第41話 父と子
その報告に、室内が一瞬にして騒然となる。
まさかもうゾンビの群れが王宮近くまで押し寄せているなんて。
「今すぐ城壁の警備を引き上げろ!」
険しい顔で、陛下は報告に来た近衛兵に命じた。
「我らも直ちに応援に向かうぞ」
軍務卿も即座に立ち上がる。
「あまりにも早すぎますわ……。下町から来るにしても、距離があるのに」
わたくしは突然の事態に、それ以上の言葉が出ない。
「学園の時と同じく、一気に増殖したのだろう。急がなくては」
パトリック様が立ち上がると、王宮の面々もすぐに立ち上がり、会議は強制的に打ち切られた。
すぐに動かなければ、城内が呑み込まれるかもしれない。
「パトリック、対抗する手段は?」
陛下に問われたパトリック様は、振り返ってわたくしの顔を見る。
わたくしは無言のまま頷いた。
「ヴィクトリアと協力して阻止してみます」
「……お前だけが頼りだ。任せたぞ」
陛下のパトリック様へ向ける目が、ほんの少しだけ親愛の色になった。
……正直、今までのやり取りでは親子らしい繋がりが見られなかったのだけれど、ここにきてやっと、二人は冷たいだけの関係ではないのかもしれないと思った。
もしかしたら、アラン殿下の婚約者だったわたくしが知らないだけで、公に親しくできなかった事情があったのかもしれない。
「これよりゾンビ対策として、すべての兵はパトリックの指揮下に入るように命ずる。なんとしてもゾンビを王宮へ入れるな」
陛下の命令に、近衛兵たちが一斉に頷く。
それを見た陛下は、宰相たちとともに慌ただしく廊下へ出て行った。
この場に残っているのは、わたくしとパトリック様、そして近衛兵たちだけだ。
「わたくしたちも急ぎましょう、パトリック様!」
「分かった。アランたちを呼んでいる暇はないかもしれないが、ひとまず城壁へ向かうとしよう。近衛も陛下を守るもの以外は私についてくるように。……ヴィクトリア、いけそうか?」
ドキリとするほど真剣な瞳が近づいてきた。
わたくしは動揺を押し殺して頷く。
やるべきことは明白だ。ここで怯んでいては何も変わらない。
「はい。わたくしが立ち止まっても、ゾンビは待ってくれませんから……」
そう返し、わたくしたちは駆け足で会議室を出る。
会議は中断されてしまったが、今はそんな場合ではない。
わたくしとパトリック様が先頭に立ち、近衛や神殿騎士、それから合流してきた騎士団が続く。
それはまさに非常事態における出撃のようで、緊迫感が全身を覆った。
「アンジェリカを見つけ出して止めること、それが最終目標ですが、今は王宮を守るのが先決です」
パトリック様の言葉に頷きながら、わたくしは心の中で固く決意する。
学園で取り逃がしたアンジェリカ――何人もゾンビを生み出してきた元凶。
彼女を倒さなければ、すべてが終わらない。
この国を護るために、自分が持てる力を尽くして戦わなければならないのだ。
わたくしはもう、乙女ゲームの悪役令嬢ではないのだから。
「ええ……わたくしにできることはやってみせます」
わたくしは、パトリック様とともに城壁へ向かうため、長い廊下を駆け抜けた。
重臣たちの恐怖と混乱を振り払うには、わたくしたちが戦う姿を示して安心させるほかにない。
わたくしは、王宮の石畳を踏みしめながら、ここまでの出来事を頭の中で必死に整理していた。
僅か数時間前、学園で起きたゾンビの惨劇を国王陛下と重臣たちに報告し、今後の対策を話し合っていたというのに、まさかこんなにも早く王宮がゾンビの脅威に晒されるとは……。
誰もが想像していなかったことだろう。
「急いでください! 外壁が持ちこたえられるかわかりません!」
青ざめた顔の衛兵が走り寄ってきて、わたくしたちにあやうくぶつかりそうになる。
パトリック様が器用に体を捻って衝突を避ける。
「落ち着け、報告を!」
「はっ……! すでに数十、いえ数百というゾンビが北門方面に殺到していて、城壁に配置した兵や魔法使いも手一杯の状態です! 魔法を使うゾンビも混じっていて、火球や雷撃を放ってきます。わたしたちの矢も魔術も、すべて十分ではありません!」
兵の絶望的な口ぶりに、わたくしは嫌な胸騒ぎを覚えた。
魔法を行使できるゾンビは学園でも何度か見てきたが、その数が多ければ城壁の防備といえど安心できない。
「分かった。すぐに北門の城壁へ向かおう」
わたくしたちの後ろには神官たちが続いている。彼らは短時間で聖水を大量に錬成する準備をしていたらしく、樽や瓶を抱えていた。
あの聖水こそが、わたくしたちの最大の武器になるのだ。
何しろ、ゾンビに普通の剣や魔法が通じにくい以上、聖水や《浄化の炎》を使って浄化するしかないのだから。
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