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第52話 アンジェリカの最期

「パトリック様、首を切り落とす以外に方法はありません。切断面にわたくしの炎を叩き込めば、再生を阻止できるはずです」


 パトリック様は目を見開くが、すぐに理解したように大きく頷く。

 すでに通常の浄化で倒せる段階を超えている以上、それしかない。


 人間であった頃のアンジェリカを思えば、あまりにも非情な手段だが、そうしなければ王都はさらなる血に染まるだろう。


「神官長、聖水をさらに集中的に頼む。動きを止める時間が少しでもあればいい」


 パトリック様がそう言うと、神官たちが樽を抱えて前に進み、霧状の聖水をアンジェリカの足元や周囲に撒きつつ、結界の簡易術式で彼女の動きを鈍らせようとする。


 アンジェリカは光弾で次々と吹き飛ばそうとするが、神官も必死に避けながら樽を倒して大量の聖水を床へ広げていた。


 水浸しになった床は一種の神聖領域と化していて、彼女が足で踏むたびに炎のような痛みが走るのか、わずかに動きが鈍っているように見える。


「今です」


 わたくしは小さく叫び、再度《浄化の炎》を杖に宿す。

 パトリック様が銀の剣を高く構え、目で合図を送ってきた。


 二人の呼吸が揃う瞬間を待ち、アンジェリカが一瞬バランスを崩したその隙を見逃さない。


 パトリック様は渾身の力で駆け出し、銀の剣を水平に振り抜く。


 アンジェリカが回避しようと身を翻すが、床の聖水によって足が滑り、さらに神官の術式が脚に絡みついたことでスピードを落とした。


 鋭い銀光が閃き、彼女の首を正確に捉えた。


 瞬間、血の代わりに光の粒子が弾けるように舞い散り、首が落下する。

 わたくしは同時に《浄化の炎》を切断面へ叩き込む。


 白い爆炎が彼女の首と胴体を分断したまま燃やし尽くそうとする。


 アンジェリカの両目がまるで何かを訴えかけるように見開かれ、口を開きかけたが……言葉にならないまま、炎の中に呑まれた。


 視界が歪んで見えるほどの閃光が走り、次の瞬間、あれほど強大だった魔力がふっと消える。


 気づけば、アンジェリカだった存在は灰と化して床へ散り、風もないのにふわりと舞い散った。


「やった……アンジェリカは倒れた……」


 騎士の誰かが声を上げるが、わたくしは杖を支えにして膝を折りそうになるのを必死で耐えていた。


 強烈な魔力のぶつかり合いから解放されたせいか、身体の力が一気に抜けてしまう。


 同時に胸の奥がぎゅっと痛む。

 あれほど大きな存在だったアンジェリカを、こういう形で終わらせてしまった事実が、今さらながら重くのしかかってくる。


「ごめんなさい……」


 思わず小さく呟いてしまう。

 わたくしの声は誰にも届かない。


 でも、それでいい。

 それが、いい。


 わたくしの悔恨は、きっと誰にも理解できないだろうから。


 パトリック様は銀の剣を下ろし、肩で息をしている。彼も無理を重ねていたし、この戦いがもたらした悲しみをまだ受け止められないのだろう。


 誰もが無言になる中、廃城の奥から足音が聞こえ、大広間の入口へ人影が現れる。


 灰の中に跪いていた騎士たちもとっさに身構えるが、その相手はゾンビではなかった。


「アラン殿下……」


 アラン殿下は、人間のまま、憔悴しきった表情でこちらを睨んでいる。

 どうやら、アンジェリカが灰になったタイミングで姿を現したようだ。


 アラン殿下の目には狂気に近い怒りが宿っている。


「許さない……」


 彼はかすれた声でつぶやき、視線をアンジェリカだった灰の山へ移す。

 その鬼気迫る形相は、ゾンビ以上の恐怖を感じさせた。


 騎士団の何人かがアラン殿下を止めようと近づくが、彼が放つ威圧感に足をすくませ、動きが鈍る。


 ゾンビではないため、聖水や浄化の炎が通じるわけでもなく、彼自身も剣を持っている。


「アラン殿下……落ち着いて」


 わたくしが声をかけると、アラン殿下はわたくしを忌々しそうに睨む。


「おまえさえいなければ……アンジェリカは助かったかもしれないのに……余計なことをしてくれたな」


 次の瞬間、彼は剣を抜いて迫ってきた。


 わたくしはとっさに炎で対抗しかけるが、相手はゾンビではなく人間だ。

 まともに炎をぶつければ彼を殺してしまうかもしれない。


 躊躇した隙に剣が間近に迫り、わたくしは反射的に後ずさるが、疲労で足がもつれそうになる。


「殿下、やめてください!」


 騎士が声を上げるが、アラン殿下の剣は、わたくしに向かって振り下ろされた。

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