第43話 浄化された者
「うおおおっ……!」
兵たちが城壁の上で歓声を上げる。
今の一撃は凄まじい威力で、かなりのゾンビが纏めて倒れ込んだに違いない。
目を凝らすと、人間の姿に戻ろうとする個体もわずかにいる。
しかし、その人数はさほど多くはない。
もしかしたら、多くの者がゾンビ化してから既に相当なダメージを受けていて、灰になるしかなかったのかもしれない。
救えなかった命を悼む。
けれど今はまだ悲しみにひたる時ではない。
救えなかった命ではなく、これから救う命のためにもがんばらなければ。
「ヴィクトリア、大丈夫か……!?」
パトリック様が支えるように肩に手を当ててくれた。
大量の魔力を放出するこの技は、一度で体力の大半を削ってしまう。
けれども、わたくしは歯を食いしばって頷く。
まだ戦闘は終わっていない。
城壁を見下ろすと、霧の中から新たなゾンビの群れがじわじわと押し寄せてきているのが分かる。
先ほど倒した分は確かに効果があったが、彼らが完全に消えるまでには至っていないし、後方からさらに増援が出てきているようだ。
「どうなっているんだ……。いくら倒しても次々湧いてくるじゃないか」
兵士の一人が恐怖を顔に張り付けて呟く。
人間は理解の範疇を超えた存在を目にした時に、戦意を失ってしまうことが多い。
今もゾンビの驚異的な数と回復力に、恐怖している。
「なんて数だ……。見たところ、指揮を執っているゾンビはいないようだが、これほど無限に湧いてくるのでは……」
パトリック様が険しい顔でゾンビたちを見渡した。
ゾンビたちは虚ろなまなざしで城壁へ押し寄せてきて、前列が倒れても穴が埋まるように人数が補充されている。
一体王都のどこまで感染が広がっているのか、想像するとゾッとする。
それでも、わたくしたちは戦わなければならない。神官たちはさらに聖水を追加で散布するが、補給には時間がかかるし、わたくしの魔力も無限ではない。
二度目の《浄化の爆炎》を放つなら、しっかり呼吸を整える必要があるが、焦りばかりが募る。
「兵たちが下で戦っているけど、被害が増える一方ですわ……」
わたくしが視線を落とすと、北の城壁から回り込んできたゾンビたちが、門を閉じた時に城壁の外に取り残された兵士たちを襲っているのが見えた。
そして噛まれた者がゾンビ化して仲間を襲う様子が、離れた場所からでもぼんやりと分かる。
兵たちも怖れを抱いているらしく、士気が下がりつつあるのが伝わってくる。
「人間に戻った者は……少しは増えているか? いや、そんなに多くは見当たらないな……」
パトリック様が落胆した声で言う。
ゾンビから人間に戻したところで、やはり再生が間に合わず灰になってしまう者も多い。
それに戻ったとしても、それを収容する場所や治療の準備が足りない。
長期的には膨大な避難民を抱え込むことになるので、国王や重臣たちが頭を抱えるのも当然だ。
「こんな戦いをいつまでも続けるわけにはいきません……。先ほどの会議でも結論が出なかったけれど、アンジェリカをどうにかしない限り、終わらないのでは……?」
息を整えながら発するわたくしの声には、絶望感が滲んでいたかもしれない。
パトリック様は黙ったまま、それでも必死に剣を握り直して聖水の拡散を続け、ゾンビを浄化しようと試みている。
このままみんなゾンビになるしかないのだろうか。
そんな恐ろしい考えにとらわれそうになる。
そんな中、一人の兵士がふらつきながら駆け寄ってきた。
よく見ると、頬や腕に噛み跡があるが、ゾンビにはなっていない。
一体どういうことだろう。
「君はなぜゾンビに噛まれても平気なんだ」
パトリック様に剣をつきつけられた兵士が、敵ではないと両手を挙げる。
「わ、私、一度ゾンビになったのですが……どういうわけか、その後ゾンビたちに襲われても、ゾンビ化しませんでした……!」
「なんだと?」
なんと彼は『ゾンビ化したあと、浄化されて人間に戻った』兵士だったのだ。
彼は荒い息を吐き、一息に説明をする。
「他の人も同様の報告がありました。市民で一度ゾンビ化してヴィクトリア様に浄化された人が、外に出てもゾンビに噛まれなかったそうで……何らかの免疫のようなものがあるのではないか、という話です」
信じられない言葉に、わたくしは言葉を失う。
パトリック様も剣を握る手を止め、兵士の顔をじっと見つめる。
再度噛まれてもゾンビにならない?
そんなことが本当にあるのだろうか……?
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