第42話 北の城壁での攻防
途中で宮廷医の診察を終えたばかりのアラン殿下たちとすれ違った。
王宮にゾンビが迫ってきていると聞いて、トーマスが後方支援ならばできると思うと言ったけれど、アラン殿下は「俺は待機する」とだけ呟いた。
タイラーは少し迷ってから、やっぱりアラン殿下たちといるほうを選んだ。
わたくしたちが後を任せられるほど、彼らの体力も精神力も回復していないのかもしれない。
「では、お前たちは北の城壁には近づかないように。さあヴィクトリア、急ぐぞ。城壁が突破されたら王宮そのものが危険だ」
アラン殿下たちが合流しないのであれば、ここで話している時間も惜しい。
わたくしも杖をしっかりと握りなおしてパトリック様の後を追った。
兵たちが慌ただしく行き交っている間を抜けて、王宮の中庭や渡り廊下を通りすぎる。
ある者は弓矢を抱え、ある者は魔道具を運んでいた。
さらに神殿からここに駆けつけた神殿騎士が、わたくしたちに合流した。
聖水を作れる人が増えるのは心強い。
外壁に近い階段を駆け上がると、冷たい夜風が頬を打ち据えるように吹きつけ、視界が急激に開けた。
そこから見下ろす王都の景色は、いつもなら美しい街並みと、家々に灯る明かりの海が広がるはずだが、今は闇が支配している。
月の光が薄く地面を照らしているだけで、街灯が灯る下町区域は不穏なざわめきに包まれているようだ。
「あの数は、なに……」
思わず口をつく言葉が震える。
城壁の外には、まさに黒い波がうねっているかのようにゾンビが押し寄せていた。
歩みは鈍いものの、とにかく広範囲に広がっているのが分かる。
さらに、所々で閃光が走り、火の玉が飛び交う光景が目に留まった。
兵たちが悲鳴を上げて伏せているのが遠目に見える。
「火球や雷撃、氷の槍……見たところ、いろいろな属性の魔法を使うゾンビが混じっているな。しかも学園で遭遇した時のように闇雲に魔法を放っているわけではないようだ」
パトリック様の声は冷静だが、その目には焦りが滲んでいる。
学園でも魔法を使うゾンビが出現して手こずったが、今回は相手の数が圧倒的だし、確実にきちんと相手を狙って魔法を撃っている。
王宮の兵士たちも奮闘していて、城壁の上から弓でゾンビたちを狙っている。
魔道士たちもその横で魔法を放っているが、命中してもゾンビたちは中々倒れない。
それでも城壁がわたくしたちとゾンビたちを隔てていた。
王宮の城壁は堅固だから、攻城兵器でもなければ破られることはない。
数で圧倒されてはいても、こちらには城壁の高さというアドバンテージがある。
「まずいぞ」
けれどパトリック様が一点を見つめて厳しい声を出す。
その方向を見ると、なんとゾンビたちは、倒されたものの上にどんどん積み重なって、ゾンビの壁を作り始めたのだ。
放っておけば、やがてゾンビたちは城内に侵入できてしまう。
それ以前に、下敷きになったゾンビたちは潰されてしまうから、人間に戻しても灰になってしまう。
「パトリック様、すぐに浄化しましょう!」
パトリック様は頷いて指示を出す。
「よし、神官たちは樽を持ってきて城壁の端から一斉に撒いてくれ。俺は光魔法でその聖水を拡散し、ゾンビたちに触れるように操作する。ヴィクトリア、準備はいいか?」
「ええ、いつでも」
深呼吸をする。魔力の底が抜けるほどの爆炎を繰り返し行うのは危険だが、このままでは数に押し潰されるに違いない。
わたくしは杖を正面に構え、《浄化の炎》を拡大する術式を頭に思い浮かべる。
王都の夜空はうっすらと雲に覆われ、月明かりが弱い。
きっとわたくしの≪浄化の爆炎≫が、ゾンビの襲来に絶望する人々に希望を与えてくれるだろう。
「パトリック様、頼みます」
ここから先はパトリック様の光魔法が肝になるだろう。霧を制御して、下にうまく落とす必要がある。
わたくしが小声で言うと、彼は剣を高く掲げて集中を深めた。
剣先が淡く発光し、空気を震わすような微かな音が響く。
そこへ噴霧された聖水が漂い、まるで光の粒子と混ざるかのように輝き始める。
「はあっ……!」
パトリック様が力を込めると、霧になった聖水がゆるやかな流れを描き、まるで幾重にも重なる水のベールのようになって城壁の下へ落ちていく。
下にいるゾンビたちは聖水に触れると、一斉に呻き声を上げた。
ジュウジュウと焼けるような音を出して苦しそうにのたうつ個体もいるが、完全に消滅するまでには至っていない。
やはり、わたくしの炎の力が必要だ。
「ヴィクトリア、今だ、頼む!」
パトリック様の声に応じるように、わたくしは杖を振り下ろし、魔力を一気に解放する。
「《浄化の爆炎》――!」
轟音とともに、朱色がかった白炎の塊が城壁の上から地面へと奔流のように流れ落ちる。
わたくしの《浄化の炎》は聖水の輝きと浄化の炎の熱を帯び、ゾンビたちを覆うかのように広がっていく。
下で群れを成していたゾンビたちは、その熱量と聖なる力の前に動きを止め、断末魔の叫びを上げながら崩れ落ちていくのが見て取れた。
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