第39話 ゾンビになった時の状態は
「はい……では、私から。正直いって、ゾンビ化していたときの記憶は曖昧です。でも、自分の意思が消えていたわけではなく、体は鉛のように重かった一方で、変な欲求が湧いていたのは覚えています」
トーマスの瞳が揺れている。ゾンビとして食欲や衝動があったのを思い出すだけで吐き気を催すようで、辛そうに顔をしかめた。
続いてタイラーがうつむきながら口を開く。
「俺も同じ……です。しかも魔法が使える人間なら、それが使えたように思います。俺……いや、自分の場合は身体強化に特化しているんですが、無意識に使っていた感覚があります」
やはり、ゾンビ化しても本来の能力を使いこなせるということか。
わたくしたちの予想は合っていた。
わたくしは続くタイラーの言葉に耳を傾ける。
「多分、人間の頃の能力をそのまま引き継ぐ感じだったんじゃないかと。おかしな話ですけど、あれはただの魔物じゃないです」
そう言ってタイラーは伺うようにアラン殿下を見た。
その視線を受けたアラン殿下が、しぶしぶ口を開く。
いつも傲慢にも見えた彼も、さすがにここでは素直にならざるを得ないのだろう。
「俺は、正直詳しいことなんて思い出したくもないんだが……。頭がボーっとしていて、でも何かを求める衝動がある。魔法が使えるって分かっていても、肉を求めるかのような不快感が拭えなかった。人の体を噛むなんて考えたくもないが、そういう衝動が存在したのは確かだ」
周囲の貴族がひそひそと驚きの声を交わす。
アラン殿下の言葉は重く、王太子の地位にある人間がここまで赤裸々に語るのは相当に異例かもしれない。
「そなたたちは、その状態からどうやって戻ったのか」
陛下が考え込みながら尋ねた。
ここで三人は少し視線を交わし、最後にタイラーが答えた。
「それは……ヴィクトリアが使った浄化魔法のおかげです。最初は信じられなかったが、聖水と炎を合わせた奇妙な力に触れた瞬間、自分たちのゾンビ状態が解けたんですよ。あの力がなければ、今こうして人間の姿で会議に出ることもできなかった……と、思います」
トーマスが頷き、アラン殿下も無言だが頷くのをわたくしは見逃さなかった。
王宮の貴族や宰相、軍務卿たちはザワついて、視線を一斉にわたくしへ向ける。
陛下がわたくしをじっと見つめた。
その眼差しには、どこか期待を込めているようにも感じられる。
「ヴィクトリア嬢……そなたがゾンビと化した人々を救ったというのか?」
その問いに、わたくしは一歩進み出て頭を下げる。
少しでも失礼のないように、敬意を払った態度を取らなければならない。
陛下とは王子妃教育の時に何度かお会いすることがあったが、このような緊迫した場では初めてで、緊張で声が震えそうだ。
「はい。わたくしは火の魔法を鍛えておりましたが、とある古文書で得た術式を応用して《浄化の炎》という特殊な火魔法を身につけました。それにパトリック様が光魔法を帯びた聖水を合わせてくださったことで、ゾンビ化した方々を短時間で人間に戻せたのです」
会議室には何とも言えぬ沈黙が降りる。
少しして、軍務卿が厳しい顔をして言葉を挟んだ。
「だが、ゾンビ全員を浄化できるわけではないのだろう? その場合、長くゾンビのままでいれば、回復不可能なのではないか? それに、ゾンビ時に致命傷を負っていれば灰になるとか……」
わたくしは視線を落とし、申し訳なさをにじませて答えるしかない。
「おっしゃる通りですわ。ゾンビ時のダメージが深ければ、浄化しても体が再構築できずに灰になってしまいます。まだその条件を完全には掴めていません。さらに、どれほど時間が経過した者が戻れるのか、そこも判明していなくて……」
「つまり、すべてのゾンビを救済できる保証はないということか……」
陛下が残念そうに漏らす。
「ヴィクトリア嬢にしか人間に戻せないのであれば、人間に戻すのではなく、ゾンビを倒す方法を探す必要もあるでしょうな」
軍務卿の言葉に、空気が一気に重くなった。
わたくしの胸が痛む。
今の時点で、助けたくてももはや手遅れの存在がたくさんいるかもしれない。
だが、わたくし自身も爆炎を伴う魔法を使うと、一瞬で魔力を使い果たして倒れる危険がある。
できればすべての人を救いたいと思うけれど、それが可能なのかどうか……。
国の中枢にいる方達なら、なにか良い方法を思いついてくれないかと期待していたのだが。
神官長が咳払いをして場の空気を変えるように言葉を放った。
「しかし、可能性があるのは喜ばしいことでしょう。灰になるかどうかに関わらず、一度は人間へ戻れるチャンスがあるものもいるわけですから」
「ならば誰を救うか、選別すべきだろうな」
軍務卿の言葉に、わたくしは反論する。
「お言葉ですが、ゾンビの群れに遭遇した場合、誰を救うかなどと考えている暇はありませんわ」
「ヴィクトリアの言うとおりです。モタモタしている間にこちらが噛まれてゾンビになってしまうでしょう。切り札のヴィクトリアをそんな目には遭わせられません」
わたくしの言葉をパトリック様が擁護してくれる。
嬉しくてチラリと視線を送ってしまう。
「もちろん陛下がゾンビになってしまったら最優先で人間に戻してもらいますが、そもそもそれほどの重要人物が前線にいるはずもない。可能性があるとするならば軍務卿ご自身ですが……自ら指揮をお取りになりますか?」
続くパトリック様の言葉に、軍務卿は苦虫を噛み潰したような顔になった。
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