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第49話 タイラーとの再会。そして

 わたくしは一瞬、目を疑った。


 タイラーは人間の姿のままゆらりと立っていて、私たちをじっと見つめる。

 その横にはゾンビが数体徘徊するように動いていたが、彼を襲う様子はない。


 むしろゾンビはわたくしたちの方へゆらゆらと向かってくる。


「タイラー様…… 生きていらしたのですね。良かったわ」


 わたくしは思わず安堵の声を上げる。

 パトリック様も剣を下ろし「タイラー」と呼びかける。


 だがタイラーはうつむいたまま小さく首を振るような仕草をし、ゾンビたちを背後に庇うように動いた。


「どうして、ここへ」


 タイラーの声は弱々しいが、しっかりとした調子を帯びている。

 わたくしは杖を構えたまま返事に詰まった。


 パトリック様が代わりに答える。


「君たちを追ってきた。それからアンジェリカの行方を知りたい。ここにいるのか」


 タイラーは目を閉じ、しばらく沈黙した。

 呼吸が乱れているのか、胸が小刻みに動いているのが分かる。


 やがて顔を上げた彼の瞳には、苦しみと懇願が混ざっていた。


「アンジェリカは……まだ正気を失ったわけじゃないんだ。俺たちのことをうまく説明できないけど、完全には忘れていない。だから、俺は彼女を守るためにここへ来たんだ……」


 わたくしの胸に、じわじわとした痛みが走る。


 アンジェリカが完全に正気を失っていないとしても、既に大勢が犠牲になった事実は変わらない。


 タイラーのこの様子では説得しても、話が通じているのかどうか、はなはだ疑問だ。


 それでも彼は、最後の希望を抱いているのだろう。


「アンジェリカのところへ案内してください。きっとパトリック様とわたくしで人間に戻せますわ」


 他のゾンビたちと違って、アンジェリカは戦闘には参加していない。

 であれば、体の損傷もなく、人間に戻れるだろう。


 だがタイラーは首を振る。


「おまえらがアンジェリカを殺すなら、俺を先に倒せ。彼女は悪い子じゃない。ただ、どこかで少し道を間違えただけなんだ」


「いえ、殺しはしません。パトリック様の聖水とわたくしの《浄化の炎》で――」

「黙れ! 俺は騙されないぞ!」


 タイラーはわたくしの言葉など、一向に聞こうとしない。


 やはり、こうなるのか。

 わたくしは悲しみを噛みしめる。


 大広間の空気がさらに重く感じられた。


「タイラー、時間がないんだ。多くの人が死に、さらにゾンビが増え続けている。きっとこれはアンジェリカを浄化しなければ止まらない。それでも君は守るのか」


 パトリック様が問い詰めるが、タイラーは頑として譲らない。


 すると、そのやり取りを尻目に、タイラーの背後のゾンビたちが動きを見せ始めた。


 不気味な唸り声を上げながら、こちらへじわりと距離を詰めてくる。

 タイラーが抑えようとする素振りを見せるものの、効果がないのか、ゾンビの何体かがわたくしたちのいる方向へ向かい始めた。


「全員、構え! 神官は聖水の準備を」


 パトリック様の命令に、わたくしたちは一斉に攻撃態勢を取る。


「待て、こいつらは危害を加えるつもりは……」


 そんなタイラーの言葉が終わる前に、ゾンビたちは騎士の一人に飛びかかろうとする。

 パトリック様が剣を振り、下から突き上げるように斬撃でゾンビを吹き飛ばし、わたくしも小規模な炎を放って一瞬怯ませる。


「タイラー様 下がってください。どのみち噛まれたら終わりなのです」


 わたくしの言葉に、タイラーは振り返りながら力なく首を振る。


「違う。俺は、彼女を守るために……」


 しかしその言葉の途中で、さらに後方から新たなゾンビが現れて、騎士団の背後を襲おうとする。


 その混乱の中で、どこか中途半端に立ち回ったタイラーが、斜め後ろから迫るゾンビに気づくのが遅れた。


「タイラー様、危ない……!」


 わたくしが声を張り上げるより先に、ゾンビがタイラーの首に噛みつく。


 一度ゾンビになった者は襲わないのではなかったの……?

