第46話 王家の剣
ところがそこへ、騎士の一人が走ってくる。
そして息を切らしながら、驚くべき情報を伝えてきた。
「陛下、トーマス様より、アラン殿下とタイラー様は古い廃城方面へ向かったのではないか、という伝言です」
「廃城?」
陛下がいぶかしげに聞き返す。
なぜ城に一人残ったトーマスがそれを知っているのだろう。
もしかしたら罠だろうか。
「トーマス様によりますと、ゾンビになっていたからなのか、アンジェリカの声で廃城へ向かえ、という声を聞いたのだとか。トーマス様の他にも、浄化された者たちが聞いています」
なるほど。それを聞いたのがトーマスだけでないのなら、信ぴょう性が高い。
陛下は眉間にしわを寄せて、じっと何かを考えているようだった。
やがて決意を秘めた目でパトリック様を見る。
「パトリック」
「はい」
陛下の呼びかけに、パトリック様が応える。
「アランを追い、必要とあらばこの剣で討て」
そう言って陛下は腰の剣を鞘ごとパトリック様に渡す。
それは、魔を払うという王家の宝剣だった。
そしてそれをパトリック様に渡すというのは、パトリック様を王子として認めるということ。
……いいえ、アラン殿下を討っても良いと言われたということは、パトリック様にも王太子の資格を認めるということだわ……!
「陛下……」
驚くパトリック様の肩を、陛下がつかむ。
「この国を頼む」
「……はい」
パトリック様は受け取った剣を大事そうに持つ。
かつてパトリック様の祖父は英雄としてこの国を救った。
そして今また、パトリック様がゾンビからこの国を救うのだ。
「ヴィクトリア、危険なのは承知しているが、君の《浄化の炎》も必要だ。一緒に来てほしい」
パトリック様がわたしくに手を差し伸べる。
ええ。そうですわね。
わたくしたち二人で、英雄になりましょう。
わたくしはパトリック様の手に、自分の手を重ねる。
「廃城は学園方面のさらに奥、森に近い場所だ。下町からでも行ける。きっとそこに、アランと……そしてアンジェリカがいるのだろう」
そうしてわたくしたちは、聖水の補給と神官・騎士団の再編成を終えて、いよいよ出撃する準備を整えることになった。
わずかな休息のあと、神官長が「馬車の準備ができた」と告げに来る。
厩舎には、何台かの馬車と、騎乗するための馬が集められている。
騎士団は十数名、神官はわたくしたちを含め五、六名という少数精鋭。
王宮はこれ以上兵を割けないというのが実情だが、これだけでも心強い。
「ヴィクトリア、決して無理はしないように。今度の敵がどれだけの規模かもわからない。下手に《浄化の爆炎》を連発すれば、君自身が倒れてしまう」
パトリック様が心配げに言う。
だが、わたくしは微笑みを浮かべて力強く応じた。
「ご心配ありがとうございます。でも、ここで力を出さなければ国が危ない。それに、もうアンジェリカをほうっておけません」
アンジェリカ――学園で姿を消し、下町をゾンビまみれにし、挙句の果てに王宮まで脅かした乙女ゲームのヒロインだったかもしれない子。
彼女が本当に廃城に潜んでいるのなら、そこで決着をつけるしかない。
馬車に荷物を載せ、騎士団が隊列を組む。
わたくしは神官長の補助を受けながら最後の聖水点検を終え、パトリック様が宝剣を確認している姿を見つめる。
きっと、ここへ生きて戻ってこられれば、何もかもが変わっているはず。
パトリック様も、わたくしも。
「では、行きましょうか。アンジェリカも、アラン殿下も、きっとわたくしたちを待っているはず……。いいえ、待っているのかは分かりませんが……、とにかく行かなくては」
最後にもう一度、王宮の城壁を振り返る。
昨夜までの激戦の余波か、建物の一部が煤けているように見え、荷車や樽が乱雑に積まれている。
兵士たちが負傷者を運び、救護に追われる光景は、生々しい戦火の後を思わせた。
パトリック様が馬にまたがり、わたくしは同じ馬車に乗り込む神官たちと共に街道へ出る。
騎士団の先頭には神官長が別の馬に乗って隊列を牽引している。
謎の小康状態が訪れた王宮を後にし、廃城へ向かった。
わたくしは窓越しに青白い昼の光を見つめながら、湧き上がる不安を抑え込む。
旅立つ前の小休止はあったとはいえ、魔力も気力も万全とはほど遠い。
けれど、ここで止まるわけにはいかない。ゾンビの攻撃が止み、廃城に手掛かりがあるのなら、今がアンジェリカたちを倒す唯一のチャンスかもしれないのだ。
もし遅れをとれば、今度こそ取り返しのつかない悲劇が広がるだけなのだから。
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