第40話 光魔法の反転
軍務卿が何も答えないのを見て、パトリック様が再び言葉を継いだ。
「それはともかく、ゾンビの発生原因がどこにあるかを突き止めない限り、対策もままならないでしょう。私たちはアンジェリカという生徒が光魔法を使ったことに端を発するのではないかと睨んでいます。先日の報告では、彼女が下町で子供を救おうとした際に、死者を誤って光魔法で蘇らせてしまった可能性があるのです」
会議室には再びざわめきが走る。
邪悪な呪術ではなく、光魔法が原因となってゾンビ化が広まったとは誰しも思いもしなかったのだろう。
「光魔法の反転だ」
パトリック様の説明を聞いた神官長が腕を組みながら、と苦々しい表情を浮かべる。
「神官長、光魔法の反転とは?」
陛下も聞いたことがないのか、神官長に説明を求める。
「死者を無理やり蘇生しようとした際の歪みで、光魔法が逆に呪いのようになってしまう現象です。ただ、今までそれほどの力を持つものがいなかったので、単なる伝説かと思っておりました」
「そんなことが……」
驚く陛下に、神官長は軽く頭を振る。
「……惜しいですな。それほどの能力の持ち主であったなら、このまま学園で学んでいれば、聖女にすらなれたでしょうに」
そう。アンジェリカには聖女になる素質があった。それは確かだ。
けれどゾンビになってしまった以上、たとえ人間に戻れたとしても、もう聖女にはなれないだろう。
アンジェリカが人為的にゾンビを作ったわけではないにしろ、ゾンビが発生した原因がアンジェリカだと確定してしまえば、なおさら不可能だ。
「となると、元凶を断つにはアンジェリカをどうにかせねばならんのか」
陛下の言葉にわたくしも頷く。
けれど、どうやってアンジェリカを止めるのかが問題だ。
わたくしは学園での厄介な戦いを思い出すだけで、胃が痛くなった。
とにかくアンジェリカをどうにかするためには、光魔法を使えないようにするしかない。
そのために、どうすればいいのだろうか。
「陛下、まずは兵を増強して王都の防衛を固めるべきです」
軍務卿が大声で発言し、国王もそれに賛同した。
でも兵を向かわせたとしても、噛まれてしまったら意味がない。むしろゾンビになってしまって、かえって敵の戦力を補強するだけになってしまう。
王宮内でも、何をどうすればいいか、答えが出ないまま意見が錯綜した。
そこで、一旦会議を中断しようという話が持ち上がった。
というのも、アラン殿下やトーマス、タイラーがまだ衰弱しているのと、宮廷医が彼らを診察して、ゾンビ化の後遺症や感染源を調べたいという要望があったからだ。
陛下も、当事者である彼らを無理にこの場に残すより、しっかり医者に診せてから改めて意見を聞こうと考えたようだ。
そうして会議は、少し休憩を挟む形で仕切り直しになった。
アラン殿下たちは宮廷医に連れられていき、神官長も医療班との連携を話し合うために席を外す。
わたくしとパトリック様は会議室に残り、国王陛下や数名の重臣と向き合う形となった。
ここで、わたくしたちは今後どうするか――アンジェリカを追うのか、それともまず王都の防衛を固めるのか――という部分を具体的に協議することになる。
会議室には宰相や軍務卿の他、数名の高官と衛兵長が残っていた。
陛下は椅子に深く腰かけ、静かに息を吐く。そしてゆっくり口を開いた。
「状況は分かった。学園であれだけの被害があったなら、王都に波及するのも時間の問題だ。問題は、そのアンジェリカという少女がどこにいるかも分からないことだな。既に学園から逃げたとのことだが、報告によれば下町かどこかで大量のゾンビを率いているとも考えられる」
パトリック様が前へ進み、恐縮した様子で答える。
陛下とパトリック様は実の親子だというのに、どこか他人行儀だ。
いくらパトリック様が側室の子だといっても、もう少し親子らしいやりとりがあってもいいものだけれど……。
「はい。下町の外れで目撃したという情報もありますが、まだ確証はありません。神殿の結界で一時防いでいたものの、大規模に広がり始めたらしいので……。私やヴィクトリアで追いかけたい気持ちはありますが、正直、人数や装備を固めないと危険です」
そこへ宰相が続けた。
「だが、ゾンビ化の拡大を抑えねば、そもそも追撃どころではありません。アンジェリカが移動していれば追跡が難しく、追う兵が噛まれてゾンビになれば、本末転倒ではないか」
わたくしは迷いつつも、意を決して口を開いた。
「何かしらの形で、まずは王都の防衛を強化しつつ……余裕を見てアンジェリカの居場所を探っていただけませんでしょうか。噛まれた者を人間に戻すには、わたくしとパトリック様が聖水や炎の魔法を扱わなければなりませんが、範囲があまりにも広いと対処しきれません」
学園でも既に苦労したのに、王都全域が対象となれば、とてもわたくし一人の魔法では足りない。
兵たちが噛まれてゾンビ化する前に、結界や防壁などを駆使して時間を稼がねばならないはずだ。
陛下は腕を組んで深く考え込んだ。
「ふむ……。先に兵を増強するのは賛成だが、同時にアンジェリカを野放しにしていては危険が増すだけ。よし、では近衛兵や神殿騎士の中から有志を募り、捜索隊を編成するのが良さそうだ。パトリック、ヴィクトリア、お前たちも協力してくれるか?」
パトリック様は「もちろんです」と即答し、わたくしも頭を下げる。
この国の未来がかかっている以上、協力を惜しむ理由はない。
怖くないと言ったら嘘になるが、学園での惨状を繰り返さないためには命を懸けるしかない。
だが、ちょうどその時だった。息を切らした近衛兵が会議室に駆け込んできて、床に膝をついた。
「申し上げます! 王宮外壁にて大勢のゾンビが確認されました。下町方面から流れてきた可能性が高く、兵の報告では相当の規模とのことです!」
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