第44話 終わりのない戦い
「……一度ゾンビ化した体は、もしかしたら仲間として認識されているのかもしれませんわね」
わたくしの言葉に、パトリック様が複雑な面持ちで頷く。
ゾンビから人間に戻った者がゾンビに襲われないというなら、下手をすると戦いの方法が変わってくるかもしれない。
事態の見え方が変わってくる。
たとえば、安全を得るために一度自らゾンビ化し、あとは浄化してもらう。……などという悪夢のような考えが浮かびかねない。
その時、ふと視界の端にアラン殿下の姿が見えた。彼の後ろにはタイラーもいるが、トーマスの姿は見えない。
戦わないと言って下がったはずなのに、どうしたのだろうか。
わたくしはパトリック様に目で伝える。
するとパトリック様もアラン殿下たちに気が付いた。
彼らは城壁の下を見ながら、なにやら話し合っている。
「ゾンビと戦う気になったんでしょうか」
期待をこめたわたくしの言葉に、パトリック様は「そうだといいが……」と悩まし気な様子だ。
「ゾンビだった時の記憶がどれほどあるのかわかりませんが、協力してくださればアンジェリカを倒す参考になるのですけれど」
わたくしの期待もむなしく、アラン殿下たちはすぐに城壁を離れてしまった。
彼らは兵士の列を避けるように駆け去っていく。
わたくしとパトリック様はその姿を見送るしかなかった。
「王太子であるのならば、責任が生じるものを……」
低く呟くパトリック様の声は、すぐそばにいるわたくしにしか聞こえなかっただろう。
側室の子とはいえ、陛下の長男であるパトリック様が、なぜ王族に留まらず神殿騎士になったのか、わたくしは知らない。
アラン殿下の婚約者だったとはいえ、殿下から疎まれていたわたくしは王族の内情に詳しくない。
それに、パトリック様の話題が、一種のタブーのような扱いになっていたのは確かだ。
先ほどの陛下とパトリック様との他人行儀なやり取りを見ても、複雑な事情があったのだと思う。
王太子としての義務を放棄しているアラン殿下の姿は、パトリック様にどう映っているのだろうか。
パトリック様は、気持ちを切り替えるように軽く頭を振った。
そして厳しいまなざしでわたくしを見る。
「少しでも、ゾンビを倒そう」
「もちろんですわ、パトリック様」
色々な思いが錯綜しつつも、まずは目の前のゾンビの殲滅だ。
わたくしとパトリック様は再度城壁から炎を放つ準備をした。
噴霧される聖水が再び光の粒子と混ざり合い、下のゾンビを焼き払うべく飛び散っていく。
魔法を放つゾンビとの激しい魔法の応酬もあり、一瞬の油断が命取りだ。
集中力を切らさぬよう互いに声を掛け合いながら、この場をしのぐしかない。
夜の闇と炎の閃光が入り混じる戦場。
大軍勢を殲滅しきれない恐怖、ひっきりなしに増え続けるゾンビへの絶望、……そして、一度ゾンビ化した者は襲わないという不可解な免疫の謎。
わたくしは城壁の上から魔力を放ちながら、どうしてアンジェリカはこんな事態を生み出してしまったのかと頭を抱える。
噛まれた人々を救う手段があるのは確かだが、それにはわたくしたちの限界を超えた力が必要になる。
しかも、アンジェリカを倒すことができなければ、根本的な解決にならない。
とにかく、北門への集中攻撃は今夜じゅうには落ち着かないだろう。
明け方まで戦い続ける可能性が高い。
そうなれば、王宮の兵や神官たちの疲労は計り知れない。
パトリック様が剣を振り下ろし、再び光魔法を発動させると、白く輝く聖水の雨がゾンビの群れを覆う。
わたくしも《浄化の爆炎》を合わせて追撃するが、背後から聞こえるのは混乱する兵士たちや、城内へ収容しきれないほどの人間に戻った者たちをどうするかという絶叫。
陛下や重臣も、こんな想定外の大乱は経験したことがないだろう。救うか、倒すか、どちらにせよ限界があるのだ。
「ああ……これでは、キリがない……」
わたくしは苦しい息の合間に呟く。パトリック様も同じ思いなのだろう。
城壁から下を見渡せば、完全に浄化された場所と、ゾンビが再び湧き出す場所があり、まるでイタチごっこだ。
それでも国を護るために、一歩も引かずに戦わなければいけない。
学園での悪夢が、今、王都にも繰り返されている。
夜の闇はなお深く、しかし東の空はかすかに薄明が射してきているようにも見える。
だが朝日が昇っても、ゾンビは弱らないだろう。
彼らはアンデッドではなく、光に弱くもないのだから。
結局、朝が来ても苦戦は続く。
わたくしの魔力は残りわずかで、次の《浄化の爆炎》が放てるかどうか……。それでも、少しでも被害を抑えたい一心で耐えている。
そこへとんでもない一報が入った。
なんと、アラン殿下とタイラーが、城を抜け出したというのだ。
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