 それともただ単に目の前にいたから嚙みついただけなのだろうか。


 いずれにしても、タイラーの首から血が噴き出すのが見えた。


「ぐあっ……!」


 悲鳴が大広間に響いた。


 わたくしは慌てて《浄化の炎》を放ち、ゾンビを引き剥がす。

 だがタイラーは大きく膝をついている。


「大丈夫かっ」


 パトリック様も駆け寄ってきた。


 わたくしは急いでタイラーを浄化できるか試そうと魔力を込めるが、一度人間に戻った後に再度噛まれた場合どうなるのか、はっきり分からない。


 それでも試すしかないと決心し、杖を掲げて炎を宿す。


「タイラー様、耐えてくださいね。すぐに浄化しますわ」


 だが彼の傷はゾンビ化による腐食だけでなく、致命的な出血を伴っている。

 この状態で《浄化の炎》を使って、灰にならずに済むのだろうか……。


 戸惑っているうちに、タイラーが顔を上げてわたくしの腕を掴んだ。


「もう……いい…… アンジェリカを……頼む……」


 首から血が噴き出し、目が虚ろになっていく。

 これではもう、助からない……。


 タイラーも自覚したのだろう。その震える唇が、ゆっくりと動く。


「アンジェリカを……救ってやってくれ……」


 そう言うと、タイラーは崩れるように床に倒れ込み、大きく咳き込んだかと思うとそのまま息を引き取ってしまった。


 騎士たちは呆然と立ち尽くし、パトリック様も悔しそうに拳を握りしめている。

 わたくしはショックで足が震え、その場に尻餅をつくように座り込む。


「こんな……形で……」


 わずか数時間前までは同じ王宮にいて、いつか一緒に国を護る仲間になれるかもしれないと思っていたのに、結局、助けられなかった。


 タイラーはアンジェリカを守りたかった。


 彼女にまだ理性が残るなら、それを信じたいと願い続けた結果が、これだ。

 アンジェリカのせいだけではないけれど……それでも、彼女に関わらなければこうして死ぬことはなかったはずだ。


 大広間の空気は凍りついたように静まり返り、わたくしは拳を固めながら涙を堪える。

 パトリック様が静かにタイラーの亡骸へ近づき、目を閉じさせてあげた。


「すまない。きみの想いを、私たちはくみ取ることができなかったのか」


 わたくしは起き上がろうとするが、足に力が入らない。

 それでも何とか杖を支えにして立ち上がる。


 騎士たちも沈黙したままタイラーを弔おうとするが、ゾンビがまだ残っているかもしれない以上、安全確保を優先しなければならない。


「ヴィクトリア、残りのゾンビを排除しよう。そして……タイラーを弔う時間を作ろう」


 パトリック様の言葉に、頷くだけで精一杯だった。

 どうして、こんなにも多くの命が失われねばならないのだろうか。


 学園、王宮、そしてこの廃城に至るまで、何度となく目の当たりにした惨劇。

 もうこれ以上の「死」など見たくない。


 わたくしは震える手でタイラーの頬を少し撫でた。


「わたくしが……アンジェリカを、どうにかしてみせますわ。これ以上……もう誰も死なせないためにも……」


 声が震え、涙がこぼれ落ちそうになるのを必死に堪える。

 パトリック様がそっとわたくしの肩を抱いた。


「無理はしないでくれ。私もいるのだから」


 わたくしは唇を噛み、覚悟を決めた。

 アンジェリカが正気を取り戻して、人間として悔い改める余地が残っているのならば、救うために全力を尽くす。


 けれど、もしそれが叶わず彼女が暴走するなら、これ以上の犠牲を出さないために、わたくしは命をかけてでもアンジェリカを封じなければならないだろう。


 タイラーの死に報いるためにも、ここで立ち止まるわけにはいかない。


「先へ進みましょう」


 わたくしは杖を強く握る。

 きっとこの先に……アンジェリカが待っている。

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どうぞよろしくお願いします!


いつも誤字報告をしてくださってありがとうございます。

感謝しております(*´꒳`*)

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