第47話 廃城へ
馬車が揺れるたびに、車輪のきしみ音が鼓動を乱す。
道中でゾンビが再び現れないという保証はないが、今は不自然なほど静かだ。
これが嵐の前の静けさだと感じるのは、わたくしだけではないだろう。
パトリック様も馬上で警戒を解かず、神官長は周囲の神官たちに「いつでも聖水を撒けるようにしておけ」と命じる。
騎士団も得体の知れない恐怖を押し殺しながら固い表情を保っている。
少人数で危険地帯へ踏み込むのだから、気が張り詰めるのは当然だ。
そして、静寂の中に漂う一抹の不安を抱えながら、わたくしとパトリック様は廃城へ向かう道を突き進んでいく。
小康状態とは名ばかりで、どこでまたゾンビの大群が出現するか分からない。
だがそれでも、わたくしたちは進むしかない。
この長い長い悪夢に、終止符を打つために。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車の揺れがこんなにも神経に触れるとは思っていなかった。
夜明けから数時間経ち、いまは昼前なのだろうか。
空は陰鬱な灰色で、まるで太陽が存在しないかのように見える。
王宮を後にしてから、わたくしはこの先に待ち構える何とも言えない不安を胸に抱えたままだ。
ほんの数日前に過ぎなかった学園生活は、もう遠い昔のよう。
あの時から、ずっとわたくしたちはゾンビと戦い、人を救い、そして命を落とす者を見届けてきた。
廃城があるという方向は、学園方面からさらに奥へ向かって、山を越えた荒野に近い場所らしい。
そこに本当にアンジェリカがいるのだろうか。
神官長がわたくしに声をかけてきた。
「ヴィクトリア嬢、無理はなさらず。まだ身体は万全ではないのでしょう」
わたくしは馬車の窓を少し開け、小さく深呼吸をして空気を入れ替えた。
そよ風が顔を撫で、多少は気分が楽になる。
「ありがとうございます。けれど、わたくしが休んでいるわけにも参りませんので大丈夫ですわ」
本音を言えば、不安で押しつぶされそうだった。
魔力はかなり回復してきたが、それでも連日の激戦と消耗が身体に蓄積されているのが分かる。
それに、これまで何人もの人を救えずに見殺しにしてしまった苦い記憶が、頭から離れない。
けれど、それでも進むしかない。
ここでわたくしたちが止まってしまったら、王国は……そしてアラン殿下もタイラーも、……アンジェリカも、取り返しのつかない未来を迎えてしまうだろうから。
かつてはヒロインの一人として輝いていたかもしれないアンジェリカは、今や光魔法を持つゾンビとなり、多くの人を苦しめている。
アラン殿下やタイラーは、一度ゾンビ化してから人間に戻った免疫を頼りに、彼女を救おうとしているのかもしれない。
そんな救済が果たして有り得るのか。それとも、もはや最悪の結末しか待ち受けていないのか。
考えるほど、心が暗い迷路に陥る。
近くの森や草むらに、ゾンビの気配がないかを探りながら進んでいる騎士の一人が、馬を操りながら馬車の脇まで近づいてくる。
「報告いたします。ゾンビたちは今のところ散発的に出没するだけで、数が多いわけではありません。どうにか聖水で対処できています」
そう報告を受け、わたくしはほっと安堵する。
下町から離れてこの荒れた道に入ってから、何度かゾンビの姿を見かけはしたが、大群ではなく小集団が彷徨っている程度だった。
その都度、神官たちが聖水を撒き、わたくしが《浄化の炎》を使ってゾンビを排除してきた。
このまま廃城まで大きな戦いなく進めればよいのだけれど……。
パトリック様の声が 先頭から聞こえてきた。
「先ほどの分かれ道を過ぎれば、廃城の入り口まであと一時間ほどだ。焦らず進もう」
わたくしは馬車から身を乗り出すようにして、パトリック様の後ろ姿を見つめる。
銀の剣に加えて王家の宝剣を背負う姿は、まさに騎士の中の騎士という印象を受ける。
けれど、彼自身もまだ疲労の色を隠せてはいない。
アラン殿下がまたゾンビになってしまった場合は、今度こそその手で倒さなければいけないという覚悟が、彼の表情をさらに険しくしているのだろう。
「ヴィクトリア嬢」
神官長が再びわたくしに声をかけてくる。
「もし廃城でアンジェリカに遭遇しても、できれば無闇に力を使いすぎないようにしてください。連日《浄化の爆炎》を何度も発動させれば、あなたの体も保ちません」
わたくしは静かに頷く。
「もちろんです。でも、最後の瞬間にはやらなくてはいけないかもしれません。ここまで来たのだから、引き下がるわけにはいきませんわ」
神官長は複雑な表情で目を伏せるが、何も言わない。
きっとこの先で何が起こるか分からない以上、わたくしを止める権利など彼にはないと悟っているのだろう。
道中の空気が次第に重苦しくなっていく。
街道の脇には、ところどころにゾンビの痕跡が残されているかもしれず、警戒を緩めることはできない。
神官や騎士が交代で偵察をするが、幸いにも大きな群れとの遭遇はないまま、ついに古びた門が見えてきた。
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