第50話 アンジェリカとの対峙
タイラーを失ってから、それほど時間が経っていないはずなのに、城内の時間はどこか止まっているかのように感じられた。
彼は最後にアンジェリカの名を呟き、わたくしたちに託して逝ってしまった。
どうにか助けられなかったのかと、後悔が尽きない。
周囲を探索していた騎士の一人が低い声で報告する。
「奥へ続く廊下があります。扉は閉ざされていませんが、そちらから妙な気配がしているような気がします」
パトリック様が目を上げ、わたくしに目で合図する。
わたくしも頷き、少しでも気力を奮い立たせる。
きっとアラン殿下もアンジェリカも、廃城のさらに奥にいる。
ここで立ち止まるわけにはいかない。
「タイラー様をここに置いていくのは心苦しいですが……」
ここを立ち去る前に、わたくしは床に膝をつき、静かにタイラーの亡骸に手を伸ばした。
「……安らかに。わたくしが、アンジェリカを、止めてみせますわ」
そう小さく呟き、わたくしは再び立ち上がる。
心の中で湧き上がる悲しみは尽きないが、その感情を糧にして前へ進まなければならない。
廊下は幾重にも折れ曲がり、壁は苔に覆われ、床には砕けた石柱の破片や木製の家具らしき残骸が散乱している。
かつての王族の居城だと思えば、あまりに凄惨な光景だ。
「気を付けて。罠があるかもしれない」
パトリック様が低い声で警告する。
騎士たちは剣を握り、神官たちは聖水の瓶を用意している。
しばらく進むと、廊下の突き当たりに大きな扉が現れた。
古びた銀色の飾りが付いた重厚な扉で、すっかり錆びついているようだが、不自然なほどきれいな状態の取っ手が目に付く。
まるで最近誰かが開け閉めした痕跡があるようにも思える。
「ここが奥の部屋でしょうか…」
「開けるぞ。構えを」
パトリック様が銀の剣を握りしめ、一人の騎士が扉に手をかける。
神官長が聖水を準備し、わたくしも杖を構えた。
息をつめながら、騎士が力を込めて扉をゆっくりと押す。
きしむような音とともに扉が開き、内部の空気がわずかに動く。
視界に入ってきたのは、広々とした部屋だった。
床は大理石で、柱が何本も並び、天井には複雑な彫刻が施されている。
中央付近に、背の高い玉座のようなものが置かれているのが見える。
よく見ると、その玉座の周囲に白い煙のような靄が漂い、何か発光しているようだった。
わたくしとパトリック様が一歩足を進めようとした、その時。
ふいに、空間が歪むような感覚が広がった。
そして部屋の中央に、圧倒的な存在感を持つ影が姿を現す。
「アンジェリカ…?」
わたくしは思わずそう呼びかけた。
そこに立っていたのは、まるで腐敗の進んだ屍に光のオーラが纏わりついたような、言葉にしがたい異様な姿。
かつてはピンク色の髪の愛らしい少女だったはずなのに、今は青白く変色した頬、虚ろな瞳、何よりも強大な魔力が渦巻いている。
彼女がゆっくりと顔を上げる。
腰や服には乾いた血痕らしき汚れがべったりと付着していて、右腕にはいくつもの黒い斑点が走っている。
あれはゾンビとしての腐敗が始まっているのだろうか。
それでも、光の力だけは衰えていないらしい。
強烈な光の魔法の気配を周囲にまき散らしていた。
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