踏み込めない。
パトリック様が苦しそうに叫ぶ。
「アラン、もうやめろ! 私はおまえを傷つけたくはないんだ」
アラン殿下は凄絶な表情で剣をすり合わせながら唸る。
「アンジェリカを殺したのはおまえたちだ。俺が彼女を救おうとしたのに、おまえたちがすべてを奪った」
わたくしは震える声で止めに入ろうとする。
「殿下、どうか聞いてください。アンジェリカはもう……人間ではなかったのです。これ以上の犠牲を出さないために……」
しかし、アラン殿下はわたしの言葉を振り払うかのように、勢いを増してパトリック様を押し込み、さらに剣を振るう。
本来であればパトリック様が押されるはずはないのだが、どうしても血の繋がった相手ということで躊躇してしまうのだろう。
パトリック様の剣には切れ味がまったくない。
むしろセオリーを無視したアラン殿下の剣技に振り回されているように見える。
次の瞬間、銀の剣が弾き飛ばされてしまった。
「パトリック様!」
わたくしは息を呑む。
パトリック様が危ない!
騎士団が駆けつけようとするが、アラン殿下の剣は、もう間合いに入り込んでいる。
わたくしが魔法で止めれば、アラン殿下を消し炭にしてしまうかもしれない。
どうすればいいのか分からず、時間が一瞬止まったかのように感じられた。
その刹那、パトリック様が弾き飛ばされた剣とは別に、もう一本の剣を振る。
王家の宝剣。これまで背に背負っていたそれを、咄嗟に抜き放ち、アラン殿下の胸元へ突き込むように反撃を繰り出す。
アラン殿下は意表を突かれたのか、かわしきれずに刃が深々と貫いた。
「ぐっ……」
アラン殿下の口から短い声が漏れる。
わたくしは愕然とする。パトリック様がとっさに反撃してしまったのだ。
アラン殿下の剣は宙を舞い、床にガランと落ちる。
彼はふらりと膝をつき、パトリック様が取り落とした宝剣を見下ろすようにして倒れ込む。
「アラン……っ」
パトリック様は慌てて、アラン殿下を抱きとめようとする。
近衛騎士や神官が駆け寄るが、胸から流れる血が床を染め、わたくしも近づいたものの、何もできない。
ゾンビではないから浄化の炎も意味をなさないし、治癒魔法が間に合うとも思えない。
わたくしたちが見守る中、アラン殿下はかすれた声で一言だけ呟いた。
「アンジェリカ……」
そうして力なく瞳を閉じ、動かなくなった。
わたくしはひざまずき、顔を伏せる。
失われた命が多すぎる。タイラーもアンジェリカもアラン殿下も、もう二度と戻ってこない。
戦いはようやく終わったが、この結末はなんとも後味の悪いものになった。
不思議と、アラン殿下の顔は満足気な様子だった。
もしかしたら、わたくしたちに剣を向けたのは、倒そうと思ったのではなく、アンジェリカへの愛に殉ずるつもりだったのかもしれない。
深い沈黙のなか、パトリック様が倒れたアラン殿下の亡骸をそっと抱え上げる。
わたくしは胸を焼きつく痛みに耐えきれず、思わず目を伏せてしまう。
「王宮へ戻りましょう。皆を弔わないといけませんわ」
そう言って、わたくしは杖を握る手を緩めた。
「そうだな……。アンジェリカが消えた今、下町や学園を苦しめていたゾンビも力を失っているはずだ。急ぎ復興と、弔いと、報告を済ませなくては」
パトリック様の言葉に、これで終わったのだと、実感がわいてこないまま、わたくしは深く息をついた。
わたくしたちは二人の亡骸――アラン殿下とタイラーを大切に運びながら、沈黙の行列をなすように廃城を離れた。
途中、荒れ果てた中庭にはまだ少数のゾンビが徘徊していたが、アンジェリカを失ったせいか抵抗することもなく《浄化の炎》を受けて、灰になって崩れ落ちた。
残ったゾンビたちも、攻撃してこないのであれば、いずれ《浄化の炎》で浄化することができるだろう。
これで、本当に、なにもかも終わったのだ。
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