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第45話 ゾンビの撤退

 それを聞いたわたくしとパトリック様は顔を見合わせるが、どうしようもできない。


 おそらく彼らは、夜のうちにこっそり王宮を抜け出したのだろう。

 目的は何だろう。……もしかしたらアンジェリカを探し出して救うことかもしれない。


 でも、そこに希望はあるのか、それとも絶望しか待っていないのか。それは、誰にも分からない。


 それよりも、王宮に押し寄せるゾンビを倒さなくては。

 重い体を奮い立たせ、わたくしたちはゾンビたちに向かう。


 だが、信じられない事態が起きていた。


 あれほどまでに執拗だったゾンビの攻勢が、まるで潮が引くように後退しているのだ。


「一体これは……」


 わたくしが《浄化の爆炎》を放ち、パトリック様や神官たちが聖水を雨のように降らせても、次々と押し寄せていたはずのゾンビが、その姿を消していく。


 追い打ちをかけようにも、既に魔力は底をつきていた。

 あの絶望的な状況から助かった……のだろうか。


 目の前にあるのは、夜明けの淡い光に照らされた城門と、散らばる灰の山。

 そして疲弊し、傷ついた兵士たちの姿だけ。


「おかしいですわ。ここまで息つく暇もなかったのに、こんなに静かになるなんて」


 わたくしは息を切らしながら呟く。


 背後にはパトリック様の姿がある。彼も限界近くまで光魔法を使い込んだのでしょう。頬には汗が滲んでいる。


「ゾンビを殲滅したわけではないのに、なぜ攻撃が止んだんだ……。まるで、誰かが引き上げを命じたかのように見える。もしかすると、アンジェリカの意思が反映されているのかもしれない」


 そうパトリック様が言葉を選びながら答える。


 考えられる可能性としては、王宮の防衛力を超えられないと判断したゾンビが散り散りに退いただけかもしれない。


 けれど、パトリック様と同じく、わたくしにはどうにも腑に落ちない。

 ゾンビは明確な指揮官らしい個体がいなかったはずだ。だからあのように組織立って退却していくはずがない。


 一方、アンジェリカは学園でも支配的な立場だった。


 あの時の彼女に知性は見られなかったけれど、ゾンビとしての体に馴染んで人間の思考を取り戻しているとするならば、もしかしたらアンジェリカが意図的にこの攻撃をコントロールしているのではないだろうか。


 そして城を抜け出したアラン殿下たちがアンジェリカに合流したとしたら……。


 昨夜の激戦の最中、「一度ゾンビ化した人間は再度襲われないかもしれない」という衝撃的な事実が浮上した。


 もしその情報が本当なら、アラン殿下やタイラーは他の兵よりずっと安全に外を出歩けるわけだ。


 それでアンジェリカを探しに行った可能性がある。


 動揺を胸に抱きつつ、わたくしとパトリック様は、いったん報告をすべく王宮へと戻る。


 王宮内の広場では、国王陛下が騎士団や重臣たちを集め、昨夜からの被害や死傷者の確認を行っていた。


 まだ混乱が収まらないが、陛下の指示である程度秩序がもたらされつつある。


「陛下、こちらにパトリック殿下とヴィクトリア・コーエン公爵令嬢がお見えです」


 近衛が陛下に報告すると、陛下はやつれた面差しをわたくしたちに向け、かすかに頷いた。


 その目には深い憂慮が宿っている。


「二人とも、よくあの襲撃を防いでくれた。礼を言う。だが……アランのことは聞いたか? 王太子たる身でありながら、こんな時に王宮を抜け出すとは……」


 わたくしもパトリック様も黙って頷くしかない。

 陛下はため息をつき、宰相や軍務卿を振り返った。


「アランを連れ戻したいが、外にはまだゾンビがうろついている可能性がある。どうしたものか……」


 周囲の兵は疲れ切り、一晩中戦闘に加わった神官や魔法使いも大半が魔力を消耗している。

 この状況でさらにアラン殿下を探す人員を集めるのは難しいだろう。


「まだ確証はありませんが、一度ゾンビになった者は人間に戻った後、再びゾンビになることはないかもしれません」


 パトリック様の言葉に、陛下は顔に喜色を浮かべる。


「なに、それはまことか」

「戦うのは無理だとしても、偵察くらいであれば可能かと」


 いくら襲ってこないとはいえ、こちらから攻撃した場合は反撃されてしまうだろう。

 偵察程度であれば、何事もなく戻ってこられるかもしれない。


「もしアラン殿下がアンジェリカの元へ向かったのだとしたら、彼女の場所も把握できますわ。それまでは少し休んでおきましょう」


 わたくしたちは十分に戦った。

 また次の戦いがあるのなら、その前に体を休めておくべきだ。


「うむ。ヴィクトリアの言うとおりだ。……パトリック、良くやってくれた」


 陛下のねぎらいの言葉に、パトリック様はほんの少し驚いたように紫の目を見張る。

 そして嬉しそうに柔らかく微笑んだ。


 わたくしは、そんなパトリック様の腕に軽く触れて、退出を促す。

 もう既に体力の限界なのだ。


もしも「面白かった」「続きが気になる」などと思って頂けましたら、

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どうぞよろしくお願いします!


いつも誤字報告をしてくださってありがとうございます。

感謝しております(*´꒳`*)

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