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第32話 期待してはいけない

 そう言うと、メラニーはわたくしに軽く礼をしてから扉に向かう。


 扉を開けて廊下に出た際、扉の隙間からパトリック様の姿がはっきりと見えた。


 正直に言うと、とても嬉しい。


 でもきっと、神殿騎士としてわたくしを守ろうと思ってくださっているだけなのだから、勘違いしてはダメだと自分に言い聞かせる。


 扉のそばでうとうとしていたパトリック様が気配を察したのか、はっと顔を上げて立ち上がるのが見えた。


 メラニーと何か言葉を交わしたようだが、聞き取れないほど小声だった。

 パトリック様の目がわたくしのほうを向き、視線が交差する。


 それからパトリック様が安心したように息を吐いて、わたくしの元へとやってきた。


 鍛え上げられた背筋はピンとしているが、目の下にわずかな隈があるのを見て取れる。

 うっすらとした疲労の色も見えるが、その双眸はいつもと変わらず凛としている。


 銀の剣は腰に下がってはいないようだが、多分扉の外に置いてきたのだろう。

 私服に着替える余裕などなかったのか、学園での騒動のまま、神殿騎士の装いのままだ。


「おはよう、ヴィクトリア。目が覚めて良かった」


 その一言を聞いただけで、わたくしは胸が熱くなって、つい涙ぐみそうになってしまった。


 だが、そんな弱気な表情を見せてはいけない。

 貴族令嬢としての誇りを持って振る舞わなくては……と思って、わずかに声が震えるのを必死に抑えて口を開く。


「パトリック様……。無事でしたのね。わたくし、倒れてしまったせいで何も分からず……」


 彼は少し表情を和らげて、ベッドサイドへ近づいてきた。

 わたくしは安堵からか、つい素直に思っていたことを口にした。


「お身体は大丈夫なのですか? 怪我はありませんでしたか?」


 パトリック様が使った魔力は大きかったはずだし、ゾンビとの戦闘の中であちこち負傷していただろう。


 昨晩、あれほどの激戦をくぐり抜けたのだもの。当然、ボロボロなはず。

 それなのに、彼はわたくしのそばを離れずに見張りに立っていたなんて……。


「私は鍛えているから大丈夫だ。さっきまで少し仮眠をとったし、魔力のほうも何とか回復している」


 確かに彼の姿からは、そこまで深刻なダメージは感じられない。


 ほっとしたと同時に、夜明けまでずっとこの部屋の看病と見張りをしていたというのに、この余裕ぶりはさすがと思った。


 そんな彼を見ていると、わたくしの心臓が早鐘を打ち始めてしまう。

 思わず意識してしまうのを抑えながら、わたくしは周囲を見渡す。


「でも、体調は万全ではなかったでしょう? なのに、一晩中扉の前にいたとお聞きしました。どうしてそんな無茶を……」


 わたくしの言葉に、パトリック様はわずかに目を伏せてから、視線を再び上げる。

 そして少し言いよどんでから口を開いた。


「神殿の中だからといって、君に危害を加える者がいないとは限らない。学園での騒動の中、逆恨みする者もいるかもしれないだろう」


 それはさっきメラニーが言っていた通りの理由だ。


 確かにゾンビを浄化したとはいえ、彼らがわたくしを憎んでいる可能性がないとは言い切れない。


 特にアラン殿下は元々わたくしを快く思っていなかったし、ゾンビ化したところを救われて、かえってプライドを傷つけられたと感じているかもしれない。


「あ、ありがとうございます。その……わたくしのような者に、そこまでしていただけるなんて」

「当然のことだ。それに……一応血の繋がった兄として、弟のアランがこれ以上愚かなことをしでかさないように、君を守る義務がある」


 義務……。


 そうよね。

 わたくしに特別な感情があるから守ってくださるのではなくて、アラン殿下のやらかしから守る義務があるから、守ってくださっているのよね……。


 もしかしたら……なんて、期待してしまった。


「ところで、アラン殿下たちはどうしていらっしゃるのでしょう? この神殿に避難されたのですか?」


 落ちこんだ気持ちを悟られないように、何気ない調子でアラン殿下たちの様子を聞く。


 するとパトリック殿下は、冷たい表情を浮かべた。


「衰弱はしているが、ゾンビから人間に戻っている。聖水と、君の《浄化の炎》のおかげだ。彼らはまだ動ける状態ではないが、ゾンビ化が再発する様子はない」

「そう……。良かったわ」


 胸をなでおろすわたくしに、彼は意外そうな顔をして見せる。

 まるで、そこまで思い入れがあるのかと言わんばかりだ。


 確かにわたくしはアラン殿下に好かれておらず、学園でも散々煙たがられてきた。

 だからといって、ゾンビになったまま破滅しろとまでは願っていない。


 むしろ、わたくしが倒れていた間に、何か事態が悪化していたらどうしようと案じていたので、無事と聞いて素直に安心しているのだ。


「アラン殿下がわたくしのことを嫌っているのは知っていますけど……それでも、王太子ですから。あのままゾンビになってしまうと王国が混乱してしまいますもの」


 パトリック様は「ふむ」と短く返すだけで、それ以上は何も言わない。


 それに気になることがある。


 ゾンビになったばかりのアラン殿下は知性のない唸るだけの存在だったけれど、浄化する前のアラン殿下ははっきりとわたくしを認識していた。


 もしかして、ゾンビ化して時間が経つと、知性を取り戻すのかしら。

 だとしたら、とても厄介だわ。


もしも「面白かった」「続きが気になる」などと思って頂けましたら、

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どうぞよろしくお願いします!


いつも誤字報告をしてくださってありがとうございます。

感謝しております(*´꒳`*)

